05
そうしてリラは何故か今、かつて世界を救った英雄アルバートと女王エルドネージュの眼前にいる。何故。リラは今、妖精国の入り口にある王宮でアルバートとエルドネージュを前にジークと四人でテーブルを囲み珈琲タイムを楽しんでいる。だから何故。その疑問を問う間もないまま、話は早急に進んでいく。
リラの隣で楽しげに珈琲の話を続けるジークとエルドネージュと、それを楽しげに見守るアルバート。それを見て更に、リラの脳内ではビシャビシャと脳汁が出まくっていた。
(主人公とヒロインだ‼︎いつもの三人だ‼︎)
リラは〈妖精女王を拾った俺は最弱騎士〉と言う作品自体を愛しており、ジーク・ヨルムンガンドが推しなのは紛れようもない事実であるが、メインキャラであるアルバートとエルドネージュは勿論別格で好きだった。 無論ローゼやユイリアたち他ヒロインもそうだ。いつも文で読んでいたやりとりを生で見聞きして、つい興奮してしまうのはオタクの性とも言えるだろう。
焦茶の髪は耳が出る長さできちんと整えられ、爽やかな雰囲気とどこか犬を思わせるようなまんまるな真紅の瞳は愛らしく愛嬌のある人受けのいい顔立ち。原作より少しだけ大人っぽくなり線が太くなったアルバートはかなりかっこよくなっている。そしてエルドネージュも、女王に相応しく神々しい白銀の艶やかなロングヘアは太ももまで伸び、過去の冷たい空気感は鳴りを潜め、アルバートに愛されているのを実感できる穏やかな雰囲気へと変わっていた。薄紫の瞳が楽しげに三日月を描いており、とても楽しそうだ。これだけで一生噛み締めて生きていける、と心の中で手を組んでいたリラにフとジークの目線が向く。
「リラ? 珍しくずっと黙って目キラキラさせてどうしたの。英雄アルバートたちに感激してる?」
奇しくも当たらずも遠からずな発言に、リラは思わず目を押さえた。そんなにキラキラしていただろうか、と俯くと、アルバートが優しい声色で笑った。
「リラさんは随分とジークに気に入られてるんですね。おれ、ジークの声がこんなに優しいの初めて聞いたな」
「わたしも……。ジーク、あなた、明るい声出せたんだ……」
「アルバートもエルも酷いな⁉︎ 俺も流石に十以上年下の女の子には優しいよ」
目の前で繰り広げられる原作トリオのやり取りにリラは言葉も出なくなり、静かに両手で口元を覆った。大好きトリオのやり取り、可愛い大好き。感激のあまり手が震えているのが分かったが、止めれるものではなかった。それを見たエルドネージュが愛おしいものを見る顔で笑い、向かいから手を伸ばしてリラの頭を撫でた。瞬間、衝撃のあまり言葉にならない短い悲鳴をあげたリラは、思わず立ち上がり後ろにひっくり返りそうになる。それを笑いながら片手で受け止めたジークと、正面で可愛いものを見たと言わんばかりに笑うアルバートとエルドネージュに気が狂いそうだった。
「リラ、すごくかわいい。英雄のアルに憧れてるのかと思ったら、わたしのことも好きみたい。かわいい……」
「珍しい。相当お気に入りだ。かなりエルに気に入られちゃったね、リラさん」
「俺こんなしおらしいリラ初めて見るんだけど……」
「かわいそう……。こんなかわいいリラ、わたしたちの前でしか見られないんだ……」
変わらず目の前で繰り広げられるやり取りにいっそ気絶させて欲しくなりつつ、リラはうっすらと涙を浮かべるしか出来なかった。
お茶会が終わるころにはエルドネージュに揶揄われて満身創痍のリラと、旧友に会ってエネルギーチャージを済ませてホクホクのジークが出来上がっていた。無事妖精の国の探索も女王直々に許可が降り、リラ自身も肩の荷が降りた様子でどこか晴れやかな顔に戻っていた。ジークはともかく、リラにまで許可が降りるのだから太っ腹である。
「それでエル様から聞いていた〈穴〉ですけど、その先に鏡の魔女がいると見て間違いはないでしょうね」
先ほどのお茶会でエルドネージュが教えてくれたのは魔女の所在のみだった。それでも、ジークとリラにとっては無情報で挑むよりかは充分な収穫だった。
——魔女? 一人紛れてるよ。一番大きい針葉樹に穴があって、そこの中に勝手に住んでるみたい。別にいいけど。
そうして言われた一番大きい針葉樹は、わかりやすく大きかった。妖精の国の王宮を出てすぐ、城下町の中央に一番大きな針葉樹が町のシンボルと言わんばかりに聳え立っている。間違えようのない大きさに分かりやすくストレートな表現を覚えたエルドネージュに対する感動を噛み締めるジークと、その姿を横目に噛み締めているリラ、と言う奇妙な構図になりながら手分けして木の幹を調べていく。その穴は簡単に見つかり、リラはパッと顔を綻ばせた。
「あ、ありましたよ穴。この樹のウロのところ、これが空間の穴ですね」
「本当だ。思ったよりすぐ見つかったなあ。……じゃ、入ろうか?」
「え! もう⁉︎」
戸惑うリラの背中を問答無用で押し込み、穴の中へと入る。そこは塔の魔女とは違い、どこかポップな内装だった。主である鏡の魔女は突然の闖入者に呆然とし、寝転がっていたソファから身を起こせずにいた。ぱちりと三人の目線が絡み合う。白金のストレートヘアに、瞳に持つ宝石の色は紫と桃色。宵闇に染まる前の夕暮れの色が二つ、ジークとリラを見つめている。
「こんにちは鏡の魔女。突然の訪問をお許しください。我々は塔の魔女より貴女のことをお聞きし、ぜひお会いしたくと馳せ参じた者です。どうか一度お話しを……」
「や……やだーーーーーー‼︎‼︎」
恭しいジークの言葉に、つんざくような声で鏡の魔女は拒否を示す。ジークがだいぶん下手に出ていたが、それはそれなのか、大きい声で拒絶していく。
すぐ困った顔になったジークと、半目になったリラ。正直、随分とやかましい魔女だと呆れも入る。顔を真っ赤にした魔女が落ち着いたのはそれから五分後、ソファに腰掛けた鏡の魔女は足元で傅くジークとリラを見て満足そうに咳払いをした。
「それで何だったかしら。塔の魔女から私のことを聞いたのだったわね?」
先ほどの痴態を無かったことにしたと言わんばかりで、威厳のある風な態度をとっているが、二人の脳内には先ほどのソファで横になる姿がしっかりと刻み込まれている。
「そうです。是非お話ししてみたく思い、無礼と承知しつつもお邪魔させて頂きました」
何故傅く必要があると顔面にデカデカと書いてある不満げなリラと、恭しく魔女を敬っているジーク。鏡の魔女は眉毛を釣り上げ、ふうん、とつまらなさそうに呟いた。
「本当無礼よ! 私のリラックスタイムの邪魔をして……。くだらない要件だと承知しないわよ」
発言に棘があるが、どうやら話は聞いて貰えるらしい。ジークは順を追って説明を始める。
まず自分は翠眼の子孫、ヨルムンガンド一族の当主であること。最近出会った塔の魔女に、魔女の意図によって侵食されているのを助けてもらったこと。そしてその塔の魔女からその魔糸は命を賭してジークを呪っていたこと、死んだ四人の魔女のうちの誰かの仕業なこと。塔の魔女では犯人を断定できず、精神系に強いからと鏡の魔女を紹介されたことをなるべく丁寧に伝えた。するとその態度に気分が良くなったのか、ご機嫌な顔で鏡の魔女はうんうんと頷いていた。
「ふん、そこで私なのよく分かってるわね。——改めて、私の名前は鏡の魔女。冠する原罪は強欲よ」
ソファから立ち上がり、一歩、また一歩とジークに歩み寄る。そして、そっとジークの頬を包み込み瞳を覗き込んだ。紫色の奥にある桃色がぼんやりと光る。ぐらりと意識が遠くなりそうになりながら、ジークは宝石の瞳を見つめ返した。しばらくして魔女の顔が驚愕に染まり、何故か泣き出しそうにくしゃりと歪んだ。
「………………驚いた」
ただ一言。そう呟いてから、突然リラへと向き直る。そしてリラにも目を合わせると、即座にリラの体が地面へと崩れ落ちた。
「リラ⁉︎」
「寝てもらっただけ。聞かせたくなかったから。心配いらないわ」
リラの体を横たえた魔女は、どこか寂しそうな顔をしている。
「塔の魔女は気付けないくらいだけど、この子からも呪いの匂いがする。貴方に掛かっていたのと同じ意図を感じるわ」
そうしてリラの髪を指で梳いていく魔女に、ジークは何も言えなかった。あまりにも悲しそうに、愛おしそうにリラを愛でる姿は、なんと声を掛けていいのかを分からなくさせる。
「貴方たちを呪った魔女は恐らくだけど私も縁が深い子。でも確証がないから名は言えない。……でも、貴方たちに掛けた呪いが生きてたってことは、魂がまだこの世界に在ると言うことだから」
「その魔女の名は、どうあっても教えてくれないんですか」
「諦めて。どうしても確証がないの」
でも、と続ける。
「この子には注意した方がいい。この子もまた、何か魔女の縁者だから」
可哀想に。呪われた子。そう言って、魔女はリラを慈しんでいる。
凶星と呼ばれた双子で、呪われた子にされた側。迫害を受けた側。そして、魔女との縁を隠し持つ者。
リラへの謎がより一層と深まっていく。
(リラ。君は一体、何者なんだ——?)
脳裏で、記憶の中のリラがはにかんでいた。




