07
ジークは翌日、休みを返上してリラが所属していたテルモイ教会へ来ていた。教会は三つの派閥に分かれており、リラのいたテルモイ教、パルセナ教、コルキア教から成り立っている。その三つを統べるのが上層部と呼ばれる存在であり、各教会の権威ある信徒たちが集まって運営を成り立たせていた。そのうちの一人がかつて塔の魔女探索時に邂逅した聖女の最高権威マリア・バーバラである。当代マリアはテルモイ教からの選出になっており、テルモイ教はいま一番勢いのある教会のようだった。しかしマリアはリラに対してあまり良い印象を持っていないことが分かっており、理由を聞くには適さない。悩みに悩み、ジークはリラの当時の上司を呼び出した。
「それでお話とは」
穏やかそうな老人が、訝しげに顎の白い髭を撫でた。突然の来訪、そして過去に所属していた部下の過去を知りたいなどと言われれば警戒もするだろう。それを見越して、ジークはある建前を用意していた。
「リラ・リリーベルの以前の上司だったとお聞きしています。リリーベルは現在錬金術教団で才能を発揮させており、その査定を行うにあたって過去の大きなトラブルがないかをお聞きしたいのです。ご実家的に少し複雑な面があるでしょう」
そういえば、ああ、と納得したように髭から手を離した神父。髭を触る仕草は警戒の現れだったようだ。
「あれね、あの噂はリリーベルさんが可哀そうだよ」
「なにがですか?」
「父親の話を聞いてるんでしょう。あれ事実は違うんですよ」
――きた、と思った。
「それは一体……。詳しくお聞かせいただいても?」
「ええ、ええ。構いませんよ」
そうして話し出されたのは一年と半年前の真実。
ルーイエの婚約者筆頭候補であったララ・ハートウェルが突然の大病を患ったのが、一年半前。ハートウェル侯爵は相当落ち込んだらしい。すげ替えようにもハートウェル家には女はララのみで男しかおらず、あわやハートウェルの危機といったところで侯爵は思いだした。妻が産んだもう一人の存在を。丁度その半年前に養母の紹介で教会に所属していたリラは、ある日突然聖女候補に召し上げられる。父親が手をまわした瞬間だった。才能に恵まれず、一般シスターとして穏やかに暮らしていくはずだった人生が一変したのだ。しかし周りからは才能もないのに聖女候補だとやっかみを受けたり大変な思いをするようになった頃、父親から初めての接触を受ける。ハートウェルに戻らないかという打診だった。リラは父親に興味がなく、ここで初めて血のつながった父親が教会の最高出資者であり上層部に噛んでいると知り、同時に突然聖女候補になった理由を勘付いてしまった。ララの代替として嫁がせるには、聖女という肩書を持たせた方が都合がいいということに。
リラはその事実を断固として拒否した。父親のことが許せず、そのまま勢いで教会を辞めたほどに。そしてその足で錬金術教団の学術部の門戸を叩いたのである。
話し終えた神父は疲れたようにお茶を飲み干した。一方、考え込むジークは静かに問う。
「じゃああの噂は……」
「父親側から流れたものでしょうね。彼はサナディア教会を贔屓にしているので、リリーベルさんがパルセナだったことも気にくわなかったのでしょう」
「なるほど……。お聞かせいただいてありがとうございます」
「不当に評価を下げられた子ですから、そちらではどうかいい評価をしてやってくださいね」
「お任せください。うちにとって無くてはならない存在ですから」
リラの元上司は、リラをよく思いやってくれる優しい人だった。その事実に感謝し、ジークは教会を後にした。
「探りましたね」
翌日。出勤したリラが開口一番、じっとりとした眼差しでジークを詰めた。心当たりしかなく、とりあえず困った顔で笑いかけてみる。いつもはなんだかんだ誤魔化されてくれるのだが、今日は通じることはなかった。相当お怒りの様子で、腕を組んで珍しく不機嫌そうな表情である。
「夕方、元上司とたまたま街で会いジークさまのお話を聞きました。素敵な上司だねと言われましたけど、部下のプライベートを探るのはいい上司ですかぁ?」
「や、ごめん。勝手に聞き回ったのは謝ります。ごめんなさい」
うっかり口留めを忘れており、あの人のよさそうな神父は本人にペロリと話してしまったらしい。いつもはジークに対して常に下手なリラも、今回ばかりは流石に文句が出るようだ。当たり前だと思いつつ、大人しく謝罪する。必殺いつものやつを繰り出すため、リラの手を両手で包み込んだ。
「あ! またそれ! すぐ誤魔化そうとする!」
「ごめんねリラ。反省してるから許してくれる?」
「あーーー、あーーー! すぐ、すぐそうやって…………もう」
小首を傾げながら薄っすら困ったように微笑めば、やはりリラは何も言えなくなる。ジークの顔を好きすぎる弊害だった。簡単に許してしまった事実に頭を抱えたくなりつつ、リラは最後とばかりにビッと指を刺した。
「聞かれたら答えます。なので次、何かあれば直接聞いてくださいね。……絶対ですよ!」
そう言われると、ずっと答えが出ない問いを直接問うしかなくなった。
「……リラって魔女の血縁だったりする?」
「——はい!? え、ジークさまの話じゃなくて?」
やはり答えは出なかった。
黙っていた鏡の魔女の話をすれば、リラは最初顔を青くして聞いていたが段々と真剣な顔になり、最終的には考え込む表情で唇に手を当てていた。
「血縁だけで言えばもうご存じかもですが王家の遠縁には当たります。かなり薄いですけど」
「ああ、知ってる。ルーイエ様からお聞きした」
「うわ王子様に把握されるんだ……。でも王家の血と魔女の血が混ざるなんてあり得ないでしょう。ハートウェル自体由緒正しきを重んじるから血には一等厳しいだろうし。だから魔女と血縁はないと思います」
リラの推測はもっともだった。ハートウェル侯爵家は古を尊び、何より血の青さこそ是とする。そして王家の血を持つものが迫害を受けるであろう魔女との混血を選ぶとは思い難い。ヨルムンガンドの歴史を見れば混ざらない方がいいのは火を見るより明らかであった。
「じゃあ誰なんだろうね。私たちに呪いをかけてる魔女」
調べれば調べるほどにどつぼにはまっていく。答えが出ないまま、事実だけがこんがらがり続けていき、頭が痛くなるようだ。
「そういえば資料で見たフューシャ村って、ハートウェルの領地なんですよね。山の方なんですけど」
ふと思い出したのか、リラから出た名前は禁書庫で見た夕星の魔女の生まれた村だった。
「夕星かあ。謎な魔女だけど手掛かりになりそうなのはその村っぽいし、調べてみる?」
「ダメで元々、ってやつですね。馬の手配、しておきまーす」
藁にも縋る気持ちで、唯一の手掛かりになりそうなフューシャ村に懸ける。そう決めた二人は、五日後の休みに備えて仕事を残すことなく捌き切った。他の錬金術師曰く、二人とも鬼気迫る勢いだったという。
◇
五日後。手配した白毛の馬に跨ったジークと、栗毛の馬になんとか乗れたリラはハートウェル侯爵領の廃村フューシャ村を目指していた。遠駆けが得意なジークと、体躯が小さい為乗馬をあまり得意としないリラでは中々厳しい旅路ではあったが馬の休憩に合わせつつ王都から三時間ほどで廃村の地近くまで来ていた。
「これ昼のうちに帰らないと詰みますね……」
「早朝に出てきて正解だったね。陽が落ちるまでに国道付近までは帰りたいな。国道じゃない限り魔電灯もないし」
「明日の労働、しぬ……」
あと三十分もしないうちにフューシャ村というところで最後の休憩を挟みながら、リラとジークは二度目の朝食を取る。出る前の早朝に軽く腹にフルーツはいれたが、しっかりとした朝食は今回が初である。
ジークが用意してきてくれたサンドイッチはレタスにベーコンを挟み、キャロットラペとヨーグルトソースの酸味が疲労に効くメニューになっていた。
「おいひー! でも朝ごはんでこんなの出されたらわたしの昼食霞むんですけど……」
幸せそうな顔で笑うリラ。
朝食をジーク、昼食をリラという形で手分けして用意していたのだが朝が強くて早朝からしっかりサンドイッチを作る余裕のあるジークとは違い、朝が弱いと公言しているリラははたして何を用意したのか。
「珍しい。お昼、作ってきたの?」
「いえ。パン屋さんで買いました」
しっかり購入品のようだ。安定して美味しいよねと笑い合っていたタイミングだった。ドーンと遠くで一度、地震のような地響きが鳴る。下から突き上げるような揺れも一回。お互い顔を見合わせる。
「近くは……ないね」
「王都からも遠そうでしたね。どこかな」
そう言った瞬間だった。
ジークの目の前の空間に亀裂が入る。紺色の星々を背中に、裂け目から顔を出したのは妖精の女王。焦った顔で、ジークに手を伸ばした。
「リンドヴルム、目覚めの兆し!」




