参上! 超電磁怪盗インディ・オーラ!
「印東虎胡の姿が見えないんだけど……」
とっくに下手からステージの中央まで歩かされたのに、印東虎胡の姿が見えない。
いぶかしんだ私が立ち止まって、改めてマキノに尋ねる。
だがマキノは振り返らず、数歩ほど歩いてから同じように立ち止まったかと思えば、突然背を向けたまま、掌にのせた小さいゾウのぬいぐるみをこれ見よがしに取り出した。
「あなたが探しているのは……このゾウさん? それとも――」
もう片方の腕も出す。
その手の中には、また口にガムテープと紫色のリボンで簀巻きにされてもがくビャコがつままれていた。
「――ビャコ⁉ あんたは一体⁉」
はっと息を呑む。
思わず身を乗り出した私に合わせて、マキノが蓑虫みたいになったビャコを投げてよこした。
いきなり素直に返すもんだから、思わずビャコを両手の平で潰すように受け止める。
バチンという音に混じって、ビャコの悲痛な叫びを上げる。
「ごめん」と謝りながら、ビャコを縛る拘束を解く。
単なるサテンリボンだが、結構堅く縛っているようで解縛に手間取る。
やっと結び目が解けたと思ったら、今度はステージ全体が動き始めた。
右手側で壁の用に聳えていた緞帳が一気に上る。
まだ真昼なのに、帳の下がった舞台の暗さと代わらない園内の明度。
水銀灯の照明が必要なほど、空にまで黒幕に覆われたような曇天の下で、観客席を埋め尽くすほど集められた視線の群れと目があった。
どの観客も親子連れが締めている上に、見つめる視線や座り姿は、たまたまステージでの様子が目に入ったから呆然とみているのではなく、ショーが目的で見に来ている目だ。
「リハーサルじゃなかったの?」
まるでぶっつけ本番の渦中に放り込まれた状態だ。
聞いていた話とまるで違う状況に立たされ、戸惑いながらもビャコの口に貼られたテープを容赦なく剥がす。
「――気をつけろ、そいつは曽場マキノじゃねぇ!」
解放された瞬間にビャコが叫ぶ。
「――なんですって⁉」
はっと顔をマキノに向けると、待ってましたと言わんばかりに、くるりと踊るようにこちらへ振り返った。
バレリーナというかマジシャンの様な鷹揚としたパフォーマンス。
それに併せて踊るように、ゾウのぬいぐるみが勝手に動きだし、マキノの腕に巻き付いた。
その瞬間、マキノの全身が一瞬だけマーブル色のシルエットになって光り出した。
パチンと光が水滴の如く弾けたと思ったら、まるでマキノと入れ替わるように、あの駐車係の制服スタッフが立っていた。
「――あるときは、ミーハーな駐車係」
見たまんまの格好を口で言ったかと思ったが、また一瞬だけ光りだし、今度はスタッフ専用出入り口で鍵を開けてくれたあの警備員が出現した。
「またあるときは、熟年の女警備員」
よく見ると背丈は同じだった。
それに気づいたときには、そいつはまたマーブル色に発光し、また曽場マキノの姿になった。
最初の時と違いがあるとすれば、腕に捕まっていたゾウのマスコットにかわって灰色のマイク型スキャナーが握られていること。
装置は起動しているのか、内部のプリズムストリームが稼働してファンを鳴らしている。
スキャナーが動いている。
ということは、これは読み混ませたエンプリスのカードをプリズムストリームによって具現化させた……かつて私も脱出で使った立体映像の衣装の応用だ。
「そしてまたあるときは、凄腕敏腕マネージャーにして先々代の超電磁怪盗役、曽場マキノ」
忘れていた。
印東虎胡どころか曽場マキノも含めて、こいつらは怪盗だ。
エンターテイナーとして客の視界の中だけで演じるだけでは飽き足らず、とうとうゲスト相手にまでドッキリをしかけるという、見せ方まで本格的にこだわりだした。
「しかして、その実態は! ――プリズムチェンジ! レッツ・コンボルトイン!」
正体を明かす台詞になって、妙に単語がゴツい変身ワードを叫んだ時、マキノの体がより一層強く輝く。
今まで以上に強く光り出し、思わずビャコを掴んだ腕で顔を覆って目を守る。
怪盗の定番と言えば、多彩な隠密道具におしゃれな予告状にスリリングな追跡劇。
そして――完璧な変装。
「三つ数えてくわばらくわばら。禁忌の紅と蒼き沈黙が瞬く時、一閃の紫電が闇を駆ける! 電磁のパルスをマントに纏い、超電磁怪盗インディ・オーラ、ただいま見参!」
プリズムストリームとスキャナーのおかげで、特殊映像に頼らなくても、その場で変身できるようになったことで、ショーステージの上でもテレビの様な流れ。
両目を覆うマスクをつけ、このほの暗い場に溶け込んでしまいそうなほどのタキシード系の怪盗衣装を纏った超電磁怪盗インディ・オーラが目の前に出現した。
効果音が聞こえてきそうなほど切れのいいポーズを決め終えると、観客席から子供の歓声と拍手が一斉に沸いた。
それに併せて、まるでタイミングを見計らったかのように視界が一瞬だけ瞬き、直後に雷の轟音がなる。
かなり近い落雷に、子供達の声音が歓声から悲鳴に即切り替わった。
「この頃、流行ってるみたいね。どっかでみたことがある変身方法」
「ヒップはお前の方が大きいぞ」
「黙って」
生ぬるくしけった風が薄紫色のロングヘアと真っ黒なマントをなびかせてポースを決めているインディに、ファンの子達から「頑張れ」と可愛らしい応援が送られている。
一方のこちらには一言の応援がとんでこないところをみると、特別ゲストと紹介しながらも、観客にとってはやられるべきヒール扱いのようだ。
「くっそ~、リハだと騙してぶっつけ本番なんて、なんて奴らだ。業界人としてマナーがなってないぞ!」
「少なくとも、今が本番だって知らなかったのは私達だけみたいよ」
チラリとショースケジュールが記載された看板に目をやる。
強風に煽られて端がベコベコとめくれかかっているが、特別ゲストを呼んでのショーであることは明記されている。
それが、私こと天水晴那がやってくることは明かしておらず、この場で発表するという完全にサプライズゲストとして呼ばれたようだ。
まぁ、事前にちゃんと名前だして告知されたとしたら、目の前の混み具合以上に大混雑だっただろう。
悪戯というちょっかいで不意打ちしてきた時点で心証最悪だが、それに加えてプロのアイドルだった私からしてみても、リハだと騙してドッキリのように本番をさせられるという不意打ちはなお感心しない。
だが、これまでに自分がQ-key.333にしてきた事を考えると、不満を言う立場ではなかった。
「これも因果応報ってやつかしら」
「暢気なこと行ってる場合か!」
「でもこれはこれで、かえって時短になったわ」
少なくともリハから本番まで、スケジュールを作って無駄に時間を空けられなくてすむ。
おまけにショーストーリー用の台詞を覚えたり、演技のために立ち位置や振り付けをたたき込まれるよりも、素のままでいられるエンプリスの対決をさせられる方が遙かに楽だ。
どのみち、超電磁怪盗インディ・オーラとは本気で勝負をすること自体は変わりない。
あとは負けないだけだ。
「今話題の『神姫殺し』天水晴那! 法王杯の優勝記念に、君のプライド、ちょうだいさせていただく!」
怪盗らしい見得を切り、果たし状の如くインディ・オーラが自身のスキャナーを差し向ける。
「こっちは既に時間とられてるっての!」
「神妙にお縄についてもらうわよ、インディ・オーラ!」
こちらもビャコをスキャナーに変形させ、ホルスターからデッキを抜いて装填させる。
エッジから虹色のプレートが吹き出し切った瞬間、また雷光が瞬き、互いにそれを合図に号令を叫んだ。
「「――オン・ステージ!」」




