悲しくも辛くしんどい戦いの幕開け
「――暗いし遠くでちょっと見えにくいが、あれは確かにアーシャくんかね?」
植え込みの隙間からのぞき込むように、朔真が尋ねた。
「ええ、あのパーカー、ちゃんと覚えてるわ」
「よしッ……作戦開始だ」
いつものトーンで号令するビャコに応じて、私は植え込みの中から立ち上がる。
ザワザワと枝葉が揺れて音を出すが、気にせず立ち上がる。
目立つほど堂々と起立したことに二人は咎めなかったが、代わりに刹那が袖を摘まんで気をひかせる。
「忘れないでね。君がすみっぺであることを証明させること、これが勝利条件だよ」
指を振るって念を押す刹那に、私は今一度力強く頷いてから歩み出した。
まだ暗い影の中を歩いている間に、私もフードを被りながらアーシャの元を目指す。
芝を踏んだ靴が乾いた足音を鳴らす。
ずんずんと影の方から、明らかに自分をめがけて歩いてくる人影に、アーシャはなおどよめいていた。
数歩離れたところで、一端立ち止まる。
外灯が真上から照らし、フードの影に隠れていたアーシャの顔が見えるようになった。
「……だれ?」
フードを外しながら、アーシャが首をかしげながらこっちに顔を向ける。
久しぶりに見るアーシャの顔。
年齢は私と変わらないのに、澄ました時はぱっと見大人っぽくてクールな顔立ち。
だけど、本来の性格はギャップともいえるほど気弱で、ちょっと幼い。
口数も少なく寡黙な子だったが、今までずっと泣きはらしていたのか、すっかり腫れた目が痛々しく、ちゃんと寝れてないのか、前よりも肌が不健康そうに見える。
私とは違う、あまりにも可哀想な変わりように、私の胸が痛んだ。
じっと立ったまま対面する私を見て、アーシャの方から動いた。
突然目の前に伸びてきた人の手に警戒する小動物のように、身を縮めたかとおもうと、恐る恐る接近してこちらの様子をうかがう。
ちょっとずつ頭を低くしては、まるでパーカーに隠れたこちらの顔を見ようとのぞき込んでいる。
「――澄香?」
鈴の音がなるような、か細く、そして期待と不安の籠もった声でアーシャが名前を呼んだ。
今すぐにでも、澄香として答えてあげたいが、ぐっとこらえて私はフードを脱いだ。
「……ッ!」
フードの下に隠した私の顔を見た途端、アーシャの顔が一気に青ざめた。
遊生澄香だったときの私の顔をみてもここまで酷い顔色になったことがないのに。
こっちまでショックを受けそうなほど驚愕と怯えた表情に変わった。
「……あ、天水晴那!?」
整形したわけでもなく、単に髪型と髪色が変わっただけなのに……。
いや、出回っている悪評によって見方が変わっているのかもしれないが、アーシャの顔は自分の憎むべき敵を見る目になっていた。
澄香の名前に釣られたというのに、ショックではあるものの、一瞬だけたじろいだかと思うと、アーシャはすぐさま身構えた。
「天水晴那! みんなの敵! 朔真も刹那も、いなくなった! 次はわたしを襲いに来たの!?」
半分は騙し討ちだから否定できないが、それでも仲間の仇を前にしたアーシャは、さっきまで目が腫れたままのあどけなさはどこへいったのか、いつにも無く険しい顔で対峙する。
「……あれ? でも、わたしは朔真に呼ばれてここにきたんだよね? 「一番会いたい人にあわせてあげる」って……あれ?」
と思ったら、自分がここに呼ばれた経緯を思い出し、目を丸くしながらきょとんとフリーズしだした。
「……なんか、このままネタばらししてもいけそうじゃないか?」
パーカーの中からもぞもぞ動いて、襟からスポンと顔をだしたビャコが押す。
ところが肌に感じる風に、劈くような冷たさが、悪寒となって私の背中も撫でる。
吹き始めたのは、ただの風ではなく薄い虹色を帯びた微風。
だが、今回の風の色は、どこか冬を奇想するほど寒色に染まっていた。
「そう思いたいけど……足下を見て」
今度はこちらが警戒して身構えながら、ビャコに視線を促す。
見つめる先はアーシャの足下。
まだ六月だろいうのに、芝生が風に靡きながらも、薄っすらと霜がつき始めた。
本物の霜ではないが、アーシャの感情が、吹き込むプリズムストリームに当てられて、季節外れの霜として具現化されているのだ。
今ここで穏便を狙って言葉で明かすのは逆効果だ。
刹那の勘は大当たりだが、タイミングが少し早かった。
既にパニックになっている。
「うう、ううっ……ううッ!」
その証拠に、アーシャが自分の頭を振りながら、何度も両拳で押さえつける。
泣き怒りとも言うべきか。
怒りの感情を表す子供の仕草そのものだ。
「みんなして……みんなしてぇ!
わたしに非道いことばかりする!
プロデューサー達が大好きな澄香追い出した!
ナインボールのみんなも、ディーヴァス神姫のみんなも、何もしてくれなかった!
朔真も刹那も裏切った!
騙した!
そしてお前と会わせた!
もう知らない!
みんな敵だ!
ぶっ倒してやる!」
「ぶっ倒してやるなんて、下品な事をいうもんじゃない。
お友達からそう教わらなかった?」
「うるさい、うるさい!」
我ながら、ビャコみたいなドジふんだ。
所属していた時に、あんな感じで言い方の悪さを注意したことを思い返そうとしたが、逆効果だった。
せっかく止まったのにまた涙を流す羽目になり、真っ赤になった鼻で嗚咽を混じらせながらも、アーシャが敵として対峙する。
「パニックというよりも、あれじゃあ自棄だな」
「仕方ないわ。
実際にアーシャ自身にも、悪いことばかり起きてるんだもの」
とはいえ、対決になるのは想定通り。
倒すべき敵を前に、アーシャがスキャナーを構えて対決に臨む。
情緒が乱れても、根はプロアイドル。
泣き顔でグズグズだが、佇まいは敢然として凜々しい。
その気迫に呼応して、冷たい突風がこの公園に吹き荒れる。
気のせいか、季節外れの雪か雹が混じっている様にも見えた。
「いくわよ、ビャコ!」
「相手はランク3だ!
おまけに今回は通常の戦闘と条件が違う!
気合い入れろよ!」
スキャナーに変形したビャコを握りしめ、内部のプリズムストリームを稼働させて読み込み用のプレートを噴射させる。
相手は一番の仲良しでも、現状今までの戦ってきた中でランクの高いアイドルが相手。
しかも普通に戦って勝つだけでは駄目だ。
目標は、アーシャの戦意を喪失させて引き分けに持ち込むこと。
かなり難易度の高い勝利条件を肝に銘じ、私とアーシャの声が夜の空にこだました。
「「――オンステージ!」」
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