03
――紫電一閃。白光の切っ先が空を薙ぎ、それを防ぐように鎖が舞う。鉄同士が激しくぶつかり合い火花を散らすのを、リラは生まれて初めての恐怖を覚えながら呆然と見ていた。
ジークから繰り出されるのは一寸の狂いもなく首を狙う一撃。それを悠々と受け流しながら、ライアは依然としてリラを拘束し続けている。剣戟がぶつかり合う直前ライアの肩に荷物のように背負われたリラは、図らずしも戦いの最前線デビューをしてしまった。身体にダイレクトに伝わる鉄がぶつかり合う衝撃や、真剣な命のやり取りの最中の息遣い。その全てが、いままで近くて最も遠かったものから一転、眼前にあるものへと変わっていた。
打ち合いを繰り返し、互いに体勢を立て直そうと距離を取る。息一つ乱さず向かい合えば、黄金の眼が意思を持って煌めいた。
「そろそろリラを離して――貰おうか‼︎」
剣を構えなおし、宝剣の切っ先が太陽を反射させる。
「聖なる陽光よ、裁きの炎を!」
それは太陽の剣。
――罪あるもの全てを燃やし尽くす天の白光。
太陽の女神・アルステトラが持つ陽光の瞳の光を溶かし込んだ、エメリアの宝剣。
「げ、〈魔女の宝剣〉……!」
そこで初めてライアに焦りの色が宿る。まばゆいまでの宝剣の光に、警戒したようにさらに距離を取ろうと体勢を立て直す。抱えられたリラも、呆然と切っ先の光を見上げた。
この大陸に現存する数少ない魔女の宝剣のうちの一つ、宝石の魔女が打った〈太陽の剣〉。それがヨルムンガンドに古くから伝わる一本の剣で、エメリア国の国宝の一つに数えられる。刃の部分が美しい宝石で出来た、宝石の魔女にしか造ることが出来なかった幻の宝剣。
リラも開いた口が塞がらない。かつてジークがその宝剣を振るったのは、かの悪竜との闘い時のみだと記憶していた。こんなにところで、帝国の暗殺教団相手に気軽に振るっていい剣では、決してない。
「こ、国宝なんで~~⁉︎」
零れた言葉は、もはや半泣きだった。かつてうっとりしながら読んだ〈推し〉の最大の見せ場、太陽の剣の真名開放のシーン。それがまさか、自分を助けるためにスナックをつまむ感覚で気軽に真名開放を行われてしまった。――実際はけして気軽ではないのだろうが、リラからすると憧れ続けたものが自分のために消費されることに解釈違いを引き起こしてしまう。己の為に使われる国宝。その一文で胃がひっくり返りそうな気分だ。思わず胃酸が湧き上がりそうなのを堪える隣で、ライアは眉根を寄せながら唇の端を吊り上げた。
「エメリアの国宝って噂には聞いてたけど本当に一目で分かるもんなんだ! リンドヴルムに傷を付けたって噂の大層な宝剣を、たかだか女一人のために抜いちゃっていいんだか」
「構わないね。お前は今ここで殺す、そうすれば真名開放を行ったことは俺とリラしか知らない。真名開放は行われていないと言えばそれまでだ」
金の瞳と視線がぶつかる。そこにいるのは錬金術師のジークなのか、リラが焦がれた騎士としてのジークなのか。どちらとも判別を付けられない瞳は、明確なライアへの敵意が宿っている。
そこまでして守ってもらう価値も、助けようと宝剣を使う価値も、リラは持ち合わせていない。思わず拳を握り締めた。
ライアの手が鎖を握り締める。真名開放に、余裕のまま呆れたように笑っている。大々的に剣を抜いたが、手元のリラがいる限りジークは大技を使えない。太陽の剣はすべてを燃やす炎であり、悪竜にすら傷を残すもの。そんなものを使えばライアもリラも一瞬で灰燼と化すだろう。
「おれごとやる気? 助けるっていいながら一緒に燃やしちゃ世話ないけど」
「リラには宝剣の加護がかけてある。少し怖い思いはさせてしまうけど……燃えるのはおまえだけだよ」
一転。ライアの瞳が見開かれ、瞬時に身を守るかのように鎖を宙に舞わせた。けれどもう遅い。
――剣が横薙ぎに払われる。一拍置いて、風圧と共に意思を持った轟炎がライアへと襲い掛かる。その足を呑まんばかりに、白金の炎が渦を巻いていく。
「クソ、割にあわないなぁ……!」
炎を避けながらライアが悪態をついた。リラを抱えたまま太陽の剣の炎から逃れるのは限界がある。轟、という音と共に一段と大きい炎の渦が足元より湧き上がる。
「ああ――ほんとうに、クソったれだ」
――リラを拘束していた手が離れた。炎の外に弾き出されるように、リラの身体は空に放たれる。
思わず振り向いた時、蒼い瞳と目があった。感情を読みとる間もなく、炎の中に消えていく。リラはその場に膝をついて、呆然と高く燃え盛る炎の渦を眺めることしかできない。
ごうごうと、周囲を囲むように白金の炎が波のように押し寄せている。眩い光の色に目が眩み目を閉じたその時。
「リラ!」
目の覚めるような、まっすぐな声に瞼を開いた。
炎の向こうからリラに向かって、手が伸ばされている。
それはずっと焦がれた手のひらだった。彼はいま、リラを助けるためだけに宝剣を使い、こうして必死に助けようとしてくれている。
(この人は――どうしてわたしなんかにも、こんなに必死になれるんだろう)
取るに足らない、ただの部下だと。そう切り捨ててくれればよかったのに。
けれどリラが憧れ続けて焦がれた人は、リラにこんなにも心を砕いてくれる。身体を張ってリラを守ろうとしてくれる。
優しい人柄なのを知っている。無償の愛を多く持つ人だ。面倒見がよく、弱きを見捨てられない。だからこそ、最弱だと馬鹿にされていたころの英雄を唯一の友と呼べる優しさに、リラは心を奪われたのだ。
〈推し〉だと遠くで眺めているだけで満足だった。毎日傍に置いてもらえるようになってからは、必死に自分の心を誤魔化した。推し。推し。好き。いいや違う、好きにはならない。なってはいけない。恋など、身に過ぎた思いなのだ。
遠いところから、少しだけ、うっとりと眺めさせてもらえるのならそれでよかった。
――好きになると欲しくなる。手に入らないものに焦がれるほど己が哀れになる。
けれど、いまリラに向けられる無償の愛は――リラの手に収めても許されるのだろうか。
「ジークさま……!」
手を伸ばし――指が触れる。
「――よし、おかえり!」
抱きとめられた身体が、歓喜で震える。腰に回った腕は愛しい人を抱きとめるような優しさではないけれど、その力強さにはリラにも許された博愛なのだと雄弁に語っている。
白金の炎を背に、美しいかんばせでジークは微笑む。リラも、ややあって微笑みを返す。
「……はい。ありがとうございました、ジークさま」
心の奥底。卑しい欲が、そろりと首を持ちあげていた。




