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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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選別の責を負う者

聖エリュシア学園。

かつて“学び舎”と呼ばれたその場所は、いまや異形の揺り籠へと成り果てていた。


夜の闇に飲み込まれる直前の空は、禍々しい赤紫色に染まっている。重苦しい雲の隙間から漏れ出す光は、夕焼けというにはあまりに濁り、立ち上る瘴気と混ざり合ってどろりと大地に滴り落ちていた。


鐘楼が投げかける歪な影。

学園を覆う結界の、剥がれ落ちた残滓。

大気に混じるのは、肺の奥にまとわりつくような甘く濁った死の気配。


「瘴気確認!急げ!」


「教育棟三階、反応あり!生存者を探せ!」


「生徒が倒れています!意識混濁!」


折り重なる悲鳴と怒号。刻一刻と塗り替えられる凄惨。

その阿鼻叫喚の中を、白黒の装束を纏った聖騎士たちが駆ける。その掌に宿る金色の光だけが、この地獄における唯一の導標だった。


神聖術による制圧と保護——それが、聖騎士団に課せられた至上命題。

だが、“救えるか否か”の残酷な境界線は、現場の判断という名の天秤に委ねられていた。


⚜️⚜️⚜️


「落ち着いて。もう大丈夫ですよ」


ジゼル・オリヴィエの声は、努めて凪いでいた。だが、その喉元には隠しきれない焦燥が、熱い塊となってせり上がっている。


目の前には、膝を抱えて震える一人の生徒。瞳からは焦点が失われ、喉からは喘ぐような浅い呼吸が漏れていた。


「……いや……聞こえるの……頭の中で……誰かが……」


「聞かなくていい。今は、わたくしの声だけを信じなさい」


ジゼルはゆっくりと膝をつき、生徒の視線に合わせて腰を落とす。


「《闇に濡れし 迷ひ子よ

その魂 闇のものにあらず

光は そなたを抱き

ここへ 帰らせん》」


澄んだ旋律が廊下に響く。指先に灯るのは、夜明けの陽光を思わせる柔らかな光。

まずは浄化。それが聖騎士団の鉄則であり、彼女の矜持だ。どれほど異変が進んでいようと、“試さずに切り捨てる”ことなど、女神の御名において許されない。


金色の光が、生徒の身体を優しく包み込む。

直後、生徒の背が弓なりに跳ね、激しい痙攣が走った。


「……っ!」


傍らに控える聖騎士たちが、剣の柄に手をかける。

だが、その緊張を解いたのは、生徒の瞳に戻った確かな知性の光だった。


「……あ、れ……? わたくし、何を……」


「……よかった。もう大丈夫ですよ」


ジゼルは、肺に溜まっていた重い息を深く吐き出した。ほんの一瞬だけ、鋼のように張っていた肩の力が抜ける。


「こちら、浄化成功! 生徒二名、意識回復。後送します!」


報告が、即座に飛ぶ。


「担架を!安全区域へ急げ!」


——救えた。まだ、間に合う命がある。

だが、その安堵を打ち砕くように、切迫した声が廊下に響いた。


「……オリヴィエ隊長!」


駆け寄ってきた聖騎士の表情は、蒼白だった。


「四階で……浄化に、まったく反応しない生徒がいます」


「案内してください」


彼女は即答し、迷いのない足取りで歩き出す。


「浄化を最優先。それでもなお、拒絶反応が止まらなければ——躊躇わず報告しなさい」


一瞬だけ言葉が詰まる。喉の奥が焼けるように熱い。


「……最後の下命は、わたくしが下します」


翻るマントの背中に、迷いを見せる隙はなかった。

これは時間との戦いだ。そして同時に、命を選別するという地獄のような儀式でもあった。


⚜️⚜️⚜️


「……う、あ……あ、ぁ……」


廊下の隅、濃密な影の中から“それ”は這い出てきた。

腕は逆方向にねじ曲がり、皮膚は内側から沸き立つ瘴気に焼かれ、黒く爛れている。骨格そのものが、もはやヒトの構造を維持できていない。


「……やだ……いたい……たすけて……おねがい……」


漏れ出る声だけが、未だ幼さの残る少年のものだった。


「《闇に濡れし 迷ひ子よ

その魂 闇のものにあらず——」


ジゼルの旋律が、静寂を切り裂く。

放たれた神聖術の光が触れた、その瞬間。


「ぎ、ああああああああっ!!」


鼓膜を突き破るような絶叫。生徒の身体が、獣のような動きで床をのたうち回る。関節があり得ない方向に軋み、肉の裂ける嫌な音が響いた。


(……っ、耐えて……! 光を拒まないで!)


ジゼルは切に願いながら、血を吐くような思いで旋律を紡ぎ続ける。

だが。


『……は、はは……あはははは!』


声色が変わった。

泣き声と嘲笑が混ざり合い、人の喉では出し得ない不協和音と化す。

生徒の影がどろりと膨れ上がり、背後から巨大な異形の輪郭となって立ち上がった。


『遅いんだよ』


濁りきった、底冷えのする嘲笑。


『せっかく極上の肉体を手に入れたんだ。邪魔、すんなよな!』


(……負けてはいけません! 今ならまだ、抗える!)


ジゼルは必死に光を注ぎ込み、闇を押し返そうとする。

一瞬、生徒の指先が、救いを求めるように空を掻いた。

だが、その指先すらも浄化の光に焦がされ、炭化していく。


『き、さま……よくも——!!』


咆哮とともに、爆発的な瘴気が噴き上がった。

黒い奔流が、ジゼルへ牙を剥く。


「《女神アウロラよ。

光の理をここに敷き、

迷いを招くものを、遠ざけたまえ》」


「ジゼル隊長、危険です! お下がりください!」


聖騎士たちがジゼルの前に割り込み、盾を掲げる。

直後、黒い瘴気と金色の障壁が衝突し、凄まじい衝撃波が廊下を駆け抜けた。

バリバリと空気が爆ぜるような音が響き、神聖術の結界が激しく火花を散らす。

悪魔化した生徒の腕が、どす黒い爪となって障壁を叩きつけた。キィィンと金属が擦れ合うような不快な音が響き、結界の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「……っ」


結界を維持する騎士の腕が、その重圧に悲鳴を上げる。


「ジゼル隊長……! もう、この者は……!」


部下の悲痛な叫びに、ジゼルは掌に残った温かな光を見つめた。

それはもう、彼を癒やすための光ではない。彼を焼く刃でしかない。


「……仕方ありません」


ジゼルの声が、微かに震えた。

それは、救済を諦めた者の敗北宣言ではなく、せめて尊厳を守ろうとする者の祈りに似ていた。


「せめて……これ以上、苦しませないで」


その言葉を合図に、聖騎士たちの剣から純白の閃光が放たれた。

光の刃が生徒の身体を貫く。

悲鳴とも、断末魔ともつかぬ音が一度だけ響き、背後の影が霧散していく。

肉体はもはや形を保てず、砂のように崩れ落ちた。


「……くそっ……」


誰かの悔しげな呟きが、冷たい廊下に虚しく響く。

聖騎士たちは、誰も顔を上げることができなかった。

最後に残ったのは、守れなかった命が放っていた、ひりつくような熱線の名残だけだった。

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