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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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揺れる視線

夜。男子寮の一室。


椅子に深くもたれかかったムスタファの目に、蝋燭の柔らかな光に照らされた室内が映っていた。

壁には二人の影が不安定に伸び、まるで互いの思惑を測るかのようにかすかに形を変えて揺れている。


机の脇には、アルテリスが静かに控えていた。

微動だにしないその佇まいは、従者としての完成された姿そのものだったが、ムスタファはそこに、どこか張り詰めた気配を感じ取っていた。


(……無理もない)


ムスタファは密かに息を吐く。

アルテリスが陰ながらジャミーラを深く気にかけていることを、ムスタファは日々痛感していた。

今回、ムスタファが下した決定は、事実上、彼女を見えない脅威の矢面に立たせ、危険に晒す行為に他ならない。

表に出すことはないだろうが、アルテリスが内心では主である自分の非情な判断に、強い不満や反発を抱いているのではないか。

その懸念が、ムスタファの重い口を開かせた。


「……浮かない顔だな」


沈黙を破り、ムスタファはぽつりと問いかけた。


「彼女にあの役を任せるべきではなかったか」


その言葉に、アルテリスが一瞬だけ視線を落とした。従者の仮面がわずかに揺らいだのを、ムスタファは見逃さなかった。


「恐れながら——シャマル様は、感情が表に出やすいご気性でいらっしゃいます」


迷いを含んだ声。ムスタファは否定も肯定もせず、ただじっとアルテリスの次の言葉を待つ。


「相手を注視しすぎれば、こちらの警戒を悟られる恐れも、シャマル様ご自身が危険に晒される恐れもございます。その点を、強く懸念しております。ですが——」


アルテリスは言葉を探すように間を置いた。


「何もご存じないまま見えない刃に晒されるよりも、あらかじめ備えていただく方が、より安全かと存じます。また、シャマル様は聖騎士団見習いでいらっしゃいますゆえ、真実を知る必要も、任務を負う責務もおありかと。

僭越ながら、殿下のご判断は妥当かと存じます」


そう言って静かに頭を下げるアルテリスに、ムスタファはしばらく黙考した。


アルテリスは主の決定の意図を正確に汲み取り、自らの懸念を飲み込んでくれた。同時にそれは、ムスタファ自身がこの一手を選ぶ際に、己に言い聞かせてきた論理でもある。


静かな納得とともに、それでもなお彼女を危険な盤上に置いたという事実だけが残った。

ムスタファは、やがてふっと息を吐き出した。


「そうか」


視線を上げ、アルテリスを真っ直ぐに見据える。


「問題は——」


自ずと声が低くなる。


「相手が、どれほど“見ているか”だな」


アルテリスは、静かに頷いた。


「はい。それこそが、最も危惧すべき点かと存じます」


蝋燭の灯りが、ムスタファとアルテリスの影を長く伸ばす。

わずかに揺れる影を見つめながら、ムスタファは再び沈黙の中に思考を沈めていった。


⚜️⚜️⚜️


翌日。対魔学の講義室。


そこには、いつもと変わらぬ光景が広がっていた。

整然と並ぶ机。席に着き、他愛ない会話に興じる生徒たち。


だが、教壇に立つディーター・ボニファーツが、いつも通りの穏やかな笑みを湛えていること——それ自体が、今のジャミーラにはひどく歪なものに感じられた。


(……落ち着いて)


ジャミーラは無意識に背筋を伸ばし、浅くなりそうな呼吸を整える。

わずかでも不自然な挙動を見せれば、あの男に隙を晒すことになる。


(あくまで平静に。何も知らない生徒を演じるのよ)


自分に言い聞かせ、逃げ出したくなる視線を伏せてノートを開いた。


「——では、前回の続きから始めましょう」


ディーターの、低く心地よい声が教室に染み渡る。


「悪魔が契約を持ちかける際、最も重視するものは何か」


彼は一度言葉を切ると、生徒たちの顔をゆっくりと見渡した。


「それは、恐怖や絶望そのものではありません」


一拍。


「対象が、それを——“自覚していないこと”です」


ペンを握るジャミーラの指先が、微かに凍りついた。


「悪魔は、“弱者”を選ぶのではありません。

“自分の弱さを把握していない者”を選ぶのです。

自分の弱さを知る者は、抗うこともできます。

ですが——」


ディーターは柔らかな口調のまま続けた。


「知らなければ。あるいは目を背けていれば、悪魔はそこを正確に突いてくる」


教室が、静まり返る。


「——今日は、その対策として」


ディーターは黒板に向き直り、迷いのない筆致で文字を刻んだ。


『自己分析』


「少し変わった授業になりますが、

己を知ることは、とても重要です」


(……自己分析)


ジャミーラは胸の動悸を抑えながら、黒板の文字を凝視する。

授業内容に不当な点はない。対魔学としては至極真っ当な理論だ。

だが、今の彼女にとって、その言葉はディーターが仕掛けた“罠”のように見えてならなかった。


「では、今から紙を配ります」


ディーターが机の間を歩き始めた。

一人ひとりに白い紙を手渡していくその仕草は、聖職者のように丁寧で、慈愛に満ちている。


ジャミーラの机に差し出された、白すぎる紙。

それを受け取る瞬間、彼の袖口から漂う微かなインクの香りが、彼女の神経を逆撫でした。


全員に行き渡ったのを確認し、彼は教壇へと戻る。


「他人に見せる必要はありません。正直に、自分自身の深淵と向き合ってください。——始めましょう」


筆を取る音が、一斉に響く。


長所と短所。

得意なこと、苦手なこと。

選択を迫られた経験。

後悔した決断。

守りたいもの、失うことへの恐怖。


質問の列は、回答者の心を剥き出しにするかのようにどこまでも続いていた。


沈黙が深まるほど、ペンが紙を削る音だけが、やけに大きく耳に障る。


しばらくして。


「……では、筆を置いてください」


ディーターの静かな声がペンを止めさせた。


「どうでしたか。思っていた以上に、自分を理解できていないと感じたのではありませんか?」


生徒たちの間に、戸惑いの混じったざわめきが広がる。


「それで構わないのです」


ディーターは、慈しみ深い教師の顔で微笑んだ。


「人は皆、“見たくない自分”を後回しにします。

ですが、悪魔はその“後回しにされた空白”から、必ず入り込んできます」


彼が、わずかに声音を落とす。


「今日書いた答えは、今はまだ誰にも見せる必要はありません。ですが、それがいつか……“自分を守るための武器”になるでしょう」


ディーターは、満足げに教え子たちを眺めた。

その眼差しが、一瞬だけジャミーラの視線と重なったような気がした。


「では、本日はここまでにしましょう。

今回お配りした紙は、次回も使用しますので持参してください。

質問のある方、残って復習したい方は、残っても構いませんよ」


椅子を引く音が重なり、解放された生徒たちが教室を去っていく。


ジャミーラは、じっとりと汗ばんだ手で、自分の内側を書き連ねた紙を強く握りしめていた。

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