モノクロ機関特製のデータインストールレッスン
「――な!?」
まるでブース分けされた企業説明会でも行われているかのような変わりよう。
だが、セパレータによる区分けではなく、移動式の更衣室のようなコンテナのような箱が規則正しく並んでいた。
ぎょっとした阿国はすぐ目の前の箱を凝視する。
プラスチックの外装に中央には様々な色の照明が淡く光っている。
その中にはもぞもぞと動く影が見えた。
中に人がいるらしい。
何かの装置のようだが、これではまるで、SF映画のワンシーンでありそうな不気味な光景が広がっていた。
コンテナの間には、白衣を着た研究員らしき者がバインダーを持ちながら、ウロウロと歩き回っているのが見えた。
「何なんですの? これは!」
「――データインストールレッスン用の個室だそうだ」
ホールの壁際。
すみに置かれたベンチの上には、ゲーミング竹刀を持った日祈が、死んだような目になってこの異様な光景を眺めていた。
「データインストール……レッスン?」
超ハイテクっぽく聞こえるが、まったく聞いたことがない上に、なんだか胡散臭いレッスン方法だった。
寝るだけで覚える、聞き流すだけで話せる、といった話題にはなるけど長続きしない通販講座の類いを彷彿とさせる。
「なんでも、アイドル再雇用計画の一環だそうだ。事業説明会で聞いたのではないのか?」
ちらりと一瞥しながら聞いてくる日祈の言葉に、確かに阿国は聞き覚えがあった。
確かに六月の決算期直後に、今期の事業説明会で粟久からそのような説明を聞いた覚えがあった。
未だに優秀な人員を確保できず逆に減っていくアイドル不足を解消するために、かつて脱退されたアイドル達を呼び戻して再レッスンをした上で復帰のチャンスを与える計画だと。
ただ、アルカナカップに間に合わせるまでの期間や、厳格な規律あってのQ-key.333の根幹に反するコンセプトアウトといった様々な現実的でない要素、加えて「モノクロ機関」という胡散臭い開発機関の全面協力を謳い文句にしているため、神息吹グループは興味を示すつもりはなかったが……。
「ということは、この中にいる人影は……みな、元メンバーだというの?」
阿国が尋ねると、日祈はそうだと言わんばかりに、露骨なため息をついた。
総教官である日祈がここでヒマをしている理由は、おそらくレッスンと聞いて脱落者を見捨てずに鍛え直すつもりでやってきたのだろう。
だが、まさか個室に籠もられて各自でレッスンだと思わず、そこで手持ち無沙汰になったのだろう。
「ところで阿国はここに何用だ? 後援者として計画の監察にきたのか? 報告はどうした?」
杖のように立てた竹刀で頬をつきながら、日祈が退屈そうに聞いてくる。
「報告を済ませて、ここにきたのですわ。アーシャを連れて帰るのに、ちょっとアイドルを何人か借りようと思って」
「居所はつかめたのか?」
「ええ。ですので、お供が欲しくて頼んだら、こちらを案内されまして」
阿国は応えながら、ずらりと等間隔で並んでいるコンテナを見て回りながら歩く。
「詩弓と碧はどうした?」
「碧はアーシャが戻らなくて泣きはらし、詩弓はそんな彼女を傍でなだめてますわ」
「まるで子供が誘拐された夫婦みたいだな」
「夫婦の部分以外は、まるでではないですわ」
「それと……アーシャの誘拐については、プロデューサー達はなんと言ってた?」
一番重要なところを尋ねる番になると、日祈は柄から顔をあげて尋ねてきた。
「……それどころじゃなかったらしくて、適当に返事しておりましたわ」
やや半分は嘘だ。
本当は正直に報告してない。
流石にそれは日祈も察したのか、でも怒る気にもならず、彼女もまた生返事だけして前に向き直った。
「インストールレッスンなんて、一体何を身につけようと言うのかしら?」
コンテナの表面に張られた識別シールを見る。
メーカーはモノクロ機関。
品番には、移動式個室型学習装置とだけ書かれており、ちゃんと特許まで通っていた。
「どうも……スキャナーのオプションとして付けられるインカムを通して、古今東西のエンプリスの対戦データを頭に直接詰め込んで強くする方針だそうだ。詳しくは私にも解らん」
「なんとまぁ、効率を重視しまくった座学ですこと……」
機械に疎くて興味が無い日祈の一方で、おおよその理屈は理解できた阿国もまた信憑性を感じられず死んだような目で皮肉を呟いた。
「あ! あなたは、神息吹さんですか!」
好みじゃない上にノリが寒い映画の予告編を見ているようなうんざりした目で眺めている阿国達に、眼鏡をかけた研究スタッフらしき女性が嬉々として近づいていた。
「お初にお目にかかります! わたくし、モノクロ機関の富良野と申します! 今回はインストールレッスン用の装置の視察に参ったのですか?」
「いいえ、たまたまですわ。ですが、偶然とはいえお目にかかれて幸運ですわ。我がグループのからの融資がこんな事に使われていると思うと、涙が出そうですわ……」
阿国を見るなり尻尾を振っているように迫ってくる馴れ馴れしいスタッフに一切目を向けず、阿国は露骨に興味がない素振りを見せながら淡々と皮肉をぶつけた。
ただ、皮肉を皮肉と受け取ることなく、スタッフの女は一層喜びを見せていた。
「そうでしょうとも! カードゲームにおける必勝の要素は、ずばりカードプールに対する知恵とシナジーを編み出す情報にあります。それらを手間無くインカムを経由してパターンを算出し、試合中でも確実にアイドルに伝達させることで、必勝の可能性がぐんと上がるようになっております。
あとは攻めるために必要なファクターとして好戦的な思考回路になるよう、脳を一部刺激する必要もありますが、プレイヤーの積極性を高めるためには仕方のない処理です。
AIは普遍的情報の集合体であり、閃きという感覚を機能に落とし込むことは未だ不可能。ですが、そこで生まれ持って感覚的に導ける人の天然的発想を組み合わせれば、天部の才能をお持ちのディーヴァス神姫に到達できるかもしれません……」
それは自分らが手がけた玩具に対する自負のつもりで言ったのだろうか、全然よいしょにすらなっていないスタッフの失言だけバッチリ耳に入った阿国と日祈がぎろりと睨む。
しかし、一方的に喋り続けるスタッフは既に意識が別に向いているのか、半分上の空みたいに口が回り続けていた。
だから「モノクロ機関」は信用ならんのだ。
阿国はわざとらしく咳払いをして、スタッフの口を止めて聞き耳を立てさせた。
「今から用事のため、アイドル一人をお供に連れて行きたいのですけれど。粟久プロデューサーから、この中でレッスン中の子から誰かをお供にしろといわれておりますの!」
「それでしたら、彼女がおすすめです。現時点で唯一、ほとんどのインストール工程を終えているので、最高の即戦力にはなるかと」
スタッフはバインダーを眺めながら、白衣のポケットに入れていたスマホのような端末をタップさせると、少し離れたコンテナが空気を吐き出す音を立てながら扉をあけた。
推薦代わりに扉を開けてからスタッフについて行く。
すると、こちらの接近を感づいたのか、コンテナの中で影がぐらりと動いたかと思うと、どさっと頭から倒れるように出てきた。
「――あたなは、登坂しおり?」
栗色のロングヘアの間からいくつかのケーブルらしき線がコンテナ内の装置と繋がって乱れているが、四つん這いになったまま向けた顔は確かに、登坂しおりだった。
最終ランクは58。
最後の舞台は三ヶ月前の楽曲争奪戦。
激戦を制してソロ曲を獲得したと思いきや、実はその曲は無断使用された物で、権利者によって停止させられた上に、奪還に現れた天水晴那によって公の場で敗北し、アイドル生命を一度全部奪われてしまった。
「ああ……お久しぶりです、阿国さん」
あのコンテナの中はサウナだったのかと思うほど、しおりの顔が脂汗で湿っている上に、鼻血まで垂らしながら顔が熱と湯気を帯びている。
額のあちこちに張り付けられた丸シール型の電極を豪快に取り外すが、片耳に付けられたターコイズ色のインカム装置だけは残したまま。
あれが、インストールレッスンの要となる演算装置――インカムというスキャナーのオプション機らしい。
その装置に適応するために、しおりはあの中でかなり無茶をしていたようで、阿国への挨拶の為に立ち上がろうとするも、息も荒々しく脚までフラフラして覚束ない。
だが、ようやく真っ直ぐ立った後に、豪快に鼻血を親指で拭う仕草とそのしたり顔は、どこか爽やかな様に見えたと思ったが、実際は目が真っ赤に充血するほど決まっていた。
どうですか、と言いたげに仕草と笑顔だけで改まって紹介するスタッフと、生まれ変わった自分を誇らしく見せるしおり。
どうもリベンジには、燃えているらしい。
「あらためてよろしく、しおりさん」
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