08
ただの平民どころか迫害を受ける立場であったジークが、なぜルーイエの護衛騎士を務めていたのか。それはひとえに、ルーイエのちいさな我儘から始まった。
幼きルーイエが護衛騎士に求めたのは、剣の腕と――見目の麗しさ。幼少の頃より美貌の王子として称賛を受けていたルーイエは、己の美貌に相応しい者を周囲に置きたがる悪癖があった。そしてルーイエの希望により若き実力のある騎士たちが集められた中で、一際輝くような顔を持っていたのがジークだった。冷遇を受け孤立しがちでどこか陰鬱な様子も、ジークの顔を持ってすればアンニュイなさまとなる。どこか淫靡さすら感じる陰のある雰囲気は、彫刻のような顔立ちと相まって幼いルーイエを虜にした。あの美しい顔の男が欲しいと名指しで選び、問答無用で一番側に置いた。
「俺は顔がいいだろう? だから、隣に置くなら俺に相応しいほど綺麗な顔をしたやつではないといやなんだ」
ティーカップ片手に、テラスから薔薇園を見下ろしながら穏やかに語った幼き王子の傲慢さが、当時のジークは救済の光に思えた。
どれだけ血を理由に側に置くことに苦言を呈されてもルーイエは意見を曲げず、ジークを隣に置き続けた。
呪われた血などどうでもいいと言わんばかりに、ジークの整った顔を気に入り、だから側に置く。血のせいで距離を置かれ続けた人生で、唯一その身に流れる血に興味を示さないでくれた。それだけでよかった。
今はその傲慢さもすっかりなりを潜め、冷静で穏やかな王子となってはいるが、こうして二人きりになるとかつての顔をジークにのみ見せてくれるのだ。
友のように、時には兄のように慕ってくれるルーイエだからこそ、ジークは絶対の忠誠を誓うことが出来た。
「今回、なかなかきな臭かったな」
執務机に肘をついて気だるそうにため息をついたルーイエに、ジークは静かにソーサーとカップを眼前に置いた。
「まあ、魔女自体ここ百年姿も現してないからね」
ティーポット片手に曖昧に微笑むと、ルーイエは静かに片眉を吊り上げた。ジークがルーイエに対して何かを誤魔化すような態度を取るのは初めてのことだ。
「またヨルムンガンドの血で騒ぎ立てる者でもいたか?」
ルーイエの問いに、そっと首を横に振るに留めた。
「俺自身は何もないよ。……まあ、うちの新人が少しね」
ジークの元の新人でルーイエの耳に届く人物はただ一人。元聖女候補という肩書きは、なかなか注目を集めやすい。
「いい意味なのか悪い意味なのかは気になるところだけど……まあ、いいんじゃないか。面白いことが起きそうで。お前は自分の思うがまま、自由にしていいんだよ」
にやりと笑うルーイエ。面白い経歴の女に振り回されているであろうジークを面白がるのを隠そうともしない様子で、ジークは曖昧な笑みを返すほかない。
自由にしていい。後ろめたいことがある今、その言葉が少しだけ罪悪感を楽にしてくれる。そういう意味合いでなかったとしても、ルーイエからの許しがあったという事実が胸を軽くし、ジークは秘密を守り通すことに覚悟を決める。
「それにしても、リリーベルの養子ねぇ……」
ゆるやかにカップに口をつけたルーイエは、リラの肩書き云々以前に、ある理由からリラの存在を把握していた。
リラ・リリーベル。リリーベル伯爵家に養子に出された、ハートウェル侯爵家の忌み子。その名を知ったのは、数年前のことだった。
最近までルーイエの婚約者候補のうちのひとりに、ハートウェル侯爵家の長女が挙げられていた。名を、ララ・ハートウェル。ストロベリーブロンドの髪が美しい彼女は、このエメリアではかつて凶星と言われる双子の姉妹だった。
ひとつの魂をふたつに分けるとされ、不完全なものにしかなれないと言われていた双子。数百年前までは双子は後に生まれた方を殺すという悍ましいしきたりもあったが、ここ近年では罪とされ、双子は忌避はされるが罪ではないとされてきた。しかし、よりにもよって古きを尊ぶ侯爵家で生まれしまい、焦ったハートウェル侯爵が後に生まれた方を孤児院へ捨てようとしたが、それを見かねた夫人の実家であるリリーベル伯爵家が引き取ったというのはこのエメリア国の高位貴族内では有名な話だ。
「お前も知っているよな? 彼女がハートウェルの双子の一人であることを」
「……うちに所属するときに経歴の確認はしました」
「凶星の双子、元聖女候補、主席の天才。……面白い経歴だよなあ、ほんと」
くるりとカップの中身を回しながら、ルーイエは心底面白いと言わんばかりの顔でジークを見つめた。明らかに面白がった雰囲気に、藪蛇を避けるために口を噤むのが最善である。二人は無言で微笑み合う。
「……そういえば、来月に行われる式典だけど」
話は終わりとばかりに話題が移り変わる。
リラの存在が、今後どう影響を及ぼすのか。吉と出るのか凶になるのか結論が出せないまま、ジークはルーイエの話に耳を傾けた。
***
包帯に包まれた薄い胸板が、浅く上下している。注視しないと息をしているのか分からないほど、ライアの呼吸は静かだった。
錬金術教団にライアを連れ帰ることは憚られたジークの指示により、リラはヨルムンガンド邸にてライアの監視を任されていた。ジークから先触れは出ていたので屋敷の人々は訝しむことなく、突然現れた満身創痍の女と簀巻きにされた男を秘密裏に離れの静かな部屋へ通した。そしてジークの主治医である口の固そうな老医により細かい手当や診察を終え、静かに眠り続けるライアをぼうっと見つめ続けて今に至る。
ライアと最後に目が合った時、心臓が強く軋んだ感覚があった。そのまま炎に呑まれる姿に、どうしてかひどく身を裂くような痛みも覚えた。
リラを殺そうとした帝国の暗殺者。見知らぬ男。殺されそうになったのに、ジークに刃を向けたのに。なのに何故だか憎めずにいる。
「あなたって、なんなの? リラと何か関係があるの? わたしはあなたのこと一つも知らないのに、まるで体があなたを覚えてるみたい。変な感覚……」
思わず唇からぼやきがこぼれ落ちる。ライアは変わらずか細い呼吸のまま眠り続けている。
莉良はライアを知らないが、リラの身体はライアに反応している。傷ついたライアを見て悲しみを覚えるのは、間違いなくこの身体の正しいリラの魂が持つ感情なのかもしれないと。仮定を立てても、リラの肉体にあるのは莉良の魂であり、ライアは目覚めず、その答えは今は誰にもわからない。
「はやく目覚めて答えを教えてよ……」
ジークに焦がれた気持ちと、ライアに対する不可解な感情。相反する二つの感情がリラの中で渦を巻いていた。




