中編 宴会場の滑稽な話
ソルトはある大きな建物の前にいた。
「ひゃあ~、こりゃすごいね。首が痛くなっちまう」
今日のソルトはポンチョと帽子ではなく、フォーマルな薄いシルバーのスーツにした。その容姿からはソルトの性別を読み取れる者はまずいない。
ソルトはパーティーの前にも呼ばれていた。パーティーの内容は卒業パーティーで、ジェイドは最初人混みが苦手で出席しないつもりだったそうだが、ソルトの衣装で完全に自信がついて自分の同級生も衣装やアクセサリーを仕立てて欲しいと頼んだのだ。
だが、まだソルトの麻袋は膨らんでいない。
(…ったくこうなるんだったら前払いにしときゃ良かった。それに私は仕立てはしないし作ってるのはアクセサリーだけ。服は色々手続きが面倒だから既製品しか仕立ててなかったというのにオーダーメイドじゃね…)
数多くのリクエストもありソルトも招待されたのでやってきたというわけだ。
「…さて、行くか。私の品物がどう輝くか楽しみだ」
ソルトは早速会場に入った。かなり遅れてきたので既に会場は人で埋め尽くされていた。
「あら、あの人。ソルト・クォーツではなくて?」
「本当だわ。スーツねぇ。結局性別がわからないわ」
「いや男性ですわよ?見なさいあの首のチョーカー、結構首を覆ってますわよ」
(ここでも私の性別当てかぁ。まぁ聞いたら種明かしするというのに)
貴族独特の滑稽な会話がソルトの心を温めていく。今まで多くの町や国を渡り歩いてきたが誰一人としてソルトの正体を当てられる者はいなかった。完全にソルトにとってはよく見かける光景だった。
そこに見覚えのある翡翠色のドレスの女性が現れて上品なカーテシーをする。
「よく来てくれました。えっと…クォーツ様」
性別がわからず何と呼べば良いのか目を泳がせたうえで話すのはクレアだった。するとソルトは笑う。
「いいよ。こう見えて私は女だから、それに”ソルト”って呼んでくれないか?クォーツって偽名だからあまりお偉いさんに呼ばれたくなくてね」
「あらそうだったんですか?てっきり男性かと」
「よく言われるよ。この見た目でスカートやらズボンやら性別を縛り付ける服が苦手でね。昔、故郷の伝統でスカートを履いていた男が女に嫌われて婚約破棄になったことだってあるんだよ?」
「まぁ…」
「だから私は基本こういう格好なんだよ」
この会話をジェイドはカーテンの後ろから聞いていた。そして鼻の穴を膨らませてズボンのポケットに手を入れていた。それを知らない2人は話を続ける。そこに何人かドレスの女性が現れて話に参加する。どうやらクレアの親友たちだそうだ。
「ではソルト様。先ほど偽名とおっしゃっていましたがなぜ偽名を?」
「偽名に食いつくとはね…。実は旅先で事故に合って記憶を一部失ってるんだ。そのせいで自分の身元がわからなくてね。唯一わかったのは”ソルト”って名前と商人として旅の手続きを終えたってことだけ。もう親の顔も故郷の空も覚えちゃいないよ」
「それは、災難でしたね」
「別になんてことないよ」
会話を遮るようにソルトはにこやかに話す。
「記憶がなんだい。自分がなんであろうと生きていれば必ず何かしら起こる。良いことも悪いことも。だからこうして豪華なパーティーに参加しているから私は十分幸せさ」
その話は貴族である彼女たちの心を温めた。「どんな時でも幸せな楽しい道を選べばいい」という楽観的なソルトの発言はこれから大きな道を歩むことになる彼女たちの助けになった。
「あ、ありがとうございます」
突然クレアたちが泣き出してしまった。それにソルトは慌てる。商人にとって貴族の涙は良からぬ噂の種だ。周囲の目を気にしてしまう。
「な、なんで泣くんだい!客の涙は商人の天敵なんだ。理由を言ってくれ」
「す、すみません。これから私、顔も知らないずっと年上の男性と政略結婚することになっていて上手くやっていけるか不安で…」
「私も住み慣れた地から離れて海外留学を…」
「私も愛人のいる…」
「あー、もうわかった!私の話が心の支えになったんだね」
人数が多く、それもかなり込み入った話でキリがなさそうだったのでソルトは自分で話をまとめた。
(ここはしんみりしすぎだ。話題を変えよう)
ソルトはすすり泣く声を止めるために急遽商人の知恵で話題の方向性を変更した。
「――ドレス似合ってるね」
「あ、ありがとうございます!ソルト様のおかげです」
「いや、私はただ仕立て屋の付き添いをしただけだよ」
今回の卒業パーティーのほとんどはソルトが個人で付き添ってデザインを決めたもの、もしくは彼女が手掛けた商品のドレスやアクセサリーでやってきていた。
「いえ、このパーティーが色づいたのもソルト様のおかげですよ」
「色づいただなんて大袈裟だね」
「本当ですよ。偶然予約なさっていて付き添いを受けられなかった私の友人が今日の私のドレスを見て悔しがっておりましたわ」
ソルトは本当に嬉しかった。自分の正体を話せないのが苦だったが、こうして褒められるだけでもすごく嬉しかった。それは男性だって同じだ。少し離れたところで男性が何人か集まり喋っている。
「おいおい、お前あのソルトって奴に仕立ててもらったんだろ?いつもの荒くれ騎士様が華やかなこった」
「うるせぇな、おい。殴られたいのか」
「おいやめろって、しかし女性だったなんてな」
「口だけかもしんないから帰ったら僕の父に話を通すよ」
「あ、王宮の専属医師だったな」
そんな彼らの間を真っ二つに裂くように何者かがすごい勢いで通り過ぎた。
「うっわ、危ないな」
「あれってローズ公爵だよな?」
「あんなに速く走れるのか…。引きこもりのくせに」
ジェイドはソルトに群がる女性たちを手で無理やり押しのける。
「きゃあ!」
「ちょっと兄様、レディに失礼ですよ!」
そんな言葉はジェイドには届かない。そして滑り込むようにソルトの前の床に跪いて手を差し出した。
「ソルト!俺と婚約を結ぼう!」
その突然のプロポーズに場は騒然となった。あまりにも急すぎる。何しろソルトは数日前にローズ王国にやってきたばかりで昨日までジェイドどころか貴族とは無関係の存在だった。
彼女のその答えはジェイドの中では1つだった。紅潮した顔と期待の眼差しがソルトに訴えかけている。ソルトも顔を赤くしていった。
「バカ言うんじゃないよ。私を誰だと思ってるんだい」
その冷え切った怒りで顔を真っ赤にしたソルトの発言はざわざわしていたその場の空気をぴしゃりと水を打ったように静かにさせてしまった。
※この物語はフィクションです。
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