0009 沈む船と逃げる鼠
ヴァベル・タチウス大統領は、この日、アッシュハウスの大統領執務室に1人の男を呼びつけていた。間違いなく現時点の惑星「テラース」の経済界において最も大きな存在であるゼータ商工会、その指導者であるエンバーデル・ハスミトンである。ファンは彼を「ビジネスのカリスマ」と呼び、アンチは「旋毛から爪先まで欲で出来ている」と言わしめる、資本主義の権化の様な男だ。
「ベクトルスタンでは失敗した。「ヘルベルダー」の首謀者も捕らえられず、幹部も散り散りになって其処彼処でテロ活動を始めている。今度のメロス国への侵攻作戦に置いては、貴殿のゼータ商工会により復興事業を担当して貰いたい」
「お断りします」
バッサリと言い放つエンバーデル。訳を聞かれる前に、自分から説明を始める。
「今回の戦争は純然たるソメリト合衆国の私怨の戦争です。国際世論は無論のこと、国内世論も急速に反戦気運が増しています。全ては、あの声明が原因です。存在しない「大量破壊兵器」を破壊する為に戦争をするというのは、強引に過ぎます。これで勝ったとしても、メロス国の民衆は敗北しても納得は行かないでしょう。また新しいテロ組織を産み出す精神的な土壌となるのは必至です」
ここで、一息入れる。ヴァベル大統領の表情は、怒りと混乱よりも、冷静な感情が浮かんでいた。
「そこへ、我々が資本を投じて現地の経済を掌握したとしても、上手く行く筈がありません。働かなければ食っていけないのは万国共通ですが、我々にこき使われるくらいならば、テロ組織に身を投じるでしょう」
「だが、ヴァーモント戦隊がある」
「あんなのは失敗します」
またバッサリと否定する。
「効率化・デジタル化・省エネ主義、全部机上の空論です。経済と同様、戦争もまた制御不可能です。出来る事と言えば、「波」に乗って可能な限り儲けて、過ぎ去ったら次の「波」を待つだけです。ヴァーモント戦隊は、理屈のみにて出来上がった、頭でっかちな作戦です。上手く行くのは最初だけで、後でボロが出るのは誰の目で見ても明らかです」
「では、どうすればいいのだ」
「既に議会では、閣下を弾劾する運動が起き始めています。本日、私をここへ呼んだのはそれを見越して、味方を増やそうと思ったのでしょう」
ここで、ヴァベル大統領の表情が初めて歪む。
「残念ですが、我がゼータ商工会は、閣下に力添えする事は出来ません」
「メロスには石油があるぞ」
「誰が掘るのです。メロスの国民は、ソメリト合衆国の為に働きません。我が国から派遣したら、テロの標的となるだけです。残念ながら、現時点でのベストな選択は閣下が弾劾裁判にて辞職する事です」
「それは出来ない。何故なら、今正に第1ヴァーモント戦隊がセントラル・イースト地方に向かっているのだ。準備期間の半年で、戦隊は完璧に動ける様になった。メロス軍相手ならば負ける気はしない」
「いえ、負けるのはソメリト合衆国です」
「何を根拠に、そこまでこの戦争に反対する」
「セントラル・イースト地方は、雑多な民族・宗教・文化が、ギリギリの均衡の上で成り立っている土地で、しかもその領土は広大です。これを「資本主義化」して「民主化」するのは、物理的にも理論的にも不可能です。このソメリト合衆国に匹敵する土地を平定するのに、どれだけの金と時間が失われるのか。大統領閣下であれば、この程度の事は理解出来ると思っていたのですが」
「だが、「ヘルベルダー」の指導者であるレンヴェル・マニストに対する支援を断つのには、こうするしか無いとは思わないか」
「思いません。経済制裁、国際指名手配、外国人の出入国検査の強化、テロに関連する犯罪の重罰化、出来る事は幾らでもある筈なのに、何故に負けると分かりきっている戦争に身を投じるのか」
ヴァベル・タチウス大統領は、ここでようやく怒りを面に出す。
「では、如何すれば良いのだ、一体私に何をしろと言うのだ」
「この作戦を白紙に戻すか。あるいは弾劾裁判にて辞職して次の世代に任せるか。そして、このまま初志貫徹して亡国への道を歩むのか」
「君は如何するべきだと思う」
「どうでもいいです。本社をより税金の安い、安定した国に移転して、これまで通りにビジネスを展開するだけです。我々は慈善家でも無ければ思想家でもありません。そう言う事は広報部に仕事をさせるべきです。我々はビジネスをしているのですから、儲からない商いにはそもそも手出しはしません。あの広大な土地を支配できると思うのは、明らかに傲慢です。4200の犠牲者も、グラウンドゼロにて悔し涙を流しているでしょう」
例え相手が世界唯一の軍事大国の大統領だろうと、儲からない話には乗らない、言いたい事は全部言わせてもらう、言うべき事はハッキリ言う。世界最強のビジネスマン、かくありき。結局、ヴァベル・タチウス大統領は、コテンパンに論破された挙げ句に、恐らく超党派でもって動きが活発化されている弾劾裁判の動きにゼータ商工会が協力的であると言う、知りたくなかった事実もセットで叩き付けられていた。
だが、悔しいがエンバーデル・ハスミトンの指摘は全て正しい。あの広大で複雑なセントラル・イースト地方を戦場にするのは、あまりにも無謀である。兵は死に、あるいは傷つき、そして心を壊されて社会に戻ってくる。いや、そうはならない。ヴァーモント戦隊を用いれば、兵員は1万で充分だ。であれば、戦死者も相当抑えられる筈だ。ソメリト合衆国は、必要最低限度の犠牲でもって物事を治められる筈だ。大丈夫、ソメリト合衆国は必ず勝つ。
それを証明する為にも、第1ヴァーモント戦隊にはメロス軍を最小限度の犠牲でもって壊滅してもらわなければならない。
「ゼータ商工会としては、そう言う事だろうな。あのビジネススーツを着た強欲の神が、例え大統領相手でも1歩も引かずにやりあったか」
「いや、現大統領だからこそ強気に出られたんだ。超党派でもって弾劾裁判に向けた動きが出ているのと、国内世論や国際世論の支持を得られていない大統領を相手にして、何で優しく出来るんだ」
「溺れかけたアヒルを助けるつもりは無いというのだな。あの男も終わりだ。弾劾裁判に持っていけなくても、次の選挙で負けるのは目に見えている」
「次の大統領は、野党から出るな。ジャッケル・クラウン議員が最有力視されているな」
「彼で決まりじゃ無いか? この際、あの大統領で無ければ良いんだ。何はともあれ、ヴァーモント戦隊の活躍次第だな」




