魔力満ちた?
「くっ…どんだけ枯渇してんだ!?」
「それだけ過酷な状況にあったということでしょう。マスターを見れば判るじゃないですか?」
「…単なる極楽トンボに見えるだけだけどな、あいつは!」
「余計な口を叩く暇があるなら、極限まで魔力を注ぎなさい」
なんと言いましょうか、私の車に三人の男達が魔力を注いでいる状況がかれこれ十分ほど続いている。
魔力?私には見えないよ。感じ取ることが出来ないからね。
でも、なんというか、魔力を注いでるときのエフェクト効果っていえばいいの?
リオンとラグナの体の周囲を、何か陽炎のようなものが取り巻いているのは見えるのよね。
たとえていうなら、ドラ○ンボールの主人公たちが、気を高めているときの効果のようなやつ。
それが、魔力を注いでるっていう状況なのかなあと。
肌がびりびりするとか、空気が震えてるという感じはまったくしない。
魔力がない、魔力を感じないせいかしら?
で、ロイターは、二人とはまた違った色の陽炎のようなものを纏っているの。
なので、高度治療をかけている状況なのだろうと推察しているところ。
三人に無駄口叩くなと指示しているアッシュは、険しい表情で魔力を注ぐ作業には参加していない。
う~ん、やはりアッシュはケインと同じで魔力は持ってないんだろうなあ。
けどさ、車だよ、車。
車に三人の男たちが手を翳して、魔力とやらを注ぐってなんかシュールだと思わない?
車が動かなければメンテナンス、ガス欠ならガソリン給油っていう構図しか浮かばないから、なんとも私の頭の中では理解しがたい状況だわ。
「ねえ、ケイン…三人は私の車に魔力を注いでるっていう構図は正しいものなの?」
思わず、傍に立つケインに尋ねてみた。
ケインは腕を組んだ状態で三人が魔力を注ぐ姿を眺めていた。
そして、視線もそのままに私に静かに告げた。
「…あいつらがやってることを黙ってその目に焼き付けておけ。」
「焼き付ける?」
「ああ、そうだ。…お前が将来あいつらのやっている行動の意味を真に理解する事を俺は願ってるからな。だから、今はただあいつらの行動を見ておけ」
「見とくだけでいいわけ?」
何でみんな意味深なことを言っちゃってくれるのかなあ。
ますます私の疑問は深まるばかりじゃない?
リオンは、私にとって決して悪い事を行なっている訳じゃないと言った。
しかし、魔力を車に注ぐ事に意味があるとなると…誰も教えてくれないから自分で推察するしかないわけか。
う~ん車ねえ。
現実問題として、私の愛車はローンを終えたばかりで、めっちゃ気に入った車だった。
クリスタルブラックのボディで窓を開けて走ると、風を切って空を飛んでいるような感覚さえ感じさせてくれていた。
そこまで思い返して、ふと思った。
…ひょっとして、車も何かのゲームに関係しているのかしらと。
五人の男たちが、私がプレイしてきたゲームのキャラクター達に類似、もしくは存在しているように車も実はゲーム中に出てきた何かに関係しているのかと。
車…車ねえ…。
ゲームにはその存在はなかった。
乗り物は…あったけど。
ゲームキャラのステータスを何倍も底上げしてくれる存在としての乗り物騎獣が。
それはラグナでプレイしていたゲームにいた。
かなりの額を課金して、血反吐を吐く思いで育てた騎獣だった。
八段階進化を果たした後にようやく騎獣する事が出来るという鬼仕様の騎獣。
進化させるのに、レアアイテムをつぎ込んでまず騎獣のステータスをあげて、上がったところでこれまた別のレアアイテムを投入して進化に挑む。
その成功率…三%~五%…。
もう、何度涙を飲んだことか。
実際、私以外のプレーヤーもあまりの成功率の低さに、途中で挫折してる人が多くて、成功してるのは何千人のプレーヤー中二十人いるかいないかだった。
そして、何回挑んだか判らなくなったところで、終に究極進化した私の騎獣。
成功したときは、本気でPCの前で泣いたわー。
…で、ひょっとしたら、これまでの経過から、まさかと思うけどあの車はその騎獣かもしれないって事?
う~ん、う~ん、そんな可能性はあるのかしら。
そういえば、あの車を買った頃にラグナのゲームは始めたのよね。
騎獣には残念ながら名前は付けられない仕様だった。
その反面というか…愛車には実は名前を付けた!
「車に名前を付けるとかあほかー!」っていわれそうで、決して人目のあるところで、名前を呼んだことはないけどさ。
この世界でアッシュの名前を呼んで、アッシュが眼前に現れたように、あの車もひょっとしたら八段階進化した騎獣に変化するのかな?
…そんなことってあるのかしら?
試してみる価値はきっとあるとは思うけど…やってみるべきなのかしら。
リオン達が魔力を注いでいるという事は、多分魔力を持つ何かだろうから、名前があってもおかしくはないわよね。
よし、まさかと思うけど、名前を呼んでみよう。
反応なかったらそれはそれでいいし!
私は小さな声で愛車に向かい、その名前を告げた。
「私の愛車の駆狼…ラグナの世界で八段階進化した騎獣の【麒麟】(きりん)。貴方達がこの世界では、一つの存在なの?」
そう、八段階進化した騎獣は、瑞兆の使者と呼ばれる麒麟。
形は鹿に似て大きく背丈は五メートルぐらいあり、顔は龍に似て、牛の尾と馬の蹄をもつという。
(イメージできない人は同じ名前のビールのラベルを見て。描かれているから)
その麒麟を私はゲーム中に進化成功させた。
だから、もし、私の愛車が魔力を持つ何かだとしたら、これしか有り得ないと思えた。
そして、告げた瞬間、期待は裏切られず愛車は激しく輝いた。
それは眩く目も開けられないほどに。
「な!?過剰魔力供与したか?」
「そんな筈はない!魔力は圧倒的に枯渇してたんだ!まだ全然足りない筈!」
「だが、この輝きは魔力が満ち足りた証拠!ラグナ、リオン、ロイター、離れろ!」
車の傍にいた四人も驚き慌てている。
私の傍に居たケインもだ。
「何をした!?」
「え?…いや、あの車につけてた名前を呼んだだけ…なんだけど…」
「名前を覚えていたのか?」
私の言葉に、ケインが驚愕の表情を浮かべた。
「ちっ。詳しく話を聞きたいが、少しあれから距離をとるぞ」
車を包んでいた光が前より圧倒的な激しさを持って輝いていた。
何が起こるというのだろう。
ケインは、私を腕に抱えると、車から十メートルぐらい一気に離れた。
一回の跳躍で十メートルも飛ぶとか…あははは。
人外だ、こいつも!
「もっと離れるんだ!」
アッシュが、私達に同行していた騎士たちに叫んでいた。
騎士達も驚いて車から離れようとしていたが、その距離が十分ではなかったようだ。
アッシュがさらに離れろと指示している。
そして、その光はスパークした。
ケインが、その光を私が見ないようにその腕の中に囲って塞ぐ。
強い光の洪水は、一気に視界を奪ってしまう。
とあるアニメの悪役さん見たく、「目がー目がー」と叫ぶことは極力避けたい。
私は大人しく、その腕の中で光の洪水が収まるのを待った。
光の洪水が収まり…ケインの腕の中から顔を出し、車を置いていた場所を確認すると…
そこには…
多分元騎獣の麒麟と思われる…
小さな小さな子猫サイズの生き物が足をプルプルさせて立っていた。
…ゲームの騎獣は、見上げるほどの大きな生物だったんだけど…
これは果たしていったいなんだろう。
また、謎が増えてしまった。
私、頭を抱えちゃったよ。
ヒーローは遅れてやってきます^q^