どたばたリハーサル準備
更衣室として案内されたが、ロッカールームというよりかは、着ぐるみの保管庫のような場所だった。
どっかで見たことがあるヒーローの抜け殻のように干されたスーツや、生首のように頭だけになっても不気味に笑顔だけ向けてくる女児向けアニメのヒロイン達。
よく見ると劣化の罅や塗りが甘い怪人達のスーツなど、時代が過ぎて遺物となったものが、汗のにおいと共に積み上がっていた。
そんな物達を横目に、私はずっと姿隠しと変装のために着ていた地味なパーカー(二代目)を脱いで、リュックに畳んでいたチェックのユニフォームに着替え終える。
勇作Pが天水晴那として活躍する私のために新しくデザインしてくれた〈RDティアーズチェックユニフォーム〉も、随分と長く着る機械が増えた。
もうQ-key.333で支給された汎用ユニフォームじゃない、私だけのユニフォーム。
そして、未だにまともな写真を取られたことはないが、法王杯での優勝をきっかけに、天水晴那のトレードマーク衣装として知られるようになっていた。
RDティアーズは復讐のブランド。
それは私も承知していること。
超電磁怪盗インディ・オーラとの仕事を終えて得られた情報があれば、こんな悲しくも憎たらしい事件も闇も直ぐに晴れる。
そうなった時、デザインした勇作Pは、復讐の完了と同時に、きっとブランドを閉じるだろう。
私自身も衣装ではなく武器として纏っているブランドが封じられるのは仕方が無いと思っているが、服として気に入ってる分、もの悲しさを感じていた。
「晴那さん、虎胡ちゃん見つかりました~」
更衣室の扉がノックされ、マキノの声が入る。
「すぐに出るわ……」
最後に軽く身だしなみを整え終え、私は更衣室を後にした。
扉を開けて通路にでると、マキノさんが待っていた。
「本当にお手数を架けて申し訳ございませんでした。今、彼女の元へ案内しますので、付いてきてください」
再び顔を合わせて早々に、マキノは改めてペコペコと顔が見えなくなるまで謝りまくる。
更衣室を抜けた廊下には誰もいない。
エマも刹那も、朔真も……今は楽屋で待機しているのだろう。
「彼女と打ち合わせに向かう前に、一つ確認したい。
――このオファーを受けた報酬について、偽りはないわね?」
ちょっかいというか、悪戯とはいえ奇襲は感心しない。
既に信頼の雲行きが怪しいことを伝えるつもりで、私はマキノに改めて確認を問う。
「ええ、それは安心してください……」
ずれた眼鏡を正しながら、マキノは手に持っていたフォルダを開く。
こちらに渡す用のショーの台本が入っているフォルダの用だが、その中には「持ち出し厳禁・機密情報」というあからさまな赤文字フォントの紙束も見えた。
「こちらの資料が、アートマンストラ製のQ-key.333専用ハンディマイク型スキャナーに関する資料になります」
証明として実物を出すが、まだ渡せないと言わんばかりに掲げるが、あえて後ろにひきながら見せつける。
表紙に見えるバイチャヤンチャのロゴと、アートマンストラのクレジット、そしてQ-key.333のロゴまでちゃんと載っているということは、とりあえず本物のようだ。
「報酬はわかった。でも、どうしてそこまでしてインディ・オーラと私との対決を望むの?」
「――実を言うと、この企画を立ち上げたのは……私では無く印東虎胡ちゃんなんです」
ふと沸いた疑問を口にした途端、マキノは急に背筋を伸ばし、さっきまで恐縮のあまり細くなった声が、ふと本来のトーンに戻った。
「印東虎胡が? どうして?」
「――虎胡ちゃん自身が、自分のせいで超電磁怪盗のテレビ放送を打ち切らせた責任を感じているから、でしょうね」
極秘資料をフォルダにしまいながら、マキノが続けた。
「責任って……あれはどう見ても、負け戦じゃないの」
印東虎胡自身は特撮俳優で、勝負の相手は【黄黙天】という私ですら勝つのがやっとレベルの世界で五番目に強いアイドルだ。
そんな、ちょっと得意な人とガチなプロとテレビ番組をかけた真剣勝負に挑まされては、流石に無理ゲーなのは火を見るよりも明らかだ。
「誰がどう見ても、負けが確定していたイベントだから責任なんてものはそもそもあるはずが無い……。でも、私を含めて先輩達が築いてきた伝統を、自分のせいで途絶えさせてしまったこと、その事実だけがずっと彼女を締め付けていた……」
自分のせいで途絶えた。
それを聞いて、かつての私と重なる部分を感じた。
ランク9の称号を襲名したとうのに、他者の妨害によって、自分の手で泥をつけてしまったこと。
その意図もなく、他人のせいにしても許されることなのに、自分の手で下したという事実というか感触は、そう簡単に拭えるものではない。
あんなしょうも無い悪戯をしかけていた面の裏で、バトンを次ぐ俳優である印東虎胡の心中にもそんな苦悩が蝕んでいたのだろう。
「動機は理解した。でも、私が引き受けるほどの餌を用意してまで勝負を望む訳については?」
「もちろん! 今やQ-key.333を押しのけるほど注目を浴びまくりのダークホースこと天水晴那とコラボできれば、こっちも注目が行くと思って!
おまけに勝負に挑んで、インディ・オーラが勝ってしまえば人気も戻ってくる。
シリーズ終了の回避どころか、テレビ放送も復権するかもしれない! 理解してくれましたか?」
「ふん、なるほど……ゲストと言いながら、私を当て馬にしようというわけ?」
このショーに招待した本質を理解した私は、唇では無理だが鼻だけで笑い飛ばす。
「半分はそのつもりです。
しかし、ご存じの通り、私達〈超電磁怪盗〉制作委員もQ-key.333に恨みを持つもの」
マキノはくるりを踵を返して、歩き出した。私はそれに着いていく。
「あなたに勝てば、復帰の近道。
負けたとしても、彼らに対して致命の一撃を食らわせられる。
あなたの振る舞いから、敵は私達とも共通のはず。
その敵に対して、奪い返すだけの防衛か、さらに致命を負わせる侵略を望むか、その命運をカードによって決めてもらいましょう」
まるで諭すというか悟るように続けながら、マキノはすごく冷静な口調のまま、私に背を向けてそう言った。
ここから先は、印東虎胡に――いや、運命に委ねると言わんばかりに。
コツコツとパンプスの靴音だけが響き、やがてステージへ続く出入り口にさしかかる。
サビと塗装がはげて茶色が混じってるアイボリー色の鉄扉を開けて、さらに進む。
予定では虎胡からビャコの返却を終えて、そのままショーのリハーサルに入ることになっている。
そのはずなのに、ステージ裏はライトもつけず、なぜか見えづらいほどほの暗かった。
傍で降りきっている真っ黒な緞帳の下、その隙間からほんのりと光が差し込み、外の風にあたってるのか隙間風を吹き込みながらかすかに揺れる。
突然、マキノの足がすっと速くなり、暗い舞台裏の中で見失いかけた。
はっと息を呑むほど私も併せて駆け出したが、ほんの数歩も接近しただけで、マキノはすぐに見つかった。
「印東虎胡の姿が見えないんだけど……」
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