そしていつもの〈アクアクラウン〉
ブランドショップ〈アクアクラウン〉。
今なお長期休業中で薄暗くなった店舗。
その奥に唯一電灯を照らしているスタッフルームでサイドボードの上で、緑石の如く煌めくトロフィーがそびえ立っていた。
その真新しい光沢に、天水晴那の顔が映りこむ。
法王杯、優勝。
この勲章を得た時点で、三月に控えた〈アルカナカップ〉本戦〈女帝杯〉に出場権も獲得。
自力で獲得した栄光。
それでもまだ、これが現実であると半分信じられなかった。
しれっと。
本当にしれっとだ。
Q-key.333のメンバーを公の舞台で負かして、強制脱退というペナルティを利用して潰していく。
ついでに、私――遊生澄香に代わってランク9になろうとしている謎の新人「ナガタマホ」について問いただす。
そのためだけに虱潰しに対戦をし続けている内に、優勝していた。
思い返すと――Q-key.333にいた時には、出場すら叶わなかった高すぎる夢の舞台だったのに。
人生初の出場から一気に優勝と本戦出場だなんて。
こうして改めてトロフィーと向き合うまで、自分がいかにすごいことをしてきたのか実感がわかなかった。
「聞き込みのためとはいえ、まさかついでに優勝までするなんて思わなかったわ……」
「だったら、もうちょっと喜んだらどうだ?」
鏡面に映る天水晴那に話しかけるようにつぶやいた私の独り言を、頭の上で変なくつろぎ方をしている白い虎――ビャコが勝手に拾った。
「これが天水晴那としてではなく、遊生澄香としてなら泣いて喜んでいたわ。でも、そんな気分になれると思う?」
まっすぐに立つそのトロフィーの傍には、様々な物が飾られるように置かれている。
アクアクラウンの看板を背負ってQ-key.333に移籍していたはずの大葉璃久の写真。
自分のデザインした衣装を着せるモデルアイドルとしてプロデュースしていた大場璃久の勝利と、ブランド宣伝を願って、白波勇作も送った世界に一つしか無い専用の衣装カードと、草薙亮が作曲した専用曲。
そして、不正の証拠という理由でアートマンストラに奪われたのを自力で取り返した、遊生澄香本来のデッキ。
全てQ-key.333を運営するアートマンストラによって奪われ、そして取り返した品々。
辱められる前に取り返した草薙さんや勇作Pの作り出した結晶にして、彼女と繋ぐ掛け替えのない宝達。
だけど、その受け取り主である大葉璃久本人の奪還にはまだ至っていない。
復讐の代行として武器を託すためとはいえ、私を勝利へと導いた衣装や曲を作ってくれた白波勇作と草薙亮も、二人ともアルカナカップとは無縁であったはずなのに、その舞台に自分たちの力が通用できたことへの祝賀に見向きもしていない。
『このグラフデータが、幸神総一郎から受け取った手がかりだというのか?』
オーナー用のデスクの上に置かれたノートPCから、聞き覚えのある声――〈アクアクラウン〉の親会社である〈エンブリオン〉の財前専務だ。
「一応、そうだと聞いてます。見たところ、各ブランドと親会社名の一覧のようですが、そのグラフからはなんとも。幸神の奴も、このデータしかよこさなかったもんで……」
リモート通話には草薙さんが応える。
幸神総一郎。
元は〈エンブリオン〉に所属して白波勇作達と一緒にアイドルをしていた男。
引退後に独立し、個人でアイドル事務所〈サンドリヨン〉を立ち上げたかと思えば、数日前に勇作Pをさらったと嘘の脅迫状と『私達が求めている情報』を餌に、自身がスカウトした新人アイドル福山美祿と戦わせた事務所。
そして、この復讐とは本来無縁な勢力。
引き分けとはいえ、挑んだだけで貰えた有力な情報のようだが、一緒に見た私も何がこちらにとって知りたい情報なのか不明のままだった。
『株のチャートグラフだってのは見てわかるが……』
「株? トレードデータですか?」
『独立して事業を立ち上げた幸神なら、まず手はつける領分だろうが……なんだ? 君たちは資産運用をしていないのか?』
「どうも、こういう時々でも画面とにらめっこしたり、情勢を読んで資金繰りしたりと監視を挟む生活には不向きでしてねぇ」
指先で頬を搔きながら、草薙さんはばつが悪そうに笑みを浮かべて応える。
勇作Pは無表情だが、どこか”それにかまってる暇があるなら、何か作ってる”と言いたげに画面に映る専務の顔をみていた。
『――? ふむ、どうやら幸神が伝えたいのは、この部分のようだな』
共有されてから直ぐに財前専務が何かを見つけると、私も黙って草薙さんの傍による。
画面の中で、矢印のカーソルが勝手に動いている。
『この中で五つのブランド……〈ミラージュエコー〉と〈セレスティークヴェイル〉〈グリムワルツ〉に〈プリマシャイン〉、〈ビビットノワール〉の株価が妙な上がり方をしているな……。
白波くん、同じデザイナーとして、そのブランド達に関する話題を耳にしたとかはないか?』
「いいえ、何も」
即答の後で、勇作Pは顎に手を添えて考え込む。
「確か、そのブランド達には、専属のモデルアイドルはいなかったな……。
それに、ここ最近新作を出している様子もない……久々に聞いたブランド名ばかりだ。
――澄香はどうだ? Q-key.333のメンバーで、それらを愛用していた奴とか……」
さらに話のバトンを私へと振られるが、それには首を横に振るしか無かった。
少なくとも〈アクアクラウン〉店舗内の人物に心当たりなし。
それを伝えるように、草薙さんが大げさに肩をすくめる。
『わかった。これについては私や社長にも頼んで調査に協力しよう。
何か判明したら連絡する。君達は引き続き――なるべく無理はしない範囲で彼女の捜索を続けてくれ』
それから――と財前専務が続ける。
『遊生澄香くん、アルカナカップ法王杯優勝、および本戦進出おめでとう』
画面に映る財前専務の目が私の方に向けられたかと思うと、それまで険しい表情で話していた顔から優しい顔になって祝いの言葉をくれた。
『君自身はとてもそんな気分ではなさそうだが、とりあえず身を預かっているという形で所属している〈エンブリオン〉を代表して、祝わせてもらうよ。
――全てが終わったら、ちゃんと君の名前で我が社から世間に報告させて欲しい』
久々に聞いた純粋な賞賛に、私は少しだけ目頭が熱くなった。
ただ、笑顔で返すことも涙を流すこともできず、ただ頭を下げて礼を返すしかできなかった。
それは、担当として支えていた草薙さんや勇作Pも同じだった。
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