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ジーク・ヨルムンガンドがたった五年で錬金術教団のトップに上り詰められたのは、類稀なる才能というよりは努力が大きかった。
ジークはかつて世界を救ったことがある。なんの比喩でもなく、事実としてそうなのである。
世界はかつて、リンドヴルムという悪竜の目覚めが起ころうとしていた。一息で世界を滅ぼせるという悪しき蛇の王の目覚めを止めるために、竜の痕跡を探して友人であるアルバートと仲間たちと共に世界を飛び回った。騎士として剣を握り、友と、その友を唯一と認めた妖精の女王と目覚めたリンドヴルムをもう一度眠らせてジークたちの長い旅はようやく終わりを告げたのだ。その中で出会ったローゼマインが使う錬金術がやけに身体に馴染み、気づけばジークは錬金術教団の門戸を叩いていた。世界を救うという大役が、人生においての一つの大きな区切りとなったのだろう。騎士に未練はなく、新しい自分を始めた気持ちだった。そうして錬金術師の道を歩み、まっすぐ前を見続けた結果が今の団長という立場だ。
ジークが騎士から転属した稀代の錬金術師だと呼ばれていたのは、残念ながら過去の話だ。今ジークに浴びせられていた賞賛を浴びるのは、一人の新人。リラ・リリーベル。彼女こそが、間違いなく稀代の天才と呼ばれるべき存在だ。
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リラ・リリーベルは、なんと驚くことに錬金術教団の学術部を首席で卒業している。リラ自身も驚きなのだが、卒業課題である魔道具の作成がやたらと評価されたらしい。筆記もポーション作成も全て並の成績で揃えていたリラが、本人も気づかぬうちに才能を発揮したのが魔道具作成における術式の編み上げだった。
錬金術師は、己の〈魔炉〉と素材を練り合わせることで物質を生み出せる唯一無二だ。
この世界における神秘の名は、魔法の名を関してはいない。かつて魔法は存在したのだが、それは遠い過去の話になってしまった。現在も世界のどこかに現存するであろう、と推測で終わってしまうのが〈魔法〉。魔法の糸である〈魔糸〉を紡ぎ奇跡を起こす。失われし神秘とも呼ばれている。
大気中に満ちている〈魔素〉と、体内に存在する生命の源〈魔炉〉。そして人間が誰しもが持って生まれる〈四大元素〉と呼ばれる属性。この世界に生きるものなら例外なく持ち、身近なものとして神秘たちは存在はしている。その中でも優れた才能を持つものたちのみが、神秘を操る職に就いている。
かつて世界には神からの遣いである魔女が存在し、神々とその魔女にのみ許されていたのが〈魔法〉。そして人間がそれの真似ごとをしたのが、〈魔術〉〈祈り〉〈錬金〉である。
大気中の魔素を魔導書グリモワを通して取り込み、〈扉〉を呼ばれる射出口から魔術を発現させるのが魔術教団の魔術師。
体内の魔炉を声に乗せて、神への感謝と祈りを世界に干渉させることができるのが教会の聖人たち。
前途の無から有を生み出す人々とは違い、錬金術師は魔炉を糸のように紡ぎあげることで、様々な物を錬成させている。そして掛け合わせれば合わせるほど可能性は広がり、回復薬なども作ることが可能な所謂補助の万能主だ。リラが才能を発揮したのはこの〈有から有を生み出す〉ことだった。
錬金術の魔炉を紡いでいく術式は、簡単に言えば糸紡ぎだ。魔女のみが使う〈魔糸〉と呼ばれる魔力の糸と似て非なるものを紡ぎ、それを編み作り上げていく。細かく丁寧に、体内の魔炉から紡ぎ出した魔力と素材を編んでいき、魔道具を作り上げる。リラの才能が見出されたのはここだった。一般的な錬金術師たちが紡ぐ糸の一本のサイズより、更に細く細かく糸を紡ぐことが出来ていた。リラの糸を数本集めて、ようやく一本サイズになるというところだ。糸を細く紡ぐことで魔力が薄くなることもなく、変わらぬ密度で細い糸を紡いでいた。
本来、錬金術師が一つの小ぶりな魔道具を作るとき術式として組み込まれる疑似糸は多くて五百本。リラはその倍である千本は組み込めてしまう。これは、誰にも真似できない才能だった。そして通常の魔力を紡いだの疑似糸の太さと変わらない太さで、密度は倍であることは学術生として学ぶ間誰も気づくことがなかった。
それに最初に気づいたのがジーク・ヨルムンガンドであることは、リラ本人は知らないままであり、憧れのジークから存在を見出された事実を知れば即倒しそうだと依然事実は伏せられたままでいた。本人はなにも知らぬまま、ジークお墨付きの看板を背負ってリラは団長補佐就任後ではあるが、新人にしては異例の錬金術教団の魔道具作成部門の技術顧問も任されていた。ジークが外回りなど男手と共に行動する際は、リラは基本的に魔道具を作るための研究室のデスクで仕事をこなしている。
「リリーベル技術顧問、こちらご確認お願いします」
白衣を身に纏い赤髪をひと纏めにした三十半ばほどの男が、書類に目を落とすリラの前に魔道具を差し出す。顔をあげてから、男の顔を見て嫌そうに表情を歪めた。
「マクベール隊長。敬語はやめてください、わたしは貴方の部下ですが……」
「元、な。半年前まではそうだが、今はヨルムンガンド団長預かりだろ」
「でも前上司に敬語使われるとちょっと居た堪れなくなりますので」
「まあ嫌がらせだよー、普通に」
「うわっ、いやな人!」
にやりと笑う男はケイウス・マクベール。ローゼマイン直属の部下であり、団長補佐になる前の上司だ。学術部を卒業したてのほやほやの新人を戦力になるまで鍛え上げることに関しては教団随一であるが少々指導に熱が入りすぎるきらいがあり、新人たちが半分泣きながら地獄のマクベールキャンプを卒業したのは記憶に新しい。
リラは眉根を寄せながら魔道具を受け取る。術式を読み取りながら、呆れたように口を開いた。
「マクベール隊長はいつまで技術屋みたいな顔をしてらっしゃるんでしょう」
「俺は実際こっち出身だしな。ローゼ様もしばらく不在だし、久しぶりに専念させて貰うよ」
リラのデスクの隣に勝手に椅子を横付けしたマクベールは、勝手知ったると言わんばかりに予備のマグを引き出しから出すと、給仕を行う行儀見習いに声を掛けてコーヒーを注いでもらう。
「いやそれわたしの……」
「硬いこと言うなって」
にやりと笑われ、かつての上司には逆えずため息をひとつこぼした。
マクベールは独特の空気感で周囲を振り回す天才だ。良くも悪くも空気を支配することに長けているこの男は、ローゼマインは元よりジークからの覚えも良い。
「……それにしても。最近学科長の不在が目立ちますが、何か大きい案件でも?」
「まあなあ。最近きな臭いんだとよ」
「何がです」
何気なく問うと、マクベールのオレンジの瞳がすぅっと細められた。
「〈魔女〉だよ」
魔女。
この世界において唯一〈魔法〉を使える、いるとされる高位種族だ。古き時代より生きる伝説であり、恐れられるあまり魔女裁判というおぞましい迫害を受け姿を消してしまった存在。かつて九人の魔女が存在していたが、魔女裁判により四人の魔女の処刑が行われ、現在は逃げ延びた五人の魔女が存在しているとされている。それも確認が取れていたのは百年以上昔の話だ。
「……魔女って未だに実在するんですか?」
自然と声のボリュームが落ちる。秘め事を話すように、リラはマクベールに身を寄せた。マクベールもそっとリラの側に寄り、小声で内容を明かす。
「どうやらな。そのうち王室から直々に指令が下される。多分ジーク団長が動くから、お前もだろうなあ」
「……それ、言って大丈夫ですか?」
明らかに機密であろう内容をポロポロと零され、耳を塞ぎたくなる手を抑えリラはじっとりとマクベールを見た。目の前の男は飄々と笑っている。
「いいんだよ。どうせ明日にはお前はもう機動部隊入りだ」
明日から。そう言われ、反射で頭の中では算盤がぱちぱちと弾かれる。おそらく明朝、任務が発令される。準備後即出発であることを考えると、いつまでかわからない任務前に魔道具関連の期限の近い案件をそれまでに片しておかねばならない。
「えっ、……そんな緊急任務ですか? まって、じゃあ今日中に片付けないといけない案件がひい……ふうみい……ああ、五つもある⁉︎」
顔を青くして立ち上がると、背後のラックに掛けてあったローブを引っ掴みリラはマクベールを置き去りにしたまま駆け出す。
半分サボり目的として座っていた技術部のデスクで、のんびりして時間を無駄にしている場合ではない。最悪遠征となるであろう任務に備えて徹夜は避けたい。まずはジークが帰還後執務室でのんびり横顔を眺めながら片付ける予定だった団長関連の書類を仕分け、その中にある期限付きがありそうな魔道具関連の書類をピックアップしなければならない。
あっという間に小さくなっていくストロベリーブロンドを茫然と眺めるマクベール。デスクの上には、彼が作り上げた遠見の魔道具がポツンと置き去りにされていた。
どうしても精密さの面で術式の数に不安が残り、若き天才に手を加えてもらおうと思っていたが、また今度の機会かと道具を回収して気付く。自分が組み込んだ術式の上から、更に細かい術式がびっしりと編まれていることを。
「……全く別の話しながら短時間でこれかぁ。末恐ろしい女だな、本当」
リラを稀代の天才と称する人々がいる。本人はその肩書は荷が重いと言うが、無自覚で天才たる所以を振り撒き続ける姿は間違いなく天才の所業だった。




