前編 始まりの白昼夢
ある国、貴族がたくさんいた。その国――ローズ王国の公爵である、ジェイド・ローズ様はとても傲慢でなおかつ1人で部屋に籠ることしかしてこなかったと有名だった。
そんな彼に婚約者ができた。
相手は国籍、年齢、貴族籍のあるなしまで不明の女性で、ソルト・クォーツと名乗っている。正直ごく最近まで性別まで不明だったのだが、彼女が自分から女性だと話し、さらに王宮医師がしっかり証言をしたことで初めて女性だとわかった。
そんな得体の知れない彼女となぜ婚約を結ぶことになったのかというと…。
*****
ローズ王国のある町の一角。つばの広い大きな帽子に全身が隠れるポンチョを身につけた人物がパラソルを広げていた。陳列棚をその場で組み立てて品物を並べる。
真珠のような輝きの櫛や天の川を閉じ込めたような澄んだ青色のイヤリング。他にも鮮やかな色合いのアクセサリーや雑貨が古びた木製の陳列棚を埋めていった。
その黒い衣装には複数の色の帯が静かに横切っていて帽子には鷲の羽が3枚飾られていた。
「さ~て、そろそろ仕事するかね」
その中性的な声を発した人物――ソルトは旅商人だった。性別がよくわからないが栗色に少しだけ緑のインクを混ぜたかのような髪色と黒い瞳が少し焼けた肌を彩っている。外見からして20代前半といったところか。
何人か客がやってきて棚の商品が少しずつ減り、懐の麻袋も重くなってきた頃――
「あの、こちら開いておりますでしょうか」
「失礼だね。こんなに繫盛してるんだからそれはないんじゃないか」
そのおどおどした人物は性格に似合わず高級な服装だった。
(この色じゃ金髪と合わないぞ?性格から明るく見せようとしただろうがこれじゃ逆効果だ。猫背も気になるね)
相手は容姿は良いが目を細めるほど真っ赤な色の服のせいで返って印象が悪くなっている。しかし、そこで急に相手は一変した。
「おい、この私をなんだと思っている。ジェイド・ローズだぞ」
「あぁ、あんたか。悪いけど私は根無し草なんでね。人の名前や顔なんてお偉いさんしか覚えてないんだよ。まあ幸いあんたは知ってる」
「職業病という奴でね」とソルトは頬杖をついた。その傲慢な態度のことはソルト自身対策をしている。大抵こういう感情の忙しい人物は言葉を使えばがっぽり稼げるのだ。ジェイドはなぜか怒っている。
「何なんだ、その態度は!?この私を…」
「やめろって。耳に胼胝ができちまうよ。この態度は金を操る貧乏人の知恵だよ」
「矛盾しているじゃないか!”金を操っている”というのに貧乏人だと?そんなのどこにいるんだ!」
ソルトは磨いていた品物のキセルで自分の顎を無言で示した。余裕の笑みで。ここでソルトも攻撃を仕掛ける。
「あんたこそ服が合わないね。真紅の光沢のある布は女性が怒りや情熱を伝えるのに役立つ。だがそれを男性が着るなんて大胆だね。しかもあんた人見知りだろ?肌が白すぎてわかっちまうんだよ」
「なんだお前!」
「私はしがない旅商人、ソルト・クォーツ。ただ貴族の知識がちょっとだけ豊富でこうしたらいいっていう案を出したくて前振りしただけだよ。でもその様子じゃ返って火に油注いじまうね」
するとジェイドはのっしのっしと歩み寄ってソルトをにらみつけた。剣が無かったことがソルトの笑みを崩さなかった。
「ならどうすればいい?」
(おっしゃかかったー!)
ソルトは無い尻尾を動かしていた。これが狙いだったのだ。早速近くの布を手に取る。
「そうだね。まずその布だが正直悪くはない。でも全身に使うとまぶしすぎる。だからこういう白とか光沢の控えめなアイボリーを部分的に取り込むんだ。上と下で分けるだけで――ほら」
アイボリーの布をジェイドの腰に巻きつけると確かに強烈さは薄まった。次に金色のリボンを手に取る。そしてそれでちょうちょ結びをしてハサミと糊で簡易アクセサリーを作った。
「これを胸元に付けるとなおいい」
「リボン?私は男だぞ」
「まあ変だね。今はこんな簡易だがしっかり仕立てれば男性にも似合う装飾ができる。――青なんかも良かったか」
しばらくソルトは案を出してどこからかやってきた女性にメモを取らせていた。
「これで全部かね。後は専門家の意見を聞いておきな」
「ああ、感謝する」
安心しきったジェイドは元通り猫背だった。布もリボンも提案したものは全て購入したのでソルトの懐も前よりずっと重くなっていた。
(いや~、太客で良かった。やっぱファッションセンスだね)
満足したところでソルトは少し探りを入れることにした。
「あんたらカップルかい?婚約の噂は聞いたことないが…」
「…いや彼女は僕の妹で」
(一人称変わってるよ…)
「妹のクレアです。ねえ兄様、この人例のパーティーでお呼びしましょう?」
なんと恐ろしい風の吹き回し。ただ太い鉱脈を掘りたかっただけだったというのにさらに鉱脈が増えてしまった。
「もちろんお受けするよ。商売だからね」
このときソルトはうなづいた。断る理由なんて根っから無かった。
しかし、このとき知らなかった。この世には色々な人間がいることを。
※この物語はフィクションです。
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