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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
13/91

友達

「朝……」


新入生歓迎会の翌日。

カーテンの隙間からこぼれる光に瞼を押し上げられ、ジャミーラはゆっくりと身を起こした。


体は鉛のように重い。

枕に散った漆黒の髪と、眠りの残る深紅の瞳が、昨夜の余韻を物語っていた。


薄く腫れた目元にそっと指を添えると、小さなため息がこぼれた。


「結局、ほとんど眠れなかったわね……」


ムスタファ王子のこと、神聖術師のこと、そしてアルテリスのこと。


一夜にして降りかかったあまりにも多くの出来事が、胸の内をざわりと掻き乱し、眠りを奪っていたのだ。


「……放課後、図書館へ行ってみようかしら」


思い浮かんだのは、陽光を受けてきらめく金の髪と、穏やかな琥珀色の瞳を持つ少年。


会いたい。

気まずさも戸惑いもあるのに、それでも会いたかった。


避けては通れない。

ならば、せめて早い方がいい——

そう思い立つと、ジャミーラはようやく布団から抜け出した。


⚜️⚜️⚜️


「いないわ……」


放課後。

ジャミーラはいつものように図書館を訪れ、入口から奥へと視線を巡らせた。

しかし、毎日のようにそこにいたはずの金色の髪は、どこにもいない。


「まだ来ていないのかしら」


胸の奥で不安がそっと囁く。


(目的を果たしたからもう来ない……

なんてこと、ないわよね)


思い起こせば、当初アルテリスは図書館にはいなかった。

見かけるようになったのは、入学式典の数日後からだ。


放課後ここにいることも、

自分と過ごす時間さえ、

ただ主命に従った“役目”だったのだとしたら——。


胸の奥が、ひやりと冷えた。


「シャマル様」


背後からかけられた声に、ジャミーラは振り返った。


「アルテリスさん」


そこには、雲のようにふわふわとした金色の髪を揺らし、澄んだ琥珀色の瞳でまっすぐ彼女を見つめる少年の姿があった。


気づけば声が弾んでいた。

胸にかかっていた靄が、ふっと晴れていく。


対するアルテリスは、真剣な面持ちで、深々と頭を下げた。


「シャマル様。

改めまして、ランデュート王国第二王子ムスタファ・ランデュエル殿下の側近を務めております、アルテリスと申します。

この度はシャマル様に不愉快な思いをさせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」


あまりにかしこまった態度に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

それが欲しかったわけではない、と言いかけて、言葉が喉に絡んだ。


ジャミーラはしばらく黙ったまま、床に落ちる自分の影を見つめていた。


言葉にしてしまえば、もう後戻りはできない。


——それでも、逃げたくなかった。


「……わたくしね」


指先でスカートの端をそっと握る。


「貴方と過ごす時間が楽しかったの」


顔を上げることはできない。


「初めて、気を遣わずに話せる方ができたって嬉しかったのよ。

“友達”って、こういうことなのかしらって」


声がわずかに揺れる。


「だから……」


アルテリスの顔を見られずに、続ける。


「貴方が殿下の側近だと知ったとき、

あの時間も全部、任務だったのかもしれないって考えてしまって。

……すごく、傷ついたの」


指先に力がこもる。


「だから、もし本当に、申し訳ないと思ってくださるなら……

ひとつだけ、お願いを聞いてくださらない?」


「……何でございましょう」


ジャミーラは、そっと息を呑んでから言った。


「わたくしの……お友達になってくださらない?」


それは、侯爵令嬢としてではなく、一人の少女としての願いだった。


アルテリスの琥珀色の瞳が見開かれる。


「わたくし、貴方を友達だと思っているのよ。

……それだけなの」


アルテリスは一瞬だけ視線を落とし——

そして静かに顔を上げた。


「……いたしかねます」


その言葉は、薄い刃のように胸へ触れた。

思わず息が詰まる。


「私はあくまで殿下の側近であり、貴族ですらございません。

身分を越えて友誼を結ぶのは……シャマル様に対して、無礼となりましょう」


主君の婚約者と側近。

貴族と平民。

——越えられない線が、そこにはあった。


理解はできる。

けれど——胸が締め付けられるほど悲しかった。


「それは……そうかもしれないけれど……」


言葉は続かなかった。


「シャマル様」


アルテリスは穏やかな声で続けた。


「——もし宜しければ、

殿下の“ご友人”になって差し上げてくださいませんか」


「殿下の……?」


思わず眉が寄る。


「殿下には敵が多く、信じられる者も限られております。

かつては、信じた者に命を狙われたこともございました。

殿下が本心から心を許せる相手が、

どうか……ひとりでも増えますようにと、願っております」


その言葉は、アルテリスがどれほど主を大切に思っているかを、雄弁に物語っていた。


(……そう言われても)


ムスタファが口にした

『契約は他言無用で』

という言葉が脳裏をよぎる。


(契約のこと、彼は知らされていないのね……)


ジャミーラはそっと息を吸い、


「……わかったわ。

でも、その代わりに、わたくしの願いも聞いてほしいの」


「それは——」


遮るように首を振る。


「友達でなくてもいいわ。

でも……二人きりの時だけは、今まで通りに接してくださらない?」


アルテリスは迷うように瞳を伏せ——

やがて静かに頷いた。


「……かしこまりました。

可能な限り、シャマル様のお望みのようにいたします」


「ありがとう」


ジャミーラが微笑むと、アルテリスもまた、柔らかく微笑んだ。


「アルテリスさん、この後のご予定は?」


「殿下の護衛に戻るところでございます」


「そう……では、放課後にふたりで過ごすのは難しいわね」


少し寂しげに呟くジャミーラに、アルテリスはふと思い出したように言う。


「もしよろしければ、殿下とご一緒に自習をされませんか」


「殿下と?」


「ええ。

私も参りますし、殿下との親睦を深められるかと」


ムスタファとジャミーラの距離を縮めようとする彼の意図に、ジャミーラは思わず苦笑した。


「わかったわ。案内してくださる?」


「かしこまりました」


そうしてジャミーラは、アルテリスに導かれ、静かな図書館を後にした。

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