50 護衛騎士 ①
秋乃は少し浮かれていた。
実のところ、侍女のお仕着せであるメイド服が気になっていたのだ。
裾が短かったり胸元が開いていたりなどという邪道ではない、美しいメイド服だ。
自分にはもうとてもと思っていたが、理由があって着なければならないというのならこんなに嬉しいことはない。
シエラは侍女服を着せることを申し訳なさそうにしていたが、秋乃はドレスを着せられるより喜んでいる。
確かに、シエラが着ているから可愛いのであって、秋乃が着るとどう映るのか、とは考えなかったわけではないが、どうせここでだけのことだしと秋乃はコスプレ感覚で、恥は掻き捨てだと割り切って袖を通した。
姿見に映る自分は、それでもなんとなく、いけてる気がした。
思ったより不自然ではない。それはこの落ち着いたデザインのせいだろうとも思うが、ドレスより似合うな、と秋乃は庶民の自分に苦笑してしまう。
手に持った荷物は籠バックである。深さより広さを取ったような形で、上に布がかけられて中身を隠すようにはなっている。
シエラの方はもう少し深い。それでも持ち運びには便利なのだろう。
秋乃はその中に自分の鞄から取り出したチョコレートを潜ませた。出先に何があるのかは解らないが、おやつはお出かけには必需品だと思ったのだ。
コンビニで買ったダーツはちょっと摘まむのには最適のはずだ。
ヴァレリーチェックも通り抜けたお菓子なのだから、食べてもいいのだろう。
秋乃はまるで遠足気分でシエラと一緒に部屋を出る。
「動きやすいねぇ、今度からドレスじゃなくってこれを着てもいいかな」
「アキノ様、ご冗談がすぎます」
困った顔をするシエラに、冗談じゃないんだけどという本心は隠しておいた。
大人であるから、周りは困らせてはいけないと思うのだ。
思いつつ、今更かと秋乃は笑顔でシエラについて行った。
楽しみでならない城下町である。足取りも軽くなるのは当然だ。
しかしその足も、正門に辿りついたときにぴたりと止まったのだった。
正門は大勢の人が行き来する場所である。
王宮の正面玄関なのだから当然だった。
貴族もこの場所から出入りするし、普通の市民も通行許可があれば入れるようだ。商人もここを通る。王宮で使用する業者だけは専用の門があるようだが、一番華やかな通り道が正門だというのは確かだ。
これなら侍女がひとり多く紛れても隠れてしまえるのだろう。
そして護衛の騎士は、と秋乃は視線を巡らせたのだが、探すまでもなかった。
視線はぴたりとひとりの男に止まり、迷わなかった。
確かに騎士である。騎士の隊服を着ているし、腰に剣を佩いて、背筋もぴんと伸びて立ち姿がまず綺麗だ。
正門には他にも騎士はいる。
人通りの多い場所の警護も仕事のひとつのはずだろう。
しかし、彼はそれが仕事ではない。
人の多い場所で、まるでそこの周囲には近づけない結界があるかのようにぽっかりと穴があいている。その中心にいるのが、秋乃を護衛する騎士――いや、不機嫌極まりない婚約者さまなのだった。
どうしてこの男がここにいるのっ――秋乃は心の中で盛大に罵りながら、周囲も見渡した。
他に護衛だと回されたような姿は見当たらない。
ヴァレリーの隣で、二人の男が話し掛けているが、その二人が護衛でヴァレリーはただそこにいるだけだろうかとも思ったが、そんな命令をするためだけにこの男がここにいるはずがないと秋乃はなぜか理解した。
せっかく、せっかく人の中に紛れてこの世界を堪能できると思ったのに――秋乃の視線が恨めしくなるのも無理はない。
シエラは迷わずそのヴァレリーのもとに近付いて、丁寧な礼をした。
それが合図なのか、ヴァレリーの部下らしき騎士が離れていく。
秋乃も姿的には、ヴァレリーに深く礼をしなければならないのだろう。しかしさっきまで雲の上を行くほどの上機嫌が地に落ちたせいで、表情は平坦でおざなりな挨拶をしただけだった。
「・・・オセワニナリマス」
棒読みだったのもそのまま通じたのか、不機嫌な男はその表情のまま返す。
「町に降りたいと言った割に、詰まらなさそうだな。嫌なら帰ってもいいんだぞ」
「嫌じゃありません、嫌なはずないでしょう。すっごくすっごく楽しみなんですから!」
そう言いつつも秋乃の表情はむくれている。
「アキノ様・・・」
シエラが気遣って声をかけてくれるのに、秋乃は冷静にならなければ、と深呼吸をする。
そして隣に立つ男に声を小さくして聞いた。
「・・・どうして貴方なんですか? お忙しいんじゃないですか? 侍女の付き添いなんて部下にやらせるお仕事じゃないんですか」
「お前から目を離すと何をしでかすか解らないからな。他のヤツだと陛下の客人という立場に遠慮して何も言えないだろう」
「あーソウデスカ」
お目付役か――秋乃はそんなに信用がないのかと息を吐いた。
その上から声が降ってくる。
「それに、お前のことを深く知っているものは他にいないんだ。こちらでものを知らないことが、どれだけおかしいのか理解していないだろう」
「・・・ああ」
秋乃は異世界の人間である。
曾祖母はこの世界を知っていたようだが、秋乃は今まで知らなかった。
ファンタジーだと思っているが、秋乃と同じように生きている人が住む世界は、決して本の中の話ではないのだ。
こちらの常識を知らない秋乃が、知らないままに振舞うことは喜ばしくない。
それを教えてくれる意味での、ヴァレリーなのだ。
秋乃は自分の気持ちの問題だけで相手を拒否したことを少し恥じた。
理解すれば、いつまでも拗ねてはいられない。
「・・・ありがとうございます」
素直にお礼を言ったのに、返ってきたのはいつもの平坦な声だ。
「・・・何をたくらんでいる?」
失礼な! たくらむってなに!――秋乃はやっぱりこの男に殊勝な態度は意味がないと改めて理解した。




