0057 限定戦争
本当は財団Nの代表を呼びたかったのだが、今のところはこの面子でどうにかするしかない。コリンゴリン・マキシム作戦中佐は、パールハーバー洋上基地にて最も堅牢な会議室にて、無理を言って集めさせた経済界の重鎮達を見回す。
平均年齢46才。集められたのは、海運や物流、それにテック長者も含めた10人程のCEOや代表である。この10人が率いる組織が、ソメリト合衆国の経済を回していると言っても過言ではない面子だ。ちなみに、軍需産業を含めた、いわゆる軍産複合体は含まれていない。
戦争の主役は大統領ではない。それに上層部の幹部達でもない。更に言うと、実は兵隊ですら無い。兵隊が使う武器・弾薬、食料に至るまで、全ては民間の企業が用意している。ロジスティクス、兵站部門こそが戦争の主役である。民間の企業の協力と理解が無ければ、戦争は立ち行かない。
「正直に言わせてもらいますが、我々は全会一致でこの戦争に反対しています。道中に船の中で示し合わせた通りです」
「負けるから、ですか?」
コリンゴリン作戦中佐は、試しに言ってみると、予想とは違う答えが戻ってくる。
「いえ、戦えば、我が合衆国総軍の圧勝かと思います。ですが、戦っても得るものは何もありません。恨みを買って、信用を売る羽目になります。この取引は、高くつきます」
「あの屈辱の解放戦争以降、ソメリト合衆国と、その他の国々は、経済的にも政治的にもほぼ断交状態で、既にお互いに自分達の経済圏にて必需品を取引出来る環境を整えています。今更、他国と戦争しても儲かりません」
「成る程、ではどういう形で戦争をすれば、民需を圧迫しない程度に戦えるのでしょうか」
「兎に角、徹底して戦場を限定して下さい。洋上基地周辺の海域以外での戦闘は許可できません。更に、敵国領土への直接攻撃も止めて下さい。イメージダウンにつながります」
「それでは、両手足を縛られての戦争になりますな」
「コリンゴリン作戦中佐殿、総軍は両手足を縛られても勝てます。この洋上基地での決戦で、戦場を限定すればの話です。長期戦になり、戦線が拡大すれば、下手をすれば世界は滅びます」
「世界が滅びる、と言うのは穏やかではありませんね」
「冗談ではありません。我々は天文学者が宇宙からの隕石落下を心配しているレベルで、この戦争が世界滅亡につながる事を懸念しているのです」
「経済的なダメージが、そこまで大きいのでしょうか」
「今のままでも、地方大国でも、経済的に安定した生活は出来ます。今アッシュハウスがやっているのは、火薬庫の中で火遊びしているのと同じです。世界唯一の超大国なんて夢を見なければ、我々の商いもまたうまくいきます」
「……嘘はいけませんね。嘘は。あなた方は、我軍が限定戦争なんて出来ない事を先刻承知で、ここまで話していますね」
「よくお気づきで。はい、その通りです。空爆や砲撃だけでは戦争には勝てません。かと言って、戦場を敵本土にまで拡大させても、人も金も消耗するのみです。しかも、今や洋上基地は世界中の主要海域にて建設中です。惑星「テラース」の海という海が戦場になってしまったら、合衆国総軍は必敗します」
「またはっきりと言いますな」
「そちらこそ、嘘はいけませんな。貴官こそこの戦争に勝ち目がないと分かりきっているのですな」
「しかし、命令である以上、やるべき事はやらねばなりません」
「軍人にしておくには勿体無い、いっそうちで働かないか」
「軍人だって、下っ端の兵隊から上層部の幹部まで全員同じ考えです。それを、アッシュハウスに理解させなければいけないのですが、大統領と、その補佐官はやる気満々です。支持率も最近低下気味ですから」
「選挙の為の戦争か。もう大衆迎合の大統領なんて就任しないと思っていたのに」
「コリンゴリン作戦中佐殿は、如何に考えておられるのですかな。和平か戦争か、どちらをお望みですか……と、無駄な質問ですな。軍人が上官、ひいては有権者が選んだ指導者に意見してはならない。万国共通のジレンマですな」
「さて、そろそろ時間なので、今回の要点を纏めましょう。限定戦争であれば合衆国総軍の圧勝。全面戦争では惨敗。であればこそ、戦場を洋上基地にて限定するべきである。これでどうですか」
「……異議はないです」
コリンゴリン作戦中佐は、パールハーバー洋上基地から出ていく送迎の軍艦を見送りながら、ふと思う。こんなに誰からも望まれなかった戦争はないのではないか。惑星「テラース」の歴史が始まった頃から、戦争の理由なんてどうでも良かった。選挙に勝つために? 下らない理由? いや、理由なんてどうでも良かったのではないか。
恐らく、海の向こうのレイド・サム国の作戦士官も同じ結論に至っているだろう。相手も馬鹿ではないのだから、頭の良い奴が正しい配属先に居て真面目に仕事をしていれば、同じ結論に至る筈だ。
限られた戦地にて戦闘を限定して、民間のシーレーンには指一本触れないで戦う。それこそ至難の業だ。それも、1年以内でケリを付けなければならない。それ以上の時間がかかれば、赤字で首が回らなくなる。
この際、洋上基地なんて全部壊してしまえば良い。いや、パールハーバー基地だけを残して、ほかは全部建設中止、それが駄目なら爆破処理してもいい。大海洋ならば、広いから民間航路を巻き込んでの戦争にはならない。西海洋はアトランティス基地だけならば「V・UNION」を刺激しないだろう。
これ以上、問題が深刻化するより先に、必要最低限の洋上基地だけ残して、後は放棄すれば良い。多方面作戦になったら惨敗が待つのみであるが、2正面作戦ならば、まだ勝ち目がある。
折角、金と物資と人手をかけて建設中の洋上基地を放棄するのは忍びないが、そんな事は戦争に勝った時にやればいい。
コリンゴリン・マキシム作戦中佐は確信していた。あのソメリト合衆国の巨大な経済を動かす重鎮達の言う通りだ。限定戦争ならば、合衆国総軍の圧勝だ。
だが、忘れてはいけないのは、敵はレイド・サムだけではない。「テラース」海洋自由圏の加盟国も全部敵に回す事になる。そうなった場合、世界トップクラスの軍隊が、その他の世界全体の軍隊と戦う羽目になる。もしそうなれば、惨敗だ。
兎に角、本日の会議のレポートは早く提出しなければならない。限定戦争。其の為に不要な洋上基地の破棄。であれば、合衆国総軍の圧勝。もし全ての洋上基地を用いた戦争になれば、惨敗。果たして、上層部は納得してくれるのだろうか。
それが出来なければ、亡国への途をまっしぐらである。
「テラース大海戦」が始まるまで、まだ暫く時間が必要であった。




