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祝祭の魔女と運命の恋  作者: 咲良ゆら
団長補佐命令編
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団長補佐命令

本日残り三件更新あります!

かつて聖女候補として〈教会〉に所属していた少女が、〈錬金術教団〉に入職した。

 そんなニュースが王宮中で話題になってから、はや三ヶ月。噂の大型新人ことリラ・リュゼミア・リリーベルは現在、人生最大の危機に瀕していた。

 少し血色の悪い唇を噛み、両指をへその前でいじいじと擦り合わせながら青ざめている。気分はまるで針の筵だ。それもこれも眼前にいる男の所為だと、恨めしげに思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 束になった書類が無数に積まれたデスクの向こう。王立組織〈錬金術教団〉の長であるジーク・ヨルムンガンドが、長いまつ毛を伏せて一枚の書類に目を落としていた。

 ブルネットの髪を撫で付け、惜しげもなく晒された額から鼻筋のラインの美しさたるや、国宝と呼んで余りあるほど。あまりにも完成された美貌は、間違いなくこの国の彫像たちと比べた中でも最高峰のものだ。

 この男、王都では顔の美しすぎる男として若い貴婦人たちに大層人気なのである。そんな美貌を目の前にして、動揺せずにいられる女がいるのなら今すぐここに連れてきてほしい。心からそう願った。

 ここは信仰が色濃く根付いた、神が統べる神秘の世界。周りを深い海峡と荒れ狂う海に囲まれたプランガフィールド大陸。七百年前に創造神アルティヌウスが一掴みの塩と泥を混ぜて創ったと言われている。現在六つの国からなるプランガフィールドは、日々領有権を争ったり、同盟を組んだり、国同士の仲は様々だった。

 大陸一の大帝国〈ナル・クリオイ〉冬の長い国〈ロメルス〉、太陽の堕ちる国〈ウォルトランド〉、軍事公国〈セーレ〉、小さな東国〈華の国〉。

 そのなかのひとつ、緑の美しい国〈エメリア〉。それがリラたちの生きる国の名である。

「リラ・リリーベル」

「は、はい」

 ス、と蜂蜜を溶かしたような黄金の瞳がリラを捉えた。薄く垂れた前髪の奥から淡く緑がかった宝石のような眼に見つめられると、居心地の悪さは最高潮になる。彫刻のように美しい顔に見つめられて、平常心を保てる女はこの世には少ないのだ。身体がガチリと固まり、リラは良い意味でも悪い意味でも心拍が段々と上昇していく。

 伝う冷汗を拭うことも出来ないまま、脳裏には走馬灯のように今朝の出来事が蘇っていた。

 今日もいつも通りの一日のはずだった。錬金術師として入職して三月、現在新人錬金術師としての研修期間中であるリラは、新人らしく日がな一日回復ポーションの鍋を煮詰めて過ごす予定だったのだ。鍋を見つめながらボケッと心穏やかに過ごしていたところに突然もたらされたのが、教団のトップことジークからのこの呼び出しである。

 今回はまだ、なにもやらかしてない。瞬時に頭の中を占めたのはそれだった。

 かつて問題児として名を馳せてしまった教会生活での反省を活かし、錬金術教団ではこれ以上目立ち過ぎないよう比較的大人しく穏やかに生きていたはずだった。きっと勘違い、または人違いであるはず、そうあって欲しい。だがその思いも虚しく、気づけば団長室のデスクの前で姿勢を正すことになっていたのが数分前のこと。沙汰を待つ罪人のように気分はしっかりと急降下だ、

 緊張が顔に出ているリラを安心させるように、ふとジークの目が穏やかに細められる。その表情に怒られるわけではなさそうだと、わずかに安堵した瞬間だった。

「そろそろ研修期間も終わるだろう。よって君は本日付けで私の補佐になる……いいね?」

 形のよい唇から微笑みと共に投下された爆弾。ん? と聞き返しそうになったのを堪えることが出来たのは、純粋に脳の処理が追い付かなかったからだ。

 ジークはなんでもないように笑いながら、今ほど目を通していた一枚の紙をリラに見せつけた。


 ――辞令。リラ・リリーベルは本日を持ってジーク・ヨルムンガンド団長補佐の任に就く。

 

 そこにはしっかりとリラの名前が記載された正真正銘の任命書。裁可したのはなんとこの錬金術教団を抱えるエメリア王国の第一王子ルーイエ。光輝くような王家の印が、拒否権はないと言外に告げているようなものだった。愕然と目を見開くリラは、数回任命書を目でなぞりようやく内容とジークの言葉を咀嚼する。

「……あの、恐れながら申し上げますが。わたしはまだ新人で団長のお力になれることは何もないかと。光栄ではありますが、身に余ると言いますか身に過ぎるというか……」

 恐る恐るの発言になるのは、王命に対する反意と捉えかねられないからだ。

 三ヶ月前に錬金術師の肩書を手に入れたばかりのほやほやの新人が、組織の頂点の補佐に就くなど前代未聞である。ましてやリラは教団に所属してからはほかの新人たちと同じくポーション作りや素材の在庫管理など簡単な業務にしか携わっていない。人と違う点といえば肩書と経歴が少し変わっていることくらいだが、それだけで補佐に選ばれるわけなどない。

 明らかに何か大きな思惑が隠された辞令だった。最早大きすぎて、隠れてもいないが。

「うん。でもこれはルーイエ殿下の王命だからね? それに君は成績優秀者だから、こういった機会に経験を積むことで昇進の糧にしなさい」

 しどろもどろと言い訳を並べたリラに、にっこりと微笑むジークは有無を言わせない。

 確かにリラは、名誉なことなのであろうが天才として名を馳せてしまっている。聖女候補になれる才能を持ちながら、錬金術師として稀有な才能を発揮した稀代の天才。それがリラの今の肩書だ。実際は聖女の才能なんてこれっぽっちもなかったし、錬金術師としてはたまたま少しだけ稀な才能を持ち合わせていたくらいだ。たった一度、まぐれで才能を評価されただけ。それが嫌であまり悪目立ちしないよう大人しく日々を過ごしていたのだが、やはり噂はひとりでに歩き回りとんでもない方の耳にまでお邪魔をしてしまうらしい。

 名前だけがひとり歩きをしているリラでも、上は野放しにするつもりは毛頭ないということだろう。ネームバリューはどの世界でも注目されるものである。一般のその他大勢錬金術師としてやんわり生きて行く予定だったリラだが、その夢はたった今早々に阻まれた。

 上司からの命令に逆らえるような立場でないリラは、ごねごねと組んでいた指先を擦り合わせてから、ふと諦めたように肩を落とした。元より拒否権はないとは思っていたが、ほんの少し悪あがきをしてみただけなのだ。

 そうして今までフラフラと彷徨わせていた視線を初めてジークに向けた。

「リラ・リリーベル。誠心誠意お仕え致します、ジーク・ヨルムンガンドさま」

 ミルキーアメジストの瞳がジークの黄金を見据える。光に透ける淡い紫の美しい双眸は、静かに覚悟の炎を灯していた。

「……期待しているよ」

 キュッと吊り上がった目尻が穏やかに緩められる。偽りなく寄せられる純粋な期待に、リラは静かに頭を下げる。あのジーク・ヨルムンガンドからの言葉一つで簡単に胸に湧き上がる歓喜は、お前は単純だと言わんばかりにジリジリと背骨を焦がす。余計なことを口走りそうになる口を必死に噛み締め、更に頭を低くした。

 リラは今日から、錬金術教団団長補佐だ。

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