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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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選ばれし者たち

——意識が、深い水底からゆっくりと浮上してくる。

最初に戻ってきた感覚は、聴覚だった。

しかし、そこにあるのは完全な無音。耳鳴りさえ吸い込まれそうな、あまりにも不自然で人工的な静寂だった。


「……っ」


誰かが微かに息を呑む気配が、すぐ近くで重なる。

背中からは、硬く冷たい石の感触がじわりと体温を奪っていた。ムスタファは重い瞼をゆっくりと押し上げた。


視界に飛び込んできたのは、遥か高みにある豪奢な天井だった。

幾重にも連なるアーチと、天へと真っ直ぐに伸びる巨大な柱。そこから無数に吊るされた燭台には火が灯っていないにも関わらず、空間全体が薄青い光に満ちていた。


「ここは……」


乾ききった喉から、掠れた声が漏れる。

遅れて、途切れた記憶が繋がった。

——生徒会室。

——突如として悪魔化していく生徒たち。

——咄嗟に指示を出そうと口を開いた、その瞬間。

不意に、強烈な力で空間ごと“引き剥がされた”のだ。


「殿下」


すぐ傍から、低く抑えた声がした。

顔を向けると、ライルが警戒を露わにしながら、既に片膝を立てて上体を起こしていた。


「ご無事ですか」


「ああ……問題ない。アルは?」


ライルは油断なく周囲へ視線を走らせながら、短く首を横に振った。


「おりません。ここにいるのは、我々とシャマル様のみのようです」


少し離れた場所で、ジャミーラもまたゆっくりと身を起こしていた。土気色の顔をしているが、その瞳にははっきりとした理性の光が宿っている。


「……ここは一体……」


立ち上がった三人は、背中を合わせるようにして周囲を見渡した。

そこは、目が眩むほどに荘厳な大聖堂だった。


「お目覚めですか」


張り詰めた静寂を、ひどく穏やかな声が撫でた。

反射的に、三人の鋭い視線が前方——大聖堂の最奥へと突き刺さる。

祭壇の中心。

そこに、巨大な女神アウロラの像が鎮座していた。

両手を広げ、慈愛に満ちた表情で見下ろすその像は、本来であれば人々に絶対の救いを与える象徴であるはずだ。

だが、その足元に立つひとつの影が、空間の神聖さを根底から歪めていた。


「……お待ちしておりました」


銅像の足元、祭壇の最前列に立っていた男が、ゆっくりとこちらへ振り返る。

漆黒の髪と、血よりも深い真紅の瞳。


「お前が、ディーター・ボニファーツか……?」


ライルが即座に敵意を剥き出しにして問う。


「いかにも。

こうして三人揃ってお会いできるとは。

実に、光栄です」


ディーターは、学園で見せていたものと変わらぬ、穏やかな微笑みを浮かべていた。

その声音は柔らかく、ひどく礼儀正しい。だからこそ、底知れぬ気味の悪さがあった。


「我々だけを、ここへ引きずり込んだ理由は何だ」


ムスタファが、威圧するように真正面から睨みつける。

ディーターは、芝居がかった動作でゆっくりと両手を広げた。


「理由は、至って単純ですよ」


赤い瞳が、狩りの獲物を値踏みするように三人を順に捉える。


「あなた方は“選ばれた側”だからです」


「……選ばれた……?」


ジャミーラの声が揺れる。

ディーターは、ひどく楽しげに口角を吊り上げた。


「悪魔の民」


その一言で、空気が限界まで張り詰める。


「女神に仕えながら、

同時に——我々に最も近い血を継ぐ者たち」


男は一歩、前へ踏み出す。


「悪魔を受け入れる“器”として、これ以上ない素質です」


「……宿主にするつもりか」


ムスタファが殺気を孕んだ声で吐き捨てる。


「ええ」


ディーターは、まるで褒められた子供のように嬉しそうに頷いた。


「強い存在ほど器を選びます。

通常のジャルダンの民では到底耐えきれない。

ですから、最高の存在には、それ相応の器を捧げなければ」


その言葉は、あまりにも軽く、おぞましい。


「目的は何だ。

結界石を破壊し、生徒たちを悪魔化させて——

何を企んでいる?」


ムスタファが唸るように問う。


「目的、ですか」


刹那、男の顔に張り付いていた穏やかな微笑みが、不気味な形へとひしゃげた。


「壊してやりたいのですよ」


ひどく楽しげな響きすら混じる声で言い放つと、彼は見上げるほどの女神像を忌々しげに一瞥した。


「神々が創った箱庭——ジャルダン。

この世界は、あまりにも愛されすぎている。

争い、裏切り、欲望に満ちていながら、それでもなお、守られ、赦され、生かされ続けている……私には、それが理解できない」


しんと静まり返った大聖堂に、狂熱を帯びた声がねっとりと響き渡る。


「……だからこそ、壊す価値がある」


赤い灯火が、大聖堂の高い天井を不気味に巡り始めた。

空間の歪みに耐えきれなくなったかのように、重厚な石壁がかすかに軋む。


「さて」


ディーターの視線が、再び三人に戻る。

彼は祭壇から、ゆっくりともう一歩踏み出した。


「特別な血を持つあなた方には、

特別な“祝福”を用意しております。

どうか、誇りに思ってください」


女神の足元で、濃密な闇が泥のように静かに蠢き始める。

祈りの場であるはずの神聖な領域に、もはや——彼らの逃げ場は、存在しなかった。

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