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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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闇に抱かれ ライル

(……あれ)


青草の青臭くも甘い匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。

肌を撫でる柔らかな春の日差しと、視界の端までうねるように広がる鮮やかな緑の絨毯。頭上には突き抜けるような青空が広がり、ぽっかりと白い雲が浮かんでいる。

心地よい風に吹かれながら、気づけばライルは見知らぬ丘の上に立っていた。


(……俺、こんな所で何を)


ついさっきまで、まったく別の場所にいたはずだ。もっと暗くて、もっと冷たい場所に。 だが——それがどこだったのか、何をしていたのか、どうしても記憶の焦点が合わない。

まるで分厚い靄の向こう側に隠されてしまったかのように、過去がすっぽりと抜け落ちていた。


自分の着ている服さえ、慣れ親しんだ黒の制服ではなく、真っ白な絹のシャツに変わっている。


「ライル!」


唐突に名前を呼ばれ、弾かれたように振り返る。

そこに立っていたのは——目を疑うような人物だった。


「……父上?」


外交の仕事に忙殺され、諸国を回ってばかりで家にはほとんど帰らないはずの父だった。いつも眉間に皺を寄せ、疲労と緊張を滲ませていたはずの顔は、今は別人のように穏やかで、柔和な笑みを浮かべている。


そして、父の隣には母がいた。陽の光を透かしたような淡い色のドレスを着て、優しく微笑んで立っている。


さらにその後ろからは、花冠を手に持った妹や、追いかけっこをしていた弟たちが、弾けるような笑い声を上げながら一斉に駆け寄ってくる。


「兄上、早く!」


「ぼんやりしてたら、置いていきますよ!」


「お兄様、見て! 綺麗な花が咲いていたの!」


芝生を蹴る軽やかな足音と、空に吸い込まれていくような無邪気な声。

その眩しすぎる光景が、何の抵抗もなくライルの胸の奥へとまっすぐに入り込んでくる。


(……何で)


喉が、わずかに震えた。

両親はいつも不在で、自分たち兄弟は決まって広すぎる家で留守番だった。長男である自分が親代わりとなり、弟妹たちに寂しい思いをさせまいと必死に気を張ってきた。家族全員が揃って出かけたことなど、物心ついてからただの一度だってない。

それなのに。どうして今、目の前にこんな光景が広がっているのだろうか。


「どうした、ライル。ぽかんとして」


立ち尽くすライルを見て、父が屈託なく笑う。その声には、かつてライルが求めてやまなかった、父親としての余裕と温かさが満ちていた。


「野遊びじゃ不満だったか?」


「野遊び?」


「ああ。天気がいいからな、たまには家族水入らずでと思ってね」


「……仕事は」


無意識のうちに、そんな言葉が口を突いて出た。仕事のせいで、家族を犠牲にしてきたのではないか。

父は軽く肩をすくめ、あっさりと答える。


「言ったろう?しばらく休みにした」


「……は?」


「お前が、ずっと家を守って頑張ってくれていたからな。もう、私がいなくても大丈夫なくらいに」


呆然とするライルの胸に、その言葉が予想以上の重みを持って響いた。


気づけば、母がライルの目の前に立ち、そっと両手で彼の頬と頭を撫でていた。その手は、ひどく温かく、懐かしい花の香りがした。


「ライルは、いつも弟妹たちの面倒を見てくれていたでしょう? 今日は、あなたへのご褒美よ」


その言葉が、静かに、深く、乾ききっていた心の底へと落ちていく。


(……ご褒美)


心の奥底に、じわじわと甘い痺れのようなものが広がっていくのを感じた。

温かい。あまりにも、自然に。

弟たちが笑い、妹たちがはしゃぎながら、ライルの周りをくるくると回る。


「兄上、一緒に向こうの丘まで走りましょう!」


「駄目よ、今日はお兄様といっぱいお話したいんですから!」


左右から差し出された、小さくて温かい手。その小さな手を握り返した瞬間、その輪の中に、ごく自然に自分が溶け込んでいるのがわかった。


(……ああ)


気づけば、無意識に食いしばっていたライルの歯は解け、強張っていた頬は緩んでいた。


(こういうの、いいな)


誰も無理をしていない。誰も寂しそうにしていない。

自分が長男として気を張る必要もない、ただ穏やかで平和な世界。永遠に続いてほしいと、幼い頃から願い続けていた情景。


(……これで、いい)


そう思いかけた瞬間。

胸の奥で、冷たい雫が落ちたような、ほんのわずかな違和感が走った。


(……俺、何か大事なことを忘れていないか?)


ここは現実じゃない。俺は誰かと一緒にいて、何かを成し遂げなければならなくて——

必死に記憶の糸をたぐろうとする。瞼の裏に、暗闇と炎がちらついた。だが——


「ライル」


父の低く穏やかな声が、すぐ傍で響いた。

いつの間にか父の大きな手が、ライルの背中を優しく、力強く抱き寄せていた。


「いつも寂しい思いをさせて……本当にすまなかった」


耳元で囁かれたその優しい響きが、ライルの脳裏に浮かびかけた炎をかき消し、わずかに残っていた警戒心をすっぽりと包み込んで、ひたすらに甘く麻痺させていく。


「今日は家族みんなで、思い切り楽しもう。お前はただ、私と母さんの子供として、ここで笑っていればいいんだ」


その一言で——

ライルの中から、最後の違和感すらも完全に消え去った。


「……うん」


ライルは子供のように無邪気な笑みを浮かべ、彼を捕らえて離さない甘く優しい世界へとその身を委ねた。

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