06
某日。夜分遅く、ジークはルーイエの執務室に居た。
ルーイエの管轄は錬金術教団であり、ジークが団長を任されているとはいえ実質のトップはルーイエである。そして騎士団を率いるのもエルジャドではあるが、そのさらに上には第二王子エデットの存在がある。
そんなトップからの呼び出しに、勤務終了後にリラを帰宅させてから馳せ参じることとなった。
「お。リラはいないの? 会ってみたかったんだけど」
「勤務外の個人的な王族との用事に、未婚の令嬢は巻き込めないよ。ルーイエ様」
「俺の婚約者問題、早く解決しねーかなぁ。ララが候補から外れたからまた血で血を洗う争いが始まったんだよな」
半年前に筆頭候補だったララ・ハートウェルが病気を理由に婚約者候補を辞退してから、ルーイエの婚約者決めは熾烈を極めていた。誇張抜きで血が流れる争いが頻発し、前代未聞の事態に陥っていた。
「ララがダメならいっそ妹にすげ替えてみようか?」
にやりと笑うルーイエ。それにジークはキッと眉を釣り上げた。
「なりません」
「大事だから?」
ルーイエの微笑みは変わらない。それに対する返答も決まっている。
「部下だから」
リラに対して特別な感情があるかどうかと言われると、わからないと答えるしかない。だが確実に部下の範疇を超えてきているのは確かだ。けれど。
「……リラのことを知りたいとは思いました。生まれ、育ち、……何故錬金術教団へ来たのか」
魔女の言葉を思いだす。
——この子には注意した方がいい。この子もまた、何か魔女の縁者だから。
魔女に縁があるものは、エメリアでは罪とされる。だが翠眼の瞳を見つけた時、寄り添ってくれたリラの優しさは本物だった。自分が縁者であることを隠しているとは思えなかった。
「中身じゃなくて? 色気のないやつ」
呆れた様子で肩をすくめたルーイエは、一冊の資料を机から取り出してジークに寄越す。
「結構本気で姉妹で入れ替えるか考えて調べたんだよ。リラ・リリーベル、面白い経歴だな」
三センチほどの束の中身は、全てリラ・リリーベルという人間に関する調査書だった。まず、一枚捲ってみる。
——リラ・リリーベル。
十七歳。生家はハートウェル侯爵家、次女。双子は凶星の証として、本来ならば孤児院へ出されるところを母の生家であるリリーベル家へ養子に迎えられた。そこまでは一般的に知られている知識。
教会に聖女候補として入職するが、暫くののち退職。その理由の一つが生家の父、ハートウェル侯爵とされているらしい。
現ハートウェル侯爵は教会への最高出資者であり、敬虔な信徒として有名だった。そのハートウェル侯爵に接触する為に入職し、父に何らかのアクションを起こして辞めさせられたとの報告が上がっている。
「……絶対嘘だなこれ」
「だよなあ。話に聞く限り父親に接触するタイプではないだろ」
「絶対しないね。断言する」
リラは父親にこだわるタイプではないのは、この一年足らずの期間でよくわかっていた。父親にこだわらないと言うよりは『家柄』にこだわりが無く、淑女は行儀見習い以外働くべからずが未だに浸透する貴族界でリリーベル家の令嬢であるにも関わらず教団の門戸を叩いたのはまさしくそのこだわりの無さからだろう。
「これは独自に得た情報なんだけど、リリーベルの前当主の妻、つまりリラの養母にあたる存在は教会でシスターをしていたらしい」
リラの養母、つまりリラの生母の母でリラにとっては実の祖母となる。リラの母は十九でララとリラを産んでおり、リラが生まれた当時リラの叔父たちはまだ十二歳から十六歳だった。リラを養子に出来る年齢の子がおらず、リラは生母と母を同じくとすることになった。
その養母が、働くべからずとされた貴族がシスターをしていたらしい。衝撃の事実に、ジークは目を見開いた。
「そんな情報、どこから得たの?」
そう問えば、ルーイエは誇らしげに鼻の下を撫でる。
「彼女、前陛下の従妹なんだよ。言わば王族の血だ。禁書庫に当時の活動記録が残ってたんだよね」
驚愕の事実だった。リラには薄いとはいえ王族の血が流れており、元をたどればルーイエの遠縁になるという。
「……ちょ、っと。これは俺が預かっていい案件でしょうか?」
「どうかなあ。正直俺も持て余してる。まず本人が知ってるのか知らないのか」
王族は赤い髪にピンクルビーの瞳を持つ。思い返せば赤みのあるストロベリーブロンドに、赤みのかかった薄いアメジストの瞳はそれとなく王家の血を感じさせた。
「とりあえず教会の方は叩けばもっと出そうだな。出入りの許可を出してやるから、調べるなら好きにやっていいよ」
そうして渡されたのはルーイエのロゼット。許可証の代わりとして、第一王子の私物を持たせることで活動権を与えるらしい。気軽に渡されるには流石に重たすぎる代物に、ジークは感謝を述べつつも震えながら受けった。そんな姿を見て、ルーイエは心底面白いと言わんばかりに笑っていた。




