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祝祭の魔女と運命の恋  作者: 咲良ゆら
魔女探索・塔の魔女編
13/23

05

 冷えた石の塔を上る。窓一つない塔はじめりとした湿度が纏わりつき、知らずに滲んだ汗が首筋を伝っていく。筋張った首筋に雫が流れていくのを、リラは数段下を上りながらぼうっと見つめていた。

 もう何段昇ったのであろうか分からなくなるほど、二人は上へ上へとのぼらされる。終わりの見えない階段ほど心が折れそうなものはない。一時間ほどのぼらされたリラの足はすでにパンパンで、ポーションを流し込みながら最早気力と惰性でのぼっているも同然だ。

「……リラ、身体は大丈夫?」

 三本目のポーションに口をつけた時、ジークが振り返る。心配そうな色の瞳で、リラの身体を気遣っていた。

「しんどいですけど、まだ誤魔化せる範囲内ですねえ。ジークさまは?」

「私は平気。こういう時のためにこれはあるからね」

 ジークがにこりと笑って太ももを叩くと、パアンと小気味いい音が塔の中に反響した。わんわんと響いていく音を聞いて、リラもにっこりと笑顔を返す。たいへん素晴らしい質量の筋肉ですね。ともすればハラスメントになりかねない発言を、ぐっと飲み込んで当たり障りのない返事を返す。

「ジークさまはあまり疲れてなさそうですね」

「皆無ではないけど……騎士団で鍛えられた成果かな」

 緑に囲まれた美しい王国エメリアは、四方を他国に囲まれた山の谷の国だ。国同士に敵対の意思がない場合にしても、山を越えてエメリアに害を成そうとする賊がよく現れる。大方は宝石産出国大陸随一の名に目が眩んでだが、裏に潜むものがまったくないとは限らない。その賊を国境付近で征伐するために、エメリアの騎士団は国を囲う山々の東西南北どこまでも駆けつけなければならない。若かりし頃を騎士団で過ごしたジークは、まさしく縦横無尽にエメリア中を駆け抜けて鍛え上げられたのだろう。

「……エメリアは宝石と神秘と外敵の多い国ですしね」

「外敵は多くなくていいんだけどね、本当に」

 全くと言っていいほど前線に出ない錬金術教団ですらある程度は身体を鍛えさせられるが、特に最前線に立つ騎士団はみな相当なものだ。諸外国に堅牢堅固のエメリアとすら呼ばれる彼らは、分かりやすく筋肉のかたまりだった。

「まあ、何が来ても我々は勝つ。エメリアの名に恥じないために」

 対人の騎士団を持つ国は多い。けれど、魔術教団・錬金教団・教会の全てを国が所有しているのはエメリア国が唯一と言っていい。それもすべてはエメリアにおける神秘の空気が濃いことが理由だ。

 エメリアは大陸で唯一、国のどこかに妖精国への入り口がある。それはエメリアからの英雄が妖精女王と婚姻を結んだ結果もたらされたものでもあるが、その以前より入り口未満の穴は存在していたらしい。そして妖精あるところに蛇もまた存在する。地の果ての入り口も、エメリアのどこかに存在している。妖精を食らうもの、悪しき地下の世界のおぞましき命。一つ下の次元で、リンドヴルムは今も脈動を続けながら眠っているのだろう。宝石がよく採れるのも、外敵が多いのも、――力を持つものたちが強くあるのも全てをエメリアたらしめる。

 そういった理由から、美しい王国でありながら対魔の最前線でもある軍事国家としてエメリア王国は存在している。ジークはエメリアを守ることを、誇りに思っていた。

「私はこの美しい国を守るためにある、――あの尊いお方の住まうエメリアを命を懸けてお守りするのがヨルムンガンドに生まれた意味なんだと思う」

 黄金の瞳を伏せて笑う姿に、思わず言葉を飲み込んだ。己が言葉を返す資格がない、そう思った。だって〈莉良〉は識ってはいるが、〈リラ・リュゼミア・リリーベル〉としては何もジークのことを知らない。この知識は、物語の一編でしかない。目の前で息をする美しい人の人生を、何一つ知ってはいないのだ。彼が受けた痛みも、傷も、愛だって。どう足掻こうがリラは、心に一つも触れさせて貰えない。博愛の一部を受けた数いる部下のひとりでしかないのだろう。

(宝剣の遣い手、蛇殺しの一族、その名を懸けても守りたい人は――)

 ヨルムンガンド。蛇殺しの一族、呪われし血。魔女の血族として畏怖され、罪の血と一時は迫害すら受けた存在。

 ジークだって最初からずっと、聖人のような男だったわけではない。かつては物静かで常に一歩引いて微笑んでいるような、存在感が薄い存在だった。生まれながら博愛の賢人だったけれど、その優しさ故に向けられる人々の悪意に挫けそうだった時期があったからだ。けれど、彼は救いを見いだした。迫害を受けた身として、同じく迫害を受けるものに手を差し伸べられる優しさをずっと捨てられなかった。けれどヨルムンガンドの名を持つジークの手を取るものは今までいなかった。だというのに、アルバートはその手を握り返してありがとうと笑ってくれたのだ。英雄アルバートのひたむきな純真さに心を打たれ、そうして彼は唯一の友を得た。

 友のためにと立ち上がり、唯一の友と歩んだ数々の冒険の果て、英雄の仲間としてエメリアの伝説に名を連ね、ついには爵位まで与えられた。迫害された一族は、ジークの功績でもう謂われなく害されることのない立場を手に入れた。……華々しい縁と共に。

 呪われた血と迫害され、平民だと侮られ、辛酸を舐めた時代は終わったのだ。捨てずに大事に持ち続けた無償の愛が、悪意に打ち勝った。――そういった姿が、あまりにも気高く美しく、リラは好きになったのだ。

「……わたしも、あなたの力になります」

 その命を懸けるというなら、その命を守るために。その愛のために。リラはジークの愛を守るためなら、命だって懸けられるだろう。

 まるで眩しい光に導かれるかのように。一段、ジークへ近づいた瞬間だった。

「まるでロマンス小説の茶番のようね」

 ため息交じりの声が響く。冷たさを孕む冬の水面のような声だった。ジークの指が柄に伸びる動作を待たず、景色が瞬きの間に一変する。

 じめじめとした石の塔から一転、大理石が敷き詰められた大窓の広間にジークとリラは立っていた。今度こそ柄を握り締め、宝剣が抜かれる。切っ先が照らす逆光の大窓の前、青い薔薇に囲まれた安楽椅子で彼女は退屈そうに揺られていた。

「私の空間へのこのこやって来た愚か者たち、ようこそいらっしゃいまし。私がこの塔の主」

 青み掛かった銀色の長い髪。ぞっとするような美しさを持つ宝石の瞳の色は、青と金の宝石。全てを凍てつかせるような冷たい色が、無感情に二人を見つめる。

「冠する原罪の名は虚飾。その名は、塔の魔女と」

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