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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
12/91

主従

「シャマル様はいかがでしたか」


男子寮の一室。

新入生歓迎会を終え、中央の長椅子に横たわるムスタファに、アルテリスは静かに問いかけた。

その細い腕には、彼の黒い上着がそっと預けられている。


漆黒の髪を無造作に散らし、正装を着崩したムスタファは、普段の凛とした姿とは違い、どこか気を許したような無防備さを帯びていた。


「いかがと言われてもな」


深紅の瞳を覆うように額へ腕を乗せ、目を伏せたまま答える。


ジャミーラが入学してからの数日間、ムスタファはアルテリスから毎晩報告を受けていた。

彼女の容姿、人柄、立ち居振る舞い。

アルテリスが語る彼女は、物語に描かれる理想の令嬢そのものだった。


真紅の瞳に漆黒の髪。

身分を問わず分け隔てなく接する慈悲深さ。

目の前の悪に立ち向かう勇気。

己の立場を理解し、それに相応しい振る舞いをする聡明さ。


アルテリスは、心底ジャミーラを気に入っていた。

「殿下もきっと好きになりますよ」と、毎度のように言っていた。


ムスタファも、今日の会話で好感は抱いた。

だがそれは恋情ではなく——契約相手として申し分がない、という評価に過ぎない。


「……どうかなさいましたか」


長い沈黙に沈む主を案じ、アルテリスが身を屈める。

金色の髪がふわりと揺れ、覗き込む琥珀色の瞳が灯りを映した。


「いいや。お前の言う通りの方だったよ」


ムスタファは穏やかに答える。

感情を悟らせぬように。


「素敵な方でしょう?」


無邪気な声音。

肯定も否定もせず、ムスタファは小さく笑う。


「油断は禁物だぞ」


「心得ております。他者の心の内までは分かりませんので。

けれど——良きご縁であれば、どうか決して手放さないでいただきたいのです」


真っ直ぐな視線。

琥珀色の瞳には、曇りひとつない願いが宿っている。


(……アルは何も知らない)


ムスタファは目を伏せた。


アルテリスは契約のことを知らない。

だから心から、“殿下とご婚約者が幸せになってほしい”と願っている。

その純粋さが、かえって胸に突き刺さった。


(裏切っているのは、俺だ)


わかっていても、引き返すつもりはない。


「アル」


「はい」


「ここへ」


隣の空いた場所を指され、アルテリスは一瞬だけ困った顔をした。

それでも上着を抱えたまま、静かに腰を下ろした。


距離が縮まる。


深紅の瞳と琥珀の瞳が重なった。


「……歌を、歌ってくれないか」


アルテリスは目を瞬いた。


「もう遅い時間です。休む準備をしなければ」


「疲れたんだ。少しでいい。

歌ってくれたら、すぐに支度をすると約束する」


「……約束ですよ」


観念したように瞳を閉じる。

やがて、穏やかな旋律が静かに部屋を満たした。


柔らかな歌声は、夜の静寂に溶けていく。

それはムスタファにとって、唯一眠りへ導く“鎮魂歌”だった。


彼の胸に沈む罪悪感さえも、包み隠すように——。


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