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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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始動

——その時は、あまりにも唐突に訪れた。

穏やかな日常が、阿鼻叫喚の地獄へと変わる、その境界さえも曖昧なままに。


放課後の生徒会室。

窓から差し込む夕光はあくまで柔らかく、長机の上に穏やかな輪郭を描き出していた。


本来であれば、巡回や任務に追われている時間だ。だが、今日は非番。

ジャミーラは一人、静寂の中で勉学に励んでいた。

だが——


(……集中、しないと)


視線は文字をなぞっているのに、意味が上滑りして頭に入ってこない。


『……行方不明者は、二名に増えた』


少し前、聖騎士団見習いの招集でムスタファが告げた言葉を思い出す。


結界石の破壊と行方不明事件の関連性が示唆されてから起きた、二人の生徒の失踪。

ジャミーラの、ペンを握る指先が強張った。


『学園側も現状を把握している。だが、表向きは“所在確認中”として処理する方針だ。聖騎士団には、非公式での捜査要請があった』


裏で毒が回っているのを知りながら、表向きは平静を装う。

その歪さに、胸の奥がざわつく。


『聖騎士団の方針は変わらない。

我々は学園の内側を、支部は外側を捜査する』


容疑者の影は見えている。なのに、決定的な証拠がなく手が出せない。

それどころか、真犯人は別にいる可能性さえある。

時間だけが、残酷に刻一刻と過ぎていく。


(その間に、また誰かが居なくなってしまったら……)


じわりと焦燥が広がる。


“誰かを助けたい”——それが自分の在り方のはずなのに。

指の隙間からこぼれ落ちていく砂を眺めているような、得体の知れない無力感。


そこまで考えた、その時だった。


ふ、と。


背筋を、氷の刃でなぞられたような悪寒が走った。

学園のどこかで、何かが決定的に砕け散る感覚。


「……っ?」


反射的に顔を上げる。

刹那、視界の奥から黒い靄のようなものが滲み出し、ジャミーラの“内側”へと直接入り込んできた。


甘く、優しく、脳髄を直に愛撫するような感触。

耳元ではなく、意識の深淵で、何者かが嘲笑う声が響く。


瞳が虚無に呑まれかけ、思考が墨を零したように塗りつぶされそうになる。

だが、その寸前。訓練で叩き込まれた生存本能が警鐘を鳴らした。


(……呑まれてはだめ!)


肺に残った空気をすべて吐き出し、意識を一点に研ぎ澄ます。

鋭く呼吸を整え、剥離しかけた自我の輪郭を、両手で強く掴み直すようにして繋ぎ止めた。


黒い靄は忌々しげに揺らぎ、音もなく霧散する。

同時に、空間を支配していた不自然な歪みも消えた。


「……っ、はぁ……っ、はぁ……」


大きく肩で息をする。防げた。だが。


「……今の、は……?」


ただの幻覚ではない。

精神に直接触れてくる、明確な“干渉”。


(——闇術……!)


そう確信した瞬間。

遠くで、空気を引き裂くような悲鳴が上がった。


「……!」


続いて、もう一つ。さらにもう一つ。


「——やめて……っ、来るな……!」


「あ、あああああああっ……!」


狂気を含んだ断末魔が、重い扉を突き抜けて流れ込んでくる。


「……何が——」


ジャミーラが立ち上がるのと同時に、バンッ!と扉が弾け飛ぶように開いた。


「シャマル様!」


駆け込んできたのは、ライルだった。


「ご無事ですか!」


「イルハン様!わたくしは問題ありません。ですが外で悲鳴が——」


「詳しい話は後で。まずは、殿下のもとへ参りましょう」


短く告げるライルの声音には、危機感が張り詰めていた。

ジャミーラは迷わず頷き、彼の後に続いた。


⚜️⚜️⚜️


扉を抜けた瞬間——。

ジャミーラは、言葉を失った。


室内には、すでにムスタファとアルテリスがいた。

だが、異様なのはその周囲。

数名の生徒が床に崩れ落ち、苦しげに身をよじっている。


「……あ……ああ……」


喉を引き裂くような呻きとともに、彼らの身体から禍々しい黒い瘴気が滲み出していた。

皮膚が波打つように隆起し、指先が不自然な角度で伸びていく。

瞳は白濁し、すでに知性の光はない。


「殿下、シャマル様はご無事です」


ライルが報告すると、ムスタファは短く応じた。


「……そうか」


彼は視線を逸らさず、前を見据えたまま動かない。

その眼差しの先には、苦しみながら“人でなくなっていく”生徒たちの成れの果てがあった。


「——っ、やめ……」


声にならない叫び。肥大化した腕が床を掻き、石の床を嫌な音を立てて削る。

そこへ、廊下の向こうから激しい足音が近づいてきた。


「殿下!」


飛び込んできたのは、ジャン・アダンとルイーズ・ベルタンだった。


「皆様ご無事で」


二人とも、息を乱しながらも安堵の息を漏らす。


「外の様子はどうだ」


ムスタファの声が、低く響く。


「生徒会室の外でも、同様の現象が起きています。精神干渉を受け、正気を失った生徒たちが……」


言葉は続かない。


「無事なのは、ここにいる者だけかもしれないな」


ムスタファの言葉が、冷たく落とされた。

彼は静かに、生き残っている者たちを見据える。


「単刀直入に言う。結界石が——破壊された」


「え——……」


思考が凍りつく。淡々とした声音だけに、その言葉の重みが刃のように突き刺さる。


「さらに、精神干渉の闇術が発動されている。

耐えられなかった者から——悪魔化が始まっている」


「そんな——」


その時だった。

——ガンッ!!

重苦しい打撃音が、室内に響き渡った。


「……っ!?」


床に伏していた生徒の一人が、弾かれたように跳ね起きた。


「——ァ゛ア゛ッ!!」


もはや言葉ですらない咆哮。不自然に伸びた腕が、最も近くにいたジャミーラへと振り下ろされる。


「《風の精霊よ。

彼の攻撃を薙ぎ払いたまえ》」


間一髪、ライルが割って入り、その剛腕を弾き上げた。

衝撃波が、室内の空気を震わせる。


「言っている傍から、だな」


ムスタファが低く吐き捨てる。

生徒だったモノは、ぎこちなく首を傾けた。関節が噛み合っていないような、気味の悪い動き。


「……ぁ……」


その口から、微かな声が漏れる。

一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、理性がその瞳をよぎった。


「……た、す……け……」


「——っ!」


ジャミーラの表情が激しく揺れる。

その瞳には、確かにまだ“人”の欠片が残っていた。

だが、ライルに迷いはなかった。

鋭く踏み込み、低い姿勢から懐へ潜り込む。


「——っ!」


振り下ろされる爪を紙一重で躱し、鳩尾へ正確無比な一撃を叩き込む。

鈍い衝撃とともに、生徒の力が抜けた。


「お見事です」


ジャンが短く評するが、その視線はすでに次の脅威を捉えていた。


部屋の隅で、別の生徒がゆっくりと起き上がる。

濁った瞳が、獲物を定めるようにこちらを射抜く。

その口元が、歪に吊り上がった。

笑った——そう見えた。


「囲まれつつありますね」


アルテリスが、静かに告げる。


「一先ず、聖騎士団に向か——」


ムスタファが指示を飛ばそうとした、その途中で。


——ふっと。

世界が、暗転した。

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