変態デザイナー「楽舎燎子」
その小さな奨励を最後に通話が切れ、しばらくスタッフルーム内がしんと静まりかえった。
かと思ったら十秒も経たずに次の通知がノートPCからけたたましくなり出した。
「なんだ、立て続けに!」
頭の上でビャコがぼやく。
勇作Pがぐいっと画面下からぬっと出た通知を見る。
「芦屋エマからだ……」
「今は葉鳥エマじゃなかったけ?」
茶々のような訂正を割り込ませるビャコをいい加減頭から下ろしてデスクに押さえつける。
〈ハオマネクト〉のデザイナー。
そして元ランク6こと【紫智天】葉鳥朔真の義理の姉。
結婚して名字が代わったそうだが。
朔真を負かせて”元”にしたとはいえ、かつての敵が愛用していたブランドを手がけたデザイナーではあるが、脱退と同時にQ-key.333と完全に縁を切った上に、元々勇作Pとはデザイナーつながりで面識があったようで、草薙さんと代わってチェアーに腰掛けて受信する。
『はぁい! 久しぶりね、白波くん。それから草薙さんも!』
画面のほぼ全部を埋めるほど広がったウィンドウの中にエマの顔が映った。
Q-key.333から抜けて〈ハオマネクト〉専属モデルアイドルに転向した葉鳥朔真だったが、どうにも申請が滞っており、スキャナーがもらえずアルカナカップどころか通常の仕事すら取ってこられないほど悪い状況が続いていると聞いたが、とてもそんな悩みを抱えているとは思えないほどからっとした顔で会いに来た。
旧知の仲である二人との再会を本当に喜んでいるのか、艶やかな赤いリップが塗られた唇の口角がつり上がっている。
「何のようだ」
反対に勇作Pは冷淡に応対する。
『つれないなぁ、せっかくあなたのシークレットブランドを着こなす新しいモデルアイドルちゃん宛てにお仕事のオファーを持ってきたのに』
大分ぼかしてくれて入るが、そのオファーの宛先は私のことだろうが……。
「断る」
勇作Pの返事は早かった。
『ちょ、ちょっと! 内容くらい聞いてもいいじゃない!』
「そもそも、なんであいつ宛ての仕事が、そっちを中継しているんだ?」
今度は草薙さんが怪訝な顔をしながら画面をのぞき込んで尋ねる。
現役アイドルなら珍しくない話だが、今の私はモデルアイドル以前にまともな仕事を受ける気も引き受ける理由もない無頼者。
生業といえばQ-key.333のアイドル潰しぐらい。
そもそも使命であって仕事ではない。
ましてや、天水晴那として身分を隠している私や〈エンブリオン〉という後ろ盾の存在も知られるわけにはいかなかった。
ただ、暴れすぎた代償として、目の前の芦屋エマをはじめとして、各所から徐々にばれつつあるのだが。
『知らないわよ! 大方、あのオーディション戦で澄香ちゃんが朔真の後に付いていったから、コンタクトがとれると思ったんでしょ!』
覚えがあるが、嫌な記憶のされ方をされた。
私は口が歪むほど罰が悪くなって勇作Pや草薙さんから目を背けた。
「断れ」
勇作Pは相変わらず無表情で突っぱねる。
『まってまってよぉ~!』
頑なに仕事の紹介を受けない勇作の頑固さに、流石のエマも子供っぽく食い下がる。
『澄香ちゃん……つまり天水晴那宛にオファーを出したのは、あの〈バイチャヤンチャ〉よ。流石に知ってるでしょ?』
「大手玩具メーカーの大企業だな。ついこの前までQ-key.333関連のグッズ展開もしていたな」
ビャコがひょこっと顔を寄せて割り込んだ。
〈バイチャヤンチャ〉とアートマンストラ。
この二社はQ-key.333のクロスメディア展開において、友好関係になっているのは知っていた。
ただ、〈バイチャヤンチャ〉が手がける玩具系グッズの展開に恵まれているのは、本当に上位陣ぐらい。
私もランク9にたどり着いた頃に、ミニぬいぐるみとかの話も合ったが、その前に全部おじゃんになったが。
「おおかた、ボロボロの歯抜けになったQ-key.333の後釜として、あっさり法王杯を優勝して話題をかっさらったダークホース天水晴那の、グッズ化させようぜって玉だろうな」
「無視しろ」
推察するビャコの言葉に続けるように、勇作Pは惜しむこと無く大手企業からのオファーであろうともあっさりと蹴り棄てる。
『お願いだから、最後まで聞いて!』
話が前進しないどころか始まる前に打ち切られそうになり、エマから悲痛の叫びが上がる。
『――随分と排他的だねぇ、〈RDティアーズ〉のデザイナーとやらは』
PCのスピーカーから、エマではない女性の声が割り込んできた。
あどけなさが残る音程だが、どこか粘着質で怪しい声。
その声を耳にした途端に画面へと目を戻すと、少しよけたエマの傍に、もう一人の人物が現れた。
「お前、楽舎燎子か!」
えらく鮮やかなショッキングピンク色のボブカットに、ダウナーを感じさせる垂れ目。
それ以上に目のやり場に困る露出の多い服。
悔しいことにスタイルは良く、その天然で盛られた胸の谷間どころか双丘そのものを主張するような過激な服を着た破廉恥な女が割り行ってきた。
『にゅふふ、あのときぼろくそに負かせた鉄面皮小僧がブランドを立ち上げていたのは知っていたが、まさかこの私が手塩にかけて編み出したコスチューム達を蹴散らすほどの腕を持つようになるとは。これも何の因果か……』
なかなかに気色の悪い笑い声を出しては、負けたという割りには恨み事ではなく妙に恍惚とした顔でカメラに臨んでいた。
『ちょっと燎子! そんな格好でオフィスをうろつかないでよ! はしたない!』
『はしたないとはなんだ。一昔前は全裸が普通のだったのだぞ? これは文明回帰だ』
『原始時代まで遡ることを一昔とはいいません!』
見せびらかしたいわけではないらしく、単に着ること自体に無頓着という珍しいタイプの露出狂のようだ。
「誰、この変態」
私は思わず眉と声をひそめて、ビャコの獣耳に耳打ちする。
「あいつは……〈トニトルス〉の変態だよ」
「変態なのは間違ってないのね」
〈トニトルス〉という名称には聞き覚えがある。
数日前、苦戦を強いられた『ディーヴァス神姫』が一天――ランク5の雨羅刹那が愛用していた驚異のブランド名だ。
「正しくは、一応奴も勇作やエマと同じ衣装デザイナー……なんだが、どっちかっていうと研究者側だな。
衣装の露出面積とカード効果の限界について独自研究している変人。
会社を建てず店も開かず、ただ検証実験のためにブランドを立ち上げた――本来は人知れず埋もれるブランドのはずだったんだが……」
「雨羅刹那が台頭したことで、一気に知名度があがったってわけね。ランク5【黄黙天】の愛用ブランドとして……」
「奴は、デザインはできても経営できないから一般販売されてないし、出しても誰も着るのに勇気がいるレベルのデザインだしなぁ」
思い返せば、雨羅刹那の愛用するブランドは、確かに切り札級になればなるほど露出面とかで過激にはなったが、それと比例するように効果が強かった。
何よりも、それを恥じること無く着こなす刹那の胆力もまた侮れない。
もしくは、同じ趣味か派閥なだけかも。
「盟友の雨羅刹那まで〈ハオマネクト〉の専属モデルアイドルとして移籍が決まったときに単身でカチ込みしにきたニュースは新聞で見たが、お前自身も〈ハオマネクト〉にいるのか?」
頭を抱えるように額を撫でながら尋ねる草薙さんの言葉に、私はふと過去の新聞記事を思い出した。
どこかのスポーツ新聞の一面に、『〈ハオマネクト〉に変態襲撃! この世の終わりか!』という謎に勢いとインパクト大の見出しは、まだ覚えている。
『我がブランドが誇る優秀なモデルアイドルである同士、刹那を勝手に他のブランドに移籍されては困るのでね。
抗議のために強襲させてもらったが、エマから参入を勧められてな。
面倒な手続きとか業務とかは全任せにさせてもらって甘んじているところだが――今はそんなことはどうでもいい』
しれっとじっくり聞きたいほど気になる重要な出来事をどうでもいいと切り捨て、燎子は改まって画面を占領する。
『〈ハオマネクト〉を中継してまで、君のところに住み着いている天水晴那宛てに寄せられたこの仕事――〈バイチャヤンチャ〉からきたせっかくのオファーをうけてはくれまいか?
こればっかりは私からもお願いしたい』
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