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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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妬みと背中

背後から吹き抜ける風が、二人の間を冷たく通り過ぎた。

廊下の先と階段下、複数の影がゆらりと揺れる。

完全に包囲されたわけではないが、残された退路は心許ない。


「意識を奪って、神聖術師が到着するまで時間を稼ぐつもりか?」


足元に転がった生徒を一瞥し、ハムザは鼻を鳴らした。

呼吸はある。だが、それだけで安心できる状況ではない。


「随分と甘いな。確実に仕留めなければ、また立ち上がるかもしれないぞ」


「それでも、助けられる可能性は残ります」


短い返答。そこに揺らぎはない。

葛藤がないわけではない。だが、その迷いすらも引き受けた上での、静かな決意が宿る声だった。


ハムザは肩をすくめる。


「綺麗事だな」


それは嘲笑ではなかった。理解し難いものを見るような、あるいはその在り方の真価を計りかねているような響きだ。

横合いから迫る鋭い爪を、ハムザが剣筋一閃、弾き飛ばす。


「ハウゼン様は、助太刀にいらしたのですか」


「勘違いするな。たまたま通りかかっただけだ」


毒づきながらも、ハムザは自然とアルテリスの死角を埋める位置に立つ。無意識の防御。それを本人が口にすることはない。


ぎこちない共闘。

かつての確執が消えたわけではない。


アルテリスは一瞬、隣の横顔を視界に入れた。まともに言葉を交わすのは、ハムザが悪魔化したあの一件以来だろうか。

以前の彼は、何かと難癖をつけては裏庭や訓練場に呼び出してきたものだ。皮肉と挑発に満ちた記憶は今も鮮明だ。

だが、最近の彼は妙に静かだった。

『ハウゼン家の次男は、憑き物が落ちたように品行方正になった』そんな噂を裏付けるように、目の前のハムザは確かに変わっていた。苛立ちに任せて踏み込まず、一撃ごとに状況を読み、無駄を削ぎ落としている。

だが、その奥にある疲労の色をアルテリスは見逃さなかった。焦燥でも怒りでもない。それは、身を削るような静かな摩耗。


「余所見するなよ。囲まれてる」


自然と、二人は背中を預け合った。

背越しに伝わる体温。呼吸の刻み。動きの癖。

言葉は少なくとも、噛み合う。ハムザが敵を足止めし、アルテリスが打撃で崩す。決定打は避けているが、着実に敵の機動力を奪っていく。


「……どういう心境の変化ですか」


息を乱さず問うアルテリスに、ハムザは自嘲気味に笑った。


「さあな。……それより、いつも張り付いているお前のご主人様はどうした?」


背後から迫る刃を弾きながらの問い。軽い口調とは裏腹に、視線は鋭い。

常に隣にいるはずの主の不在。それが、違和感として残っている。


「今から向かうところです」


声は平坦だ。

だがその奥に、わずかな焦燥が滲むのをハムザは聞き逃さなかった。


「離れて動いているのか。珍しいな」


アルテリスは答えない。

代わりに迫る爪を払い、体勢を立て直す。


「ハウゼン様こそ、いつもご一緒のご学友の方々は?」


一瞬、ハムザの動きが止まった。

背中越しに伝わる呼吸が、微かに、だが決定的に乱れる。


「……死んだよ」


周囲の空気が凍りつく。


「正確には——俺が殺した」


時間が止まったような錯覚。耳鳴りがするほどの静寂。己の心拍音だけが、不気味に大きく響く。

慰めも肯定も、今の彼には正解にならない。だから、アルテリスは感情を挟まず事実だけを受け止めることにした。


「……そうですか」


余計な言葉を足さない。それが唯一の敬意だった。

ハムザが、吐き捨てるように小さく笑った。


「手合わせをしていたら、突然目の前で悪魔化した。二人同時にな。俺を本気で殺そうとしてきた。目を覚ませと呼びかけたさ。名を叫んだ。だが、届かなかった」


攻撃を受け流しながら、独白が続く。


「あいつらが襲いかかってきた——だから斬った。それだけだ」


淡々とした声音。だが剣を握る拳には、血が滲むほどに力がこもっている。

斬る瞬間の二人の瞳。濁ったはずの目が、一瞬だけ揺らいだ気がした。

助けを求めていたのか、純粋な殺意だったのか。今となっては確かめる術もない。


ハムザの脳裏に、かつての会話が蘇る。

悪魔の侵食から解放された直後、訓練場の隅でのこと。


「ハムザ様、もうあいつを呼び出さなくていいんですか?」


取り巻きと呼ばれていた二人が、不安げにハムザの顔を覗き込んでいた。


「ああ。あんなくだらないことはやめだ。……お前たち、これ以上俺といてもいいことは無いぞ」


視線を逸らし、ハムザは突き放すように続けた。


「俺は大して取り柄もない次男坊だ。家督も継げん。お前達を引き止める気はない。好きに過ごせばいい」


重い沈黙。だが、返ってきたのは呆れたような失笑だった。


「そんなこと、気にされてたんですか?」


「俺たちは、そんな理由で一緒にいるわけじゃありませんよ。ハムザ様が声をかけてくださらなければ、俺は学園で孤立していました。こいつも同じです」


「俺たちは、ハムザ様に感謝してるんです」


「馬鹿か。俺は人助けのつもりで声をかけたんじゃない。お前たちを……利用するつもりだったんだ」


「分かってますよ」


「それでもいいんです。俺たちは、確かに救われたんですから」


あの時、ハムザは何も返せなかった。ただ、視界が滲まないよう拳を握りしめるしかなかった。


あれから数ヶ月。これまでの人生で、一番穏やかな時間を過ごせた。あの二人のおかげだった。それなのに——


「残念ながら、俺の頭には意識を失わせて救うなんて高等な方法は思いつかなかった」


苦い笑み。


「思いついていたら、救えたかもしれないがな」


目は笑っていない。そこにあるのは、救いようのない悔恨だ。


(彼は以前、悪魔化を経験した)


アルテリスは回想する。彼は一度、悪魔の侵食を経験し、浄化された。その凄惨な経験が、彼に皮肉な耐性を与えたのだろう。

耐えられたハムザだけが生き残り、耐えられなかった友をその手で斬った。その残酷な事実を、アルテリスは軽く扱わない。安易な言葉で触れてはならない気がして、敢えて沈黙を守った。

背中越しに、荒い呼吸だけが重なる。


「……正直、俺はお前が気に入らない」


ぽつりと、本音がこぼれる。


「俺は俺なりに、人一倍努力しているつもりだ。だが、お前はいつも涼しい顔で、俺のはるか先を行く」


呼吸が険しさを増す。


「なんでもやって退ける。俺が必死に手を伸ばしている場所に、端から立っているみたいな顔をする」


アルテリスは言い返さない。ただ、背を預けたままその言葉を静かに受け止めていた。

自分なりに、身を削る覚悟で努力をしてきた。だが、結果だけを見ればそう映るのだろう。そして自分は、その誤解を解こうとしてこなかった。


「……だから気に入らねぇんだよ」


それは怒りではなく、羨望と劣等感。削れた自尊心の、剥き出しの告白だった。

アルテリスは静かに息を吐く。


「そうですか」


——その時だった。

廊下の奥から、重い足音が響く。背後の階段からも、別の不穏な気配。

今相手にしている数だけでも手一杯だというのに、死神の足音が重なるように近づいてきた。

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