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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
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54 貴族と庶民 ②


なんてことだ。

秋乃は後から頭を殴られたようなショックを受けた。

戦災孤児。

現代日本で暮らす秋乃には、遠い世界の存在でしかなかったものだ。秋乃の世界にだって確かに存在すると知っている。知ってはいるが、きっと一生のうち出会うこともないだろうと思っている。

電波で流れるその類の情報を聞けば、可哀想にとか大変だと思うものの、じゃあそこへ行って助けてあげようとは思わない。誰かが助けてあげたと言うのなら、素晴らしいことだと称賛はしても自分が何かをしようとは思わない。

それが秋乃の現実だった。

それが今、ひっくり返ったように感じた。

ここは夢の世界。おばあちゃまが秘密にしていた大事な世界。不機嫌な人がいようとも、夢見る王子様やお姫様が存在する世界。

それでも現実だと思っていたのに、まだ甘かったようだ。

数年前まで戦争をしていたと言っていたではないか。日本のように、何十年も昔の話ではない。もう記憶の奥や、教科書に残っている史実としての戦争ではない。

現実に、ここで戦って、そして命を落とした人がいる。それがまだ数年前の話だ。

華やかに見えても、それはこの王宮だからなのだと秋乃は知った。

俯いた顔を手で覆う。

ああまったく、恥ずかしい――ここの床に穴を掘って埋まりたい。綺麗な床でも構うものかと秋乃は思いながら、出会ったばかりの二人の子供を思い出す。

不自然に大きな服を着た妹と、警戒心の強い兄。

その境遇を理解していれば、その態度もよく解る。

ヴァレリーが行先を確かめて、早く帰るようにと言ったのも、彼らを心配し保護するのはまだ幼い彼ら自身だと知っていたからだ。

「アキノ・・・大丈夫?」

唸る様に頭を抱えた秋乃をリリアが心配しているが、秋乃は呑気な自分を呪いたかった。

「だいじょうぶ・・・大丈夫だけど、埋まりたい・・・」

「埋まる? どこへ? どうして?」

「いやいやいや、大丈夫、ちょっと自己嫌悪なだけです。放っておいて」

「どうしてアキノが自己嫌悪になるの?」

「いや、いろいろと。甘い自分に対して・・・本当に、もう」

秋乃は自分に憤りを感じながらも、同じだけ今日一緒に居た男にも怒りを感じる。

それは理不尽な怒りだと解ってはいたが、この埋まらない気持ちを納めるにはそれくらいが必要だったのだ。

「リーさんも知ってたなら教えてくれればいいのにー・・・」

「あら」

唸っていた秋乃に対し、リリアが打って変って明るい相槌を打ったことが気になり視線を上げた。

そこには楽しそうな王妃さまがいた。

「・・・あらってなに?」

「あら、仲がいいわねっていうあらよ」

「仲よくありませんよ?!」

なに言っちゃってくれてるの――秋乃は盛大に反論したいのだが、笑顔のリリアには受け付けるつもりがないようだ。

「そうなの、ヴァレリーが教えてくれなかったからアキノは拗ねているのね」

「いやいや拗ねてません! あの人とは別になんでもないですしって聞いてる?!」

「聞いてるわ。アキノの言葉はいつもちゃんと聞いているわ」

聞いてはいるが、都合のよい変換をされている気がして秋乃は落ち着かない。

にこにことしているリリアに、秋乃はそれを追求することは諦め、違う愚痴を口にした。

「そもそも、あの人が一緒に行くという時点で、町を堪能するっていう目的はなくなったに等しいのに。無茶を言ってるかもしれないけど、他の人がいなかったのか、と」

秋乃の事情があるからヴァレリーが付いてきたのだと言われたが、それでも他の人がいなかったはずがない。それこそ、ヴァレリーの部屋で出会った部下だとかは、少なくとも秋乃がここの住人ではないと知っていたはずだ。

あの人いったい何考えてるのかしら――秋乃は眉根を寄せて考えたが、答えは自分の中にはない。

「ヴァレリーが一緒で、楽しくなかったの?」

ちゃんとエスコート出来ていなかったの、とリリアは聞くが、そういう問題ではない。

「私は目立ちたくなかったの。ここでもお客さんだもの。有難い待遇を受けていると思っているの。だからこそ、こっそり町を見て、こっそり堪能して、こっそり帰りたかったのよ」

「こっそり・・・? でも、侍女服で行ったのでしょう?」

なら目立つはずがないというリリアの言葉は、頷けるものだ。ただし、隣にシエラという侍女しかいなかった場合の話である。

「隣にあの人さえいなかったらね! お偉い騎士様が傍に控えているなんて、いったいあの侍女は何者なんだって視線がびしばしと投げつけられたらこっそりなんて無理!」

「まあぁ・・・」

そのまあ、は他人事と楽しんでいるまあ、だったので秋乃は思わず恨めしい目つきになってしまった。

「しかもあの人、自分が目立っていることに自覚がないようなんですが。それって昔から? それとも慣れちゃって感覚が麻痺しているの?」

「ふふふ、ただ鈍いだけなのよ」

おっとはっきり言った!――秋乃はお姫様の笑顔で言い切ったリリアに、やはり昔から付き合いがあるという事実に隠しごとはないなと感じた。

鋭そうに見えて鈍い。

始終不機嫌な男は、そんな面があるようだ。

いや、確か、不機嫌な顔は動くことがあるようだ。

秋乃は不意に崩れたヴァレリーの表情、見間違いかと思うほど一瞬の綻びを思い出し、慌てて顔を振った。

記憶から消し去りたかったのだ。

あれは見間違いだと。

「アキノ?」

「・・・なんでもないよ」

「でも、お顔が真っ赤よ。熱でもあるのかしら・・・」

「ううん。ちょっと頭の整理が付かないだけです・・・」

お願いだから突っ込まないで。自分でも処理しきれない感情に振り回されて、秋乃はもう一度顔を抱えた。

いつも機嫌が悪くて、名ばかりの婚約者っていうだけでも持て余しているのに。

これ以上あの人の情報を入れたら、自分の中でどう変化するのか解らず、秋乃は受け入れる容量が足りないから、不意に過るヴァレリーの顔を消し去りたかった。

しかし一度思い出したものを忘れるのが、これほど大変だと秋乃も知らなかったことである。





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