魔女探索・塔の魔女
――混成された部隊を組み、魔女が住まう塔を発見・探索せよ。
そう王命を受け、リラたち錬金術教団は騎士団・魔術教団・教会との合同部隊で森の中を探索を開始した。
リラは団長補佐としてジークとペアになったことで、騎士団と魔術教団の武闘派が集められた部隊に放り込まれたことにとても絶望していた。
見渡す限り筋骨隆々とした男たち。むさ苦しいほどの肉の圧を感じながら、静かにジークの背中に隠れる。唯一の希望だった教会からの回復役も、攻撃派で有名な夏の女神信仰のパルセナ教の男だった。彼も例に漏れず張りのある肉の塊のような体型をしており、これで四方八方を筋肉に囲まれた形となって一人小柄な女性であるリラは涙を流しそうになる。回復役はおらず全面攻撃型で、回復手段は錬金術で生み出すポーションのみときた。これは、もうどう考えてもリラが回復役ということだ。
「……まあ見事に固まったものだなぁ」
絶望したと言わんばかりの顔のリラを背後に、ジークはまったく困っていなさそうな顔で呟く。ジークもポーションを生み出せるが、この編成からどちらかというと肉体による特攻を求められているのは明らか。リラがどのペースで回復薬を錬成できるかにもよるが、回復薬の錬成をあまり得意としていないことは知っていた。最悪前線で戦いながら錬成を行うことになるかもしれない、と密かに気を引き締める。
妖精の国との境界である森は神秘の力が強く、近場にある霊園からアンデッドやスケルトンが生まれがちなのが難点だ。それ故に第一線に投入される部隊は、どうも物理的特攻タイプに固まりやすい。ジークもわりと物理にものを言わせるタイプなのでこの編成は必然なのだろうが、団長補佐ゆえにこのムキムキとした肉祭りともいえる集団にひとり放り込まれたリラへの哀れみを禁じ得なかった。
「……これ、わたしがヒーラーですよね」
「パルセナ教の彼をご覧。あの筋肉でヒーラーと思うかな?」
「まあひとつも思わないですね。あれは絶対肉体言語タイプじゃないですか」
半分泣き言のようになったリラの言葉に、ジークは少し哀れんだ顔をした。そのままリラの手を取り、腰に刺していた剣の柄についた宝石を触らせて、さらにその上からリラの手を包み込む。一、二、三、とカウントしてから手は離れ、代わりに肩を労うように二度叩かれる。完全にご機嫌取りのようだった。そして単純なリラは狙い通りやる気がしっかりとチャージされた。
回復薬を錬成するには、元となる薬草の元素を分解して魔素として再構築する必要がある。つまり薬草を形作るものを別の形に編み直せば出来上がり、ということだ。リラは元があるものに対する再構築は最悪出来なくはないが得意分野でもない。良くも悪くも苦手寄りの普通だった。
「……、……やるかあ」
効率でいえば決して良くはない。ならば効率の良い方を……となれば、必然的に取る手段は限られる。
リラは錬金術師だが――その前は聖女候補であったのだ。春の女神・テルソーリヤ信仰のテルモイ教の癒しの詩を学んだことが、役に立つ日が来たようだった。
覚悟を決めたその時、前方で騎士の一人が叫ぶ。アンデッドだ! その声にみな一斉に臨戦体制をとる。
アンデッドは集団で行動する習性がある。一匹いれば、周囲には十は潜んでいる……そう言われている。周りはちょうど、木々が高く生い茂り太陽の光を通さず薄暗く身を隠すには恰好の場所だ。魔術師の男が光の魔術で空から照らせば、木々の隙間から無数のアンデッドの姿が浮き上がった。
「リラ、私からあまり離れないように」
「離れたら死にますねぇわたしこれ!」
腰から剣を抜き構えたジークは、リラを庇うように一歩下がる。リラも息を飲み、杖を構えた。
アンデッドたちと前衛の騎士たちが飛び出したのは同時だった。アンデッドの長く硬い爪と騎士の剣がぶつかり合い、鈍い鉄の反響音が響き渡る。
各方面から、アンデッドと競り合う音がする。甲高い鉄の音と肉が裂ける音が混ざり合う。アンデッドの腐臭に紛れ鉄のにおいも漂い始めたころ、リラは静かに呼吸を整え始めた。
――春の女神、テルソーリヤ。どうかご加護を。
脳内で呟き、祈りの型を取った。杖を高く天に掲げ――高らかに声を響かせる。
「――〈願いが叶う春に祈る、命の祝福は眩い光となりあなたを照らすことでしょう〉」
歌声が森に響き渡る。リラを起点に、地面に大規模な陣が浮かび上がっていく。祈りの力が眩い光となって膨れ上がり、そのまま弾け飛んだ。
「……うおっ……!」
「これは……!」
光は癒しの風となり、傷ついた仲間の元へ。アンデッドによる攻撃で腕が傷ついていた騎士や魔術師も、風が頰を撫でたと思った時は傷が少しずつ塞がっていた。
「――ほう、テルモイの女か。癒しの権化である筈だが……まあ、よかろう」
教会の男もどこか面白そうに呟く。自分の怪我の具合を確かめるように手を握っては開き、にやりと笑っている。
男の言いたいことはわかる。リラの実力では血を止めたり傷口を塞いだり怪我を多少治す程度だ。同じ教会所属の男は何度も味わっているのであろう、テルモイの聖女の本物の癒しは大きな傷も病もたちまち治ってしまうほどの実力がある。この程度で悪かったな、と悪態をつきながらも、もう一度祈りを捧げようとした時、アンデッドを遠くにふっ飛ばしたジークが戻ってきて微笑みを向ける。
「リラ! 凄いじゃないか」
「あ……アワ……ぐう、偶然です……」
カッと熱を持つ頬を乱雑に被ったフードで誤魔化す。歓喜で息が詰まりそうになるのを抑えても、体はいますぐにでも踊り出しそうだった。
ジークはちらりと辺りを見回した。
「少し数が多い。詩なら離れてても回復はできる? いまのうちに距離を取ろう」
「わたしは構いませんが……いいんですか?」
他のメンバーは前線で戦っているのに自分一人だけいいんだろうか。不安になったリラの気持ちを汲むようにジークは優しくリラの背中を撫でた。
「正直安全圏にいてくれるのが一番助かるよ」
前線の騎士たちに少し下がる! と声を掛け、ジークとリラは見える範囲での安全圏に向けて後退を始めた。アンデッドは地面を直進しか出来ないという欠点があるため、ギリギリ人影が確認できるほど離れた位置の岩場の上を陣取る事に決める。
「しかしこんな数のアンデッド中々見ないな。誰か墓でも荒らしたか……」
「可能性はありますね。近くにある霊園は貴族エリアもあるので」
この国の貴族は遺体を埋葬するとき、貴金属や宝石も一緒に埋葬することが多い。生まれ変わった先でお金に困らないようにと持たせてやるのだ。魔法が色濃く根付くからこそ、輪廻転生はみなが信じることだった。
――フ、と。
聞き慣れない、微かな金属音がした。チリチリと何かが擦れ合うような小さな音だ。
ジークは右手を柄に掛け、空いた左手でリラの体を抱き上げる。
「え」
突然担ぎ上げられ呆然とした声を上げた瞬間、リラの真横ギリギリを鎖のついたナイフが通り過ぎる。勢いよく通り過ぎて地面に刺さったナイフは、そのままヂャリヂャリヂャリと音を立てて鎖の繋がる元へと回収されていく。
「しっかり捕まっていなさい」
ジークの目が鋭く細められる。息を吞み言葉も出ないリラは、震える手でジークのローブを握りしめた。
どくん、どくんと鼓動がやけに大きく聞こえる。荒くなる呼吸を必死に抑え、リラは鎖の先を目で追いかける。岩場の斜め下、薄暗く深い森の奥から、鎖を握った人物が顔を出している。闇から輪郭を現す細い体躯の少年。肩上で揺れる青みがかった薄い銀髪に、澄んだ空色の奥に闇を混ぜたような瞳。白い民族衣装を身に纏いエキゾチックな雰囲気を醸し出すその手には、すらりとした体に不釣り合いな、鎖のついた無骨なナイフがある。
「殺せなかったかぁ」
男にしては少しばかり高めの声だった。男はまっすぐリラを見つめ呟いた。
「リラ・リリーベル。お前は今日、ここで殺す」




