0007 ヴァーモント戦隊
セントラル・イースト地方にて、親ソメリト合衆国の国々は、口も出さねば兵も出さぬと言う立場を堅持しており、次に因縁をつけられたメロス国については、同情しつつも助けには行かない。仲介を申し出る国がポツポツと出て来ては、ソメリト合衆国の軍・官の報復派により交渉を阻まれていた。
こうなると、メロス国としては、ソメリト合衆国の民意に訴えるしか無かった。ベクトルスタン国での戦争では、圧倒的に劣勢のテロ組織「ヘルベルダー」が行った陽動作戦により、その一部にかなりの犠牲を強いられていた。ソメリト合衆国の国旗に包まれた棺が、現地に建設された軍事基地の安置所にズラリと並ぶ光景は、紛争省が検閲に乗り出そうとした写真であった。
そうでなくても、「対テロ攻撃」と称した民間人への理不尽な攻撃とその惨禍は、ジャーナリストにより次々とソメリト合衆国並びに全世界に広がっており、反戦気運は合衆国のみならず、全世界に広がっている。メロス国とベクトルスタン国では、経済規模も違えば、人口も多く、巻き込まれる市民と被害について、想像するだけでも背筋が凍り付くレベルである。
何よりも、報復派の言い分が酷すぎた。ベクトルスタン国にて取り逃がしたテロ組織「ヘルベルダー」の指導者、レンヴェル・マニストの有力な潜伏先であるとして、出兵の理由を探ろうとしていたのだろうが、その理由はこれだ。
「メロス国は極秘裏に合衆国を標的とした非人道的な大量破壊兵器を開発している」
大量破壊兵器。と言う言葉で濁しているが、その大量破壊兵器というのは具体的にどんな物なのか。毒ガスなのか、それとも未だに惑星「テラース」にて使われた事が無い禁断の兵器、核兵器なのか。しかし、原発すら無いメロス国にて核兵器が造れるのか。否、仮に原発があったとしてもホイホイ造れるわけでは無い。
まぁまぁ、もし核兵器が存在したとしても、ソメリト合衆国とメロス国は惑星「テラース」を半周しなければ辿り着かない。「テラース」を半周する様な大陸間弾道弾を開発する能力は、矢張りメロス国には無い。
報復派の主張は、この通り、穴だらけであった。ベクトルスタンは長年国政を担っていた政府が国外脱出して事実上の亡命を果たしており、衛星国化の為の選挙・投票・組閣・議会政治の成立等々、強引に推し進めているが、これも問題だらけである。そもそも、「政府」と言っても地主や豪族がコネで創り上げた組織である。ソメリト式の議会制民主主義を1日や2日で根付かせるのは無理があった。
慎重派は何としてもメロス国侵攻計画だけは阻止するつもりで、全力で抗議活動を展開していた。ベクトルスタン国で発生した、そして発生している犠牲については過ぎた事だ、仕方が無い。でも、メロス国まで手を広げるというのは、あまりにも危険な行為である。報復派、ギガント・クルス作戦大佐は食い下がる。
「メロス国は「ヘルベルダー」とその系列組織に有形無形の支援を行っている。あの国が有る限り、我が国の安全保障は不安定なままになる」
苦しんでいるな。慎重派の筆頭であるヴァールトン・カシミリア作戦中佐は、ギガント作戦大佐の顔を見ながら思う。ベクトルスタン国での失敗を、メロス国で取り戻そうとしている。確かにセントラル・イースト地方にて友好的な関係を構築できなかった国であるが、だからと言ってこんな杜撰な計画と動機で出兵すれば、それこそ国益を損なう結果となる。
逃げられたテロ組織の指導者を支援している国に対して、有りもしない大量破壊兵器を破壊する為に、合衆国の若者と、メロス国の若者の血と涙を流させるのだ。これぞ「政」にて最も理不尽な場面を絵に描いて額に入れたかの如き状況である。こんな理由で、また戦死者の棺の需要が高まるのかと思うと、ヴァールトン・カシミリア作戦中佐を筆頭とする慎重派は暗澹たる気分を味わっていた。
「己の過ちを認めるのは勇気が要ります。しかし、勇気ある者にのみ神はチャンスを与えます。少なくとも、勇気の無い者に対して神が贔屓した事は歴史上1度もありません」
アッシュハウスにて、もう人生生きてきた中で最も長時間押し込まれたと思える、一番広い会議室にて、ヴァベル・タチウス大統領は、慎重派と報復派、双方の意見を聞き終えて、矢張りヴァールトン作戦中佐と同じ感想を抱いていた。ギガント作戦大佐を筆頭とする報復派は、明らかに主張や議論に「きれ」が無い。あの大量破壊兵器云々についても、苦しい言い訳なのは本人達も承知しているところだろう。加えて、ベクトルスタン国の戦後処理についても、膨大な予算と人的資源が投じられている。メロス国はベクトルスタン国よりも経済規模も国力も大きく強い。戦えば勝てるだろうが、こちらの出血が大きくなりすぎて、国が傾きかねない。
もう個人的動機よりも、報復の為の報復になりつつある。幾ら無敵のソメリト合衆国軍と雖も、こんな戦いを10年や20年続ければ、財政が破綻して2度と立ち直れなくなる。
何よりも、ベクトルスタン国は勿論、メロス国にも、攻め込んで占領下においても「見返り」が無い。石油はとれるかもしれないが、採算が取れるのか。血と涙だけ流して、莫大な予算を穴に放り込み続けて、そうまでしてレンヴェル・マニストの首をあげたからと言って、それが問題の根本的な解決に結びつくのか。あれが最後のレンヴェル・マニストとは思えない。今後も様々な形で現れるに違いない。それをいちいち兵でもって解決しようとしていたら、今日の様な事態になるのである。
メロス国からは、「我が国は「511」テロには関与していない」「大量破壊兵器も持っていない」「「ヘルベルダー」に支援をした覚えは無い」と言う紋切り型の声明が出されているが、それも当然だ。やらないよりやった方がマシな、焼け石に水の声明である。それでも、国内世論はどうだ、あるいは国際世論はどうだ、お世辞にもソメリト合衆国に同調しているとは言い難い。
ヴァベル・タチウス大統領は、紛争大臣であるベークトラス・ファンダビに顔を向ける。彼は文官であり、慎重派とも報復派とも距離を置く、ニュートラルな意見が聞ける貴重な人材だ。そのベークトラス紛争大臣に、ヴァベル大統領は尋ねる。
「と、言う事らしいが、紛争大臣としての意見が聞きたい」
「意見と言われると、どちらに向けた意見でしょうか」
「君自身の意見だ。この際、これまでの議論を全部無い物とする意見でも構わない」
「では、言います。もし出兵するのであれば、紛争省にて計画した新部隊、ヴァーモント戦隊であれば、70万ではなく1万程度でメロス国を降伏できます。もし出兵しないのであれば、ベクトルスタン国からも兵を引くべきです」
つまり、「前進」か「元通り」かのどちらかと言う事だ。しかし、70万必要なところを1万で済ませられるというのは、逆に言うと出兵を促しているとも言えた。
その時点で、この議論の勝ち負けは見えていた。ヴァベル・タチウス大統領は、最終的な結論を述べる。
「紛争大臣の意見を採用する。ヴァーモント戦隊がどう言うものなのか、これから説明を受けたいと思う」




