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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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密かな依頼

放課後の静まり返った廊下を歩きながら、ジャミーラは小さく息を吐いた。

先ほど届いた、ムスタファからの急な呼び出し。特に心当たりはないが、いつもの事務的な連絡だろうか。漠然とした疑問を抱えたまま生徒会室の重厚な扉の前に立つと、彼女は居住まいを正し、硬い木をノックした。


「入れ」


中から響いた低い声に促され、ジャミーラは一礼して室内へと足を踏み入れた。


室内は水を打ったように静まり返り、窓からは夕暮れの赤紫の光が斜めに差し込んでいる。長机の向こうではムスタファが深く腰掛け、背後には側近のアルテリスとライルが影のように控えていた。

出迎えたのは、ひどく重く張り詰めた空気だった。


(何かあったのかしら)


ジャミーラは肌を刺すような緊張感に、無意識に背筋を伸ばした。


「お呼びでしょうか、殿下」


「ああ。座ってくれ」


促されるまま用意された椅子に腰を下ろすと、重苦しい沈黙がじりじりとジャミーラを圧迫した。やがて、ムスタファが静かに口を開く。


「今日呼んだのは、対魔学の担当教員についてだ」


意外な話題に、ジャミーラの視線が自然と上がった。


「ディーター・ボニファーツという教員に学んでいるそうだな」


「はい」


「彼を、どう思う」


唐突な問いに、ジャミーラは一瞬言葉を探した。脳裏に浮かぶのは、温厚で、どんな些細な質問にも嫌な顔一つせず答えてくれる熱心なディーターの姿だ。生徒たちの間でも評判が良い。


「……授業はとても分かりやすいです。

生徒の評判も良く、面倒見の良い先生だと認識しております」


偽りない本音を伝えると、ムスタファは「そうか」と短く頷いた。だが、その整った顔立ちには微かな陰りが落ちている。

ジャミーラは胸にざわめきを覚え、思わず問いかけた。


「……先生に、何か問題があったのでしょうか」


「そのディーター・ボニファーツという人物だが」


ムスタファの声音が、わずかに低くなる。


「こちらで身辺を確認したところ、彼の“着任”に関して、不自然な点が見つかった。着任以前の記録が、全く存在しない。経歴書も、身元保証書も、いずれもだ」


淡々と言い放たれた言葉が、ジャミーラの鼓膜を強く叩いた。


「……それは……どういうことでしょうか」


ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど乾いていた。いつも優しく微笑んでいた先生の過去が、真っ白な空白だというのか。わけが分からず、視界がかすかに揺れる。


ムスタファはまっすぐにジャミーラを射抜いた。


「最近、他国の学園で結界石の破壊が確認され、同時期に生徒の行方不明事件が起きている。まだ疑惑の段階だが、共通点が多い。

我々は、着任時期や不自然な経歴から考えて、ディーター・ボニファーツが魔族、あるいはそれに近しい存在である可能性も視野に入れている」


「——っ」


ジャミーラは息を呑んだ。心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ね上がる。

あの温厚な先生が、魔族。そんな悍ましい仮定が、どうしても目の前の現実と結びつかない。だが、ムスタファの目は一切の冗談を含んでいなかった。


「現時点で、彼の講義に関わっているのはあなただ。彼の言動、生徒との関わり、講義内容——違和感があればすべて報告してほしい」


「監視を……ということでしょうか」


「そうだ。聖騎士団の上層部との協議の結果、現時点では“様子を見る”という判断が下された」


(様子を見る?)


戸惑いは、やがて激しい焦燥感へと変わった。もし本当に魔族なのだとしたら、何の罪もない生徒たちを無防備なまま危険な存在の傍に置き続けるというのか。

気づけばジャミーラは、弾かれたように身を乗り出していた。


「……そんな悠長な構えで、よろしいのでしょうか。もし本当に危険な存在であるなら、被害が出る前に捕らえるべきです。後手に回れば、それこそ取り返しがつかなくなるのでは……」


聖騎士団見習いとしての正義感と、生徒たちを守りたいという強い思いが、彼女の口を動かしていた。しかし、ムスタファは慌てることなく、静かにそれを受け止める。


「だからこそ、だ。確たる証拠もない段階で動けば、相手を無用に警戒させる。最悪の場合、姿を消されれば追跡は極めて困難になり、結果として学園全体をより大きな危険に晒すことになる」


「それは……」


冷徹なまでの正論を突きつけられ、ジャミーラは言葉を詰まらせた。そこへ、別の声が静かに追い打ちをかける。


「それに、彼が“生徒から厚く信頼されている”という事実が厄介なのです」


横に控えていたライルだった。普段は飄々としている彼にしては珍しく、その声には氷のような冷たさが滲んでいる。


「もし早計に動いて彼に無実を主張されれば、我々生徒会が不当な加害者に仕立て上げられる恐れもあります」


あまりにも現実的で冷静な指摘に、ジャミーラは膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、じわりと痛む。生徒たちの信頼すらも、相手の盾になり得る。その冷酷な事実に、眩暈がしそうだった。


「……だから、監視に留めるのですね」


「そういうことだ。今は動かず、見極める。明確な危険を察知すれば、即座に介入する。あなたには、そのための“目”になってほしい。ただし——」


ムスタファの深紅の瞳の奥に、冷たい警告の光が宿る。


「監視していると悟らせるな。相手に勘付かれれば、あなた自身が真っ先に危険に晒される」


「……承知いたしました。重々気をつけます」


感情としては、まだ到底納得などできていなかった。だが、聖騎士団見習いとして、彼らの冷徹な判断の正しさも頭では理解できている。割り切れない思いが、胸の奥を重く締め付けた。


退出を許され、深く一礼して部屋を出る。背後で重い木の扉が閉まる音が、人気のない廊下にやけに大きく響いた。


(あの温厚な先生が、魔族……?)


開いた窓から吹き込んできた風が、冷や汗の浮かんだ首筋をひやりと撫でる。

生徒会室を訪れた時には鮮やかだった赤紫の空は、いつの間にか濃い藍色に浸食され、学園の輪郭を静かに飲み込もうとしていた。

音もなく押し寄せてくる夜の闇が、まるでこれから待ち受ける不穏な現実そのもののように思えて——ジャミーラは立ち尽くしたまま、震える自分の肩を小さく抱きしめた。

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