51 護衛騎士 ②
「目立ちたくないのにぃ・・・」
秋乃の呟きは人のざわめきの中に紛れていたが、隣にいた男には聞こえたようだ。
「目立ってはいない」
頭上からあまりにもあっさりとした声が返ってきて、秋乃は本気で言っているのかと疑った。
秋乃もシエラも、王宮からお使いに来ている侍女である。周囲にも溶け込めるし、非日常の情景ではないのか、誰も気にしないだろう。
しかし、隣に立つ男は、騎士であり近衛司令官という立場だ。
王宮の正門を出てから、貴族の屋敷だといわれてなるほど、と頷ける大きな建物が並ぶ町並みと、一般階級の人が暮らす町とお店が並ぶ開けた道、大勢の人が集まれる広場があり、そのこから円形状に路地がありその中にも店があるようだ。
秋乃たちは狭い場所ではなく、大きな道ばかりを選んでいたが、そのどこからもチラチラと騎士の姿は見えた。
見回りでもしているのだろうかと推測は出来るが、彼らの誰もがヴァレリーの姿に驚き、そして何でもない様に振舞っているものの、緊張が伝わってくる。
さらに普通の騎士とは違う飾りの付いた隊服が、ヴァレリーが誰だと周囲に教えてしまっているようだ。
近衛司令官に付き添われる侍女ってなんなの――秋乃は犯罪者の気分だと思いながら、隣に立ち続けているのである。
シエラに付き添って、女性が好きそうな可愛らしいお店に入るときは、ヴァレリーは外で待っている。
その姿がミスマッチで笑ってしまったことだけがこの状況に留飲を下げる。
しかし、シエラが少し待っていてくださいと言い残して広場の路地の中に入って行ってしまい、ヴァレリーと二人並んでじっとしていると視線が集中してきて落ち着かなくなるのだ。
向けられる視線は、興味と好奇心と秋波だ。
立ってるだけで様になるなんて何者――秋乃は思いかけて、ああ司令官サマだっけと思い直す。
立ち姿が美しいのだ。
確かに騎士は誰も姿勢がいいけれど、それに加えて威厳というか貴族オーラというか、と秋乃はただものでない何かを纏っていると考える。
それに不機嫌な顔がくっついている。不機嫌でも造作は綺麗だ。遠巻きに見る分には良い鑑賞物らしい。
秋乃も一般市民に紛れられるなら鑑賞していただろう。
なんだかなぁ、と秋乃がせめて存在感をなくしてしまいたいと出来るだけ小さくなっていると、もう一度頭上から声が降りてくる。
「しばらく、ここを動くな」
「――はい?」
「動くな」
何のことだ、と顔を上げると、念を押すようにもう一度言われた。
睨まれているが、この不機嫌な顔には慣れたので、素直に頷いた。
理由は解らないが、動くと怒られるということだけは解る。
いい大人だもの。シエラを待つついでに、じっとしていてあげましょう――秋乃が離れていく背中を見送ると、視線がふたつに分かれていることに気付いた。
そのまま鑑賞用のヴァレリーを追って行くものと、ヴァレリーと一緒にいた侍女は何者か、というあからさまな視線だ。
どっちにしろ好奇の視線に晒されるなら、防御物があったほうが良かったなぁ――秋乃は少し顔を伏せて、とにかく時間が過ぎるのを待つことにした。
その時、落ちた視線の先、秋乃から一歩離れたところに子供が座っていることに気付いた。
秋乃はそれでも目立たないように広場の端にいるが、いつから子供がいたのか気付かなかった。
女の子のようだ。茶色い髪が左右でくくられて、大きな丸い眼が興味津津な目で見上げている。
格好は、少し汚れていた。
綺麗なものしか着ていない――着せられていない秋乃からすると、身分が下のほうに感じられる。
服自体が少し大きいようで、4、5歳に見える少女の身体はすっぽりと覆われている。
汚いと言うより、着古されたものを着ているせいだと秋乃は理解した。
「迷子?」
じっと見上げられているので、秋乃は一応声をかけてみる。
小さな顔が左右に振られた。
「じゃあ、待ち合わせ?」
こっくりと頷く仕草が可愛くて、秋乃の顔がゆるむ。
「私はアキノというの。お名前は?」
「・・・リタ」
小さな声だったが、ちゃんと聞こえた。
名前も可愛いと秋乃はその場にしゃがみ込む。
「誰を待ってるの?」
「にぃに」
「お兄ちゃん? ひとりで待てるんだ。えらいね」
こんな可愛い妹を持つなんて兄が羨ましいと秋乃は考えながら、自分の籠の中からお菓子を取り出した。
部屋から持ってきていた、チョコレートである。
目の前でパッケージを開けて、ひとつ取り出した。
「可愛いリタにご褒美をあげよう」
差し出すと、大きな袖の中から小さな手が出てきた。
その上に乗せたが、リタの視線はチョコレートと秋乃の顔を往復している。
「チョコレートよ。食べれる?」
リタは驚いて目を瞬かせたが、その口は開かない。
警戒心強いのか、嫌いなのか――秋乃は考えて、手のひらのチョコを摘まみ直し少し齧った。
リタの目がもう一度驚いたのに笑ってしまったが、齧ったチョコレートをリタの口に寄せる。
毒見のつもりでもあったが、リタは小さな口をぱかっと開けた。
放り込むと、その味にリタの顔が輝く。まさに、目をキラキラとさせたのだ。
「美味しい? 良かった」
秋乃はチョコレートをもうふたつ取り出して、ハンカチに包んだ。
「これは、お兄ちゃんの分。後でふたりで分けて食べて?」
リタが初めて、にっこりと笑ってそれを受け取ったとき、背後から低い声がかかった。
「――何をしている」
誰と問うまでもない。
大魔神――ではなく、不機嫌な婚約者さまだ。




