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あの後しばらくしてから、ジークは「取り乱してごめんね」と笑ったがその笑顔に覇気はなく。リラは断固として譲らず、硬い意志でジークに仮眠を取らせた。ジークは申し訳なさなのか仮眠室には戻らず、禁書庫の隅のソファで小さくなって眠りについていた。大きな体躯をギュッと丸めて眠る姿に愛おしさを覚えつつ、リラはもう一度目玉の資料を捲る。
暁、宝石、翠眼。あと一人、夕星の名前が足りていない。夕星だけ瞳を抜かれていない訳がない。彼女の瞳も絶対どこかに資料があるはずだと、リラはもう一度書庫を漁る。
「ここも違う。ここも……ああ、伝染病ばっか。魔女に関してはもうないのかなーっ、と……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら書庫をなぞり続けていた指が、とある一冊の前で止まる。無意識に止めた指をそのまま引っ掛けて、一冊の羊皮紙の束を引き出した。タイトルは〈フューシャ村惨殺事件〉。
「フューシャ村ってエメリアだよね。山の上の、廃村になった……」
ぱらりと捲り、読み込んでいく。
魔女裁判最後の容疑者である夕星の魔女ジゼルは、生まれ故郷であるエメリア国フューシャ村に住み、村長の息子であるアイルという夫と二人で暮らしていた。しかしジゼルが魔女として連行され、その後魔女の故郷である村は何者かにより壊滅した。これはその壊滅の謎に迫ったドキュメンタリーの資料のようだった。魔女を恨んだ何者か、はたまた野盗か。一夜にして壊滅させられた村は凄惨な様だったようだ。
「これもまた手がかりの一つか……。でも夕星はなんで逃亡してウォルトランドで首を落とされて火焙りにされたんだろ」
エメリアで生まれ、フューシャ村で育った夕星の魔女ジゼル。フューシャ村には夫もいて、順風満帆な人生だったろうに。彼女はウォルトランドに逃亡して裁判を拒否、そしてその罪も含めて有罪とされ首を返還して貰えないままウォルトランドで火炙りを迎えた。大前提として魔女裁判は果たして裁判の意味を成していたのかと言われると、おそらく成してはいなかった。だからこそ、冤罪で首を刎ねられることに納得はいかなかったのかもしれない。
考えても、リラの持つ情報ではこれ以上の推理はしようがなかった。
資料を戻し、また背表紙を順にをなぞっていく。そのままめぼしい資料は見当たらないまま、一時間と三十分程で資料探しを諦めることとなる。
リラが戻る頃にはジークは目覚めており、そのまま仮眠を交代することとなった。ジークとは別の意味でだが、リラも仮眠室に戻ることを拒否した。その前に念の為見つけた唯一のジゼルの資料の引き継ぎをし、そのまま夢の世界へと落ちていく。疲労もあり一瞬で夢の中に旅立っていったリラに、ジークはどこか微笑ましい気持ちを抱いていた。
リラ。怠惰で手のかかる妹のような、だが時々きちんと良いところのご令嬢であることを思い出させてくれる教養と礼儀を持った不思議な部下。女性と言うには幼く、少女と言うには少し大人びている。成人したての、輝かしい女の子。リラを知るたび、ジークは踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れている気分になる。実際、爵位を授与されたとはいえ元庶民であり更には迫害を受けるような一族だったジークと、忌み子と呼ばれながらも由緒正しき侯爵家の娘であり引き取られた先も王家の血の混ざる伯爵家のリラ。最近少しリラが懐いてくれた事実を噛みしめるたび、正直身分の差を感じていた。部下でありそれ以上でもそれ以下でもないとはいえ、由緒正しい本物のお貴族様が側にいるのは、ジークにとって僅かに聖域を汚すような罪の意識を感じさせていた。呪いのようにこびりついている、自分の血の罪を見せ付けられるようで苦しくなる気持ちを乗り越えた時、ジークはリラに本当の意味で信頼を置けるのだろうと思う。そうして、机に突っ伏して背中を丸くしているリラを横目に、静かに資料を纏め始めた。
◇
明朝六時。目立った成果がさほど得られないまま、本日の禁書庫探索は終了となった。公的な許可証を持っているとはいえ夜中からずっと禁書庫は怪しく思われて見咎められても困ると思い、念の為に早朝勤務の人々が出勤し始めるより少しだけ早い時間に切り上げ、ジークの執務室へと戻ってきていた。
「あんなに禁書庫に居て、収穫は四人の魔女の名前と処刑先と首の所在、あと目玉の色かあ〜」
ジークが手ずから淹れてくれた珈琲片手に、リラは前髪を掻き乱した。明らかにストレスマックスです、という顔をしている。同じくジークもストレスに耐えかねているのか苦い顔で珈琲を口に含み、そして、立ち上がった。
「塔の魔女に会いに行こう」
「え゙っ⁉︎」
リラはつい思った。ジークさまがストレスでおかしくなっちゃった、と。
それから三時間後。軽い仮眠を済ませて、二人は再度塔の魔女の秘された塔の真下に来ていた。急展開に困惑していたリラも、ジークの勢いになんだかんだ慣れてしまったのか途中から同調してやる気に満ち溢れていた。なかばヤケクソとも言うノリで発動させた、前回同様の遠見の魔道具、〈星見の鏡〉が大活躍だったのは言うまでもない。
今回は五十段も登らないうちに、塔の魔女の部屋へと通された。
「いらっしゃい。思ったより早い来訪ね」
呆れたような声色の塔の魔女は、安楽椅子の上で黒猫を愛でながらリラとジークを見やっていた。
「ご機嫌よう、魔女。貴女にお伺いしたいことがあり、気が早くも会いに戻ってきてしまいました」
にこりと微笑むジークを胡散臭そうに眺めるが、後ろに控えていたリラと目線があった瞬間、口元をニヤリと緩めた。その瞬間、リラの脳裏には前回耳元で囁かれた言葉が蘇る。
——あなたの血の罪が知りたくなった時、またいらっしゃい。世界を越えし可愛いあなた。
この魔女は、リラが異世界転生者だと知っていた。背中にひんやりとした汗が伝う側から、魔女は楽しげな笑みを浮かべ始めた。
「どうせ呪いのことでしょう。良いわよ、せっかくだし教えて差し上げる」
魔女が指を振ると、三脚の椅子とテーブルが部屋の中央に現れる。そしてテーブルの上には湯気の上がる紅茶が三つ。立ち上がった魔女は席に着いて、テーブルの中央からカップを一つ手前に引き寄せた。紅茶を飲みながら話そうということらしい。リラたちもそれに倣い、それぞれ椅子に掛けてカップを引き寄せた。
「まず翠眼の子。貴方に掛けられた呪いは前回も言った通り〈魔女の意図〉、つまり魔糸。今は失われし神秘の一つね。けど勘違いしてほしくないのが、あれだけ大規模な呪いは流石に魔糸だからでは済まないの。……おそらく、命を賭けて貴方を呪った魔女がいる」
魔女の言葉に、ジークだけではなくリラも固まる。呪いの規模が命を賭けてとなれば、命を賭けていいと思えるほどジーク・ヨルムンガンドを憎んだ魔女がいると言うこと。そんな恨みを知らず、ジークは今まで生きてきた。
「心あたりは………当然ながらありません。今、驚きでなんと言えば良いかも………」
「でしょうね。ただ命を賭してと言うなら、選択肢は絞られるの。今死んだ魔女は、首を刎ねられた四人しかいないのだから」
その言葉に、脳裏に昨日見た資料が蘇る。首を刎ねられ火炙りにされた魔女は、暁、翠眼、宝石、夕星。
「翠眼……とか? 子孫を守るために、気合い入りすぎちゃったとか……」
「可能性としてはなくはないわね。そんなミスをするかどうかと言われると、しないタイプだったと言えるけど」
「う、うーーーん……」
塔の魔女からの指摘にリラは頭を悩ませた。現状、ジークに縁がある魔女は翠眼以外に考えられない。だが魔女曰く、おそらく翠眼ではないと言う。こういう迂闊な真似はしないタイプのようだった。では残る三人のうちの誰かが、とまで考えて爆発しそうな頭を抱え込んだ。翠眼以外に、ジークには他の魔女の縁は勿論ない。あっていけないはずだ。最早頭が痛かった。
「魔女よ。解決策はありますか? 私はどうしても答えを知らなければならない」
今まで黙っていたジークが静かに口を開いた。そうして懇願するように、無意識であろう流し目で魔女を見た。この男は、自分の顔の良さを自覚しているわりに無意識でそれを使うからタチが悪いのだ。伏目がちな瞳を彩る長いまつ毛アンニュイさにリラは思わず身悶えそうになる。そしてそれを真正面から浴びた魔女も流石に戸惑ったような顔で頷くしか無い。
「私以上に精神系が得意な魔女がいるの。その子に頼みなさいな」
さらりと明かされる別の魔女の存在。まだ誰も観測していない第二の魔女の存在に、ジークとリラは思わず目を合わせる。ジークさまどうしますか。国には秘密裏に行動するしかないね。即座にそう目で会話し、口を開いた。
「ちなみにどちらにいらっしゃる、どなたでしょう……?」
塔の魔女は艶々の赤いリップの唇の端を、器用に片側だけ吊り上げて笑った。
「名前は鏡の魔女。妖精の国にいるわ」




