本物の「ヒーロー」のその後……
雨が通り過ぎ、まだ黒い雲をわずかに残した夕暮れ時。
水銀灯の街灯がつき始めた遊園地は既に閉園ムードになり、賑わいがひいて名残惜しい雰囲気が漂い始めた。
「まったく! まるで仕返しだと言わんばかりにインディ・オーラに振り回されっぱなしな一日だったよ!」
リハと聞いていたのに、結局不意打ちながら本番のショーをさせられたという、まんまと相手の策にはまったことに、朔真は楽屋の丸椅子に腰掛けたまま地団駄をふんでいた。
「ホントだよ~! たまたま燦子ちゃんからもらったデータで新作を完成させてなかったら、今頃どうなっていたことか~!」
同じく不満を吐きつなげる刹那の前には、山盛りの菓子袋のカラが積まれていた。
一方で、ビャコは積み上がったゴミの山の傍で、座禅を組むように目を固くつむったまま、珍しく黙り込んでいた。
「はい。これが約束の資料よ」
今度こそ本物の曽場マキノが、私達に資料としてまとまった紙束を手渡した。
「といっても、流石にQ-key.333のスキャナーについての仕様書の部分のコピーだけどね」
ペラペラと中身を数ページめくると、まるで家具の組み立て説明書のようにスキャナーの仕様が細かくえがかれていた。
たしかにコピー機で出したような見え方だが問題ない。
「それで十分だわ」
「でも、本当にこんなことをしていいの? 部外秘資料の漏洩は重罪なのよ」
隣で眺めつつも、エマはマキノに釘を刺すように、あえてもう一度問い直した。
すると、マキノは肩をすくめて、薄く笑った。
「どのみち、超電磁怪盗シリーズも終了するかどうかの瀬戸際だったしね。
このままフェードアウトさせられるくらいなら、一矢報いたいじゃない?
これは歴代超電磁怪盗を務めた制作委員会の総意よ。
どう生かしてくれるのかはわからないけどね……」
「そんなこと、終了の転換点になった張本人に託すのかい? 皮肉な話だねぇ!」
不意打ちを食らったことにまだ根に持ってるのか、腕を組んで背を丸めた朔真が、貧乏揺すりみたいに足を震わせて言葉を挟んだ。
私を除くこの楽屋にいる全員が、呆れながらも苦く笑いながら朔真を見る。
それくらい、確かに不思議な縁が招いた話だ。
番組を終わらせた奴がいる前で、その古巣の弱点を明け渡すなんて。
「――おい、印東虎胡はどこ行った?」
穏やかな雰囲気を割るように、さっきまで黙っていたビャコが突然立ち上がって尋ねた。
「ああ、虎胡ちゃんね。彼女は今――」
マキノがステージの裏口に続く方向を見る。
*
屋根がまるごと剥がれたショーステージは、イエローテープやカラーコーンがおかれて、完全に立ち入りが出来なくなっていた。
観客の入場門にも、「立入禁止」の警告文が貼られ、しばらくの入場ができなくなっていた。
不慮の事故によって、すっかり天井がはげ上がってしまったステージでは、ヘルメットと被った作業員達が集まって修繕を始めていた。
そんな中、印東虎胡はガランとした観客席にぽつんと腰掛けていた。
まるで工事作業を見る子供のように、虎胡は頬杖をついて作業を眺めていた。
「あ! 虎胡、晴那が来たぞ」
マキノに案内された通り虎胡を見つけた私は、ビャコを抱きかかえながら彼女に近づく。
それを見たアイラがズボンを引っ張って虎胡を呼ぶ。
虎胡は私を見るなり、そのまま空を仰ぐように状態をそらした。
「あーあー、せっかく今回のショーでインディ・オーラが本当のヒーローになれたっていうのに、ステージがこの有様じゃあ、しばらくショーはできそうにないなぁ」
白けた気持ちをわざと顔に出すように、虎胡がチラリと私を見ながらため息をついた。
「しょうがないから、もう一回Q-key.333相手にテレビ番組を駆けて、リベンジしちゃおうかな~。今なら勝そうかもね」
深く腰掛けたかと思うと、虎胡は両膝を抱きかかえながら、チラチラと伺ってくる。
「それはおすすめしないわ」
私は容赦なく否定した。
「情報の提供には感謝する。
でも、Q-key.333に関わるのは、これっきりにしとくことね。
でないと、今度は配役の降板どころじゃ済まない目に遭うわよ」
一瞬よぎる地獄の光景。大場璃玖の二の舞になる印東虎胡の惨列。
だからこそ私は、彼女のために冷淡に言い放って踵を返した。
突然の全否定と警告に、虎胡が目を丸くする。
虎胡の勇気と意識が、あの雷雨の中でインディ・オーラを本物のヒーローとして返り咲くことができた。
だからこそ、彼女は愛されるヒーローのまま、みんなの前に立っていて欲しい。
何よりも、完全な部外者を、巨悪が生んだ闇に食わせるわけにはいかない。
私から彼女に伝えたかったのは、それだけだ。
「おいおい晴那! ――まったく!」
警告だけ伝えて帰ろうとする私の腕から飛び降りて、ビャコが改めて虎胡達と向き合った。
「おい、そこのゾウアザラシ」
「いやオレ、本当にゾウだよ、インド象!」
ビシッと爪を立てた前足をアイラに向けて指名すると、アイラは文句を言いながらもビャコの前に歩み寄った。
「あっそ、それよりも故郷のインドにいる母さんと同じくらい長いお鼻をこっちに向けろよ」
「別に本当にインド生まれでもないけど……こうか?」
言われるまま本物のゾウが長い鼻で握手するように鼻を差し出すと、ビャコはくねっと腰をひねって尻尾を伸ばす。
鼻先と尾の先がぴったりくっつくと、電子画面で出来たアイラの両目に、一瞬だけ緑色の数式がぶわっと流れた。
「な……なんだよ! 今のは!」
今の一瞬だけアイラは意識を失ったのか、ばっとビャコの尾から鼻を離して、虎胡の足下へ逃げるように隠れた。
「お前のところのプログラマーが作ったお粗末なスキルのデータコードを、オレが最適に組み直してやったんだよ」
訝しむアイラに向かって口をとがらせて仁王立ちのまま、ぶっきらぼうにビャコが答えた。
「君、そんなことができるのかい?」
思わず前のめりになった虎胡が、口角をつり上げた表情で興味津々にビャコを見下ろす。
するとビャコは調子にのって鼻をこすった。
「まぁなぁ~ん! ついでに汎用性の高いスキルのデータモデルも送っといた。状況に合わせて使うなり、参考にしてアレンジするとか、好きに使いな」
「ビャコ! 余計なことをしないで!」
私は声を荒げてビャコを呼びつけた。
そんなものを渡したら虎胡が首を突っ込みやすくなる。
ビャコだってそれが分かっているはずなのに、むしろ悪びれることなく、虎胡達に向けて肩をすくめてから振り返った。
「でもスキルを使用した対戦なんて、対Q-key.333戦以外で必要あるかな?」
勝手にメモリーに入れられたとはいえ、せっかくもらったデータの必要性を思いながら、アイラが自分で頭を小突く。
すると虎胡は、そんなアイラを持ち上げる。
「それなら、開発部のお土産にしようか。スキルの使えるスキャナーのレプリカが販売されたら、きっとみんな喜ぶよ」
追いついたビャコが腕にしがみついた瞬間、頭を掴み上げて雑巾絞りの刑に処しながら説教を食らわせている私の背中を、虎胡はアイラを膝の上にのせて優しく撫でながら見送っていた。
虎胡とアイラが燃えるようなあかね色の空に染まっていく中、天水晴那とビャコは群青色の影に染まった建物へと戻っていった。
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