0053 主無き城
そこには城があった。今はもうない。穏やかな海の上に作られた城は、半ば破壊されて、今はもう見る影も無い。
しかし、その城の残骸は、ここだけではない。世界中の海に点在していた、同じ様な城の跡地は幾らでもあった。何故その様な城が作られらたのかと言うと、全ての始まりはグレイス諸島の返還式であった。グレイス諸島のダイヤモンド湾は、大海洋における最大の海軍基地であった。戦後50周年の記念式典と、終戦時に結ばれた停戦条約でも、グレイス諸島の返還は確約されていた。
レイド・サム国とソメリト合衆国は、無論お互いに含む所があったが、この際はレイド・サム国の方が一枚上手であった。彼の国は、大海洋の島々の中で最も価値のある艦隊の宿泊地であるダイヤモンド湾を、全て埋め立てて返してきたのだ。
「ヘリポートの整備の為に埋め立てていた」
と言うのが理由であるが、無論これは大海洋最大の軍事基地を無効化してでの返却であると言うのは、誰が見ても明らかであった。ソメリト合衆国は、この理不尽極まる条件に納得がいかなかった。
では、ダイヤモンド湾をもとに戻すのか。いや、それは金も時間もかかりすぎる。ここはD・I・Yの精神で、これに匹敵する洋上基地を建設してしまおうと言うのが、その発端であった。埋め立てられたダイヤモンド湾は、本当にヘリポート基地として、徹底的に作り変えてしまった。
洋上基地に、ソメリト合衆国がつけた名前は、パールハーバー基地である。洋上での燃料補給・弾薬補給・食料補給、航空機・ヘリの搬入、何でも出来る巨大洋上基地であった。これに対して、レイド・サム国はかなり強めの抗議をしたのだが、あらゆる国際条約に抵触しないものとして、この洋上基地建造は国際社会において認められてしまった。
こうなれば、後はもう怖いものなしだ。ソメリト合衆国は、解放戦争での敗北により「分断」「孤立化」「弱体化」していく中で、滅びるより先に再び勝負に出なければ、もう「次」はない。大海洋だけではなく、ヴィクター大陸に面する西海洋にも同じ仕様の洋上基地を建造したのである。「V・UNION」として結束している同大陸の国々は、これに対抗するべく洋上基地を建造しようとしたが、レイド・サム国と同じ様に、これを断念せざるを得なかった。
ソメリト合衆国は、腐っても未だに惑星「テラース」の国々に置いてトップ・クラスの「金」と「技術」のある国だ。レイド・サム国がかつて結成させていた東アスラン同盟は既に解散している。聖華大陸にてまた内乱が起きて、同盟どころではなくなったからだ。東南アスラン地方との結び付きはまだ残っているが、それでも共同で戦争をする様な枠組みではない。
一番手っ取り早く、根本的な解決方法はただ1つ。軍拡である。それは金を撒きながら走る虚しいマラソンであるが、大海洋のパールハーバー基地、西海洋のアトランティス基地、この2つの洋上基地に駐留する艦隊は、50年前とは大きく様変わりしていた。
「双胴強襲艦」。あの屈辱の「テラース」解放戦争にて、その有効性が立証された、新時代の主戦力である。排水量8万トン級の船体の後部を艦橋で繋げて、船体には身長20メートルの巨神が寝そべっている。戦闘時になったら、起き上がって、その体軀と全身の特殊装甲で固めた身体を武器にして戦い、守る。かつては扱いに困っていた戦力であり、忘れられる事もしばしばであったが、ここへ来てようやく日の目を見たのである。
他にも、身長6メートルの有人操縦人型兵器、機甲軍と呼ばれるロボット部隊も乗り込んでいる。そして、レイド・サム国が「新時代の戦力」と呼んで力を入れている戦姫軍も乗り込んでいる。
そして、これらの「双胴強襲艦」の護衛として、高性能のコンピュータやレーダー、そしてそれらで扱う各種ミサイルを用いるイージス艦もまた、大量に建造されていた。潜水艦は、高速展開と高い攻撃力を持つ戦姫により、登場当初からその実用性が認められずに、この惑星では軍艦として進化せずに終わっている。
空母についても、地上から大量の地対艦ミサイルや無人機による攻撃を受けたら、最新鋭のイージスシステムを持ってしても守りきれない。そして、ソメリト合衆国がかつて保有していた原子力空母は、維持費が高いばっかりでリターンが少ないと言う欠点が、ついに露呈してしまっていた。元々金がかかる軍艦であるが、それでも使っていたのは威力が大きいからだが、これ以上こだわっていても、金の無駄だ。
ソメリト合衆国は、早めに意識を変えると、あれだけ固執していた空母を捨てて、「双胴強襲艦」と、より処理能力の高い防空システムと、これを扱えるイージス艦の建造に邁進していた。
「次」があれば、絶対に負けない。その強い意志が、この戦備計画から聞こえてきそうであった。もし「次」にてしくじれば、もう二度と国民はアッシュハウスと呼ばれる灰色の大統領府に詰めている人間達を信用しなくなるだろう。分断、そして分裂、しかる後に消滅する。
この城には、この星の唯一の軍事大国の亡国か勃興かのどちらかがかかっていた。しかし、どんな城であろうと、落ちるときは落ちる。そして、最初からこの城が落ちるのを確信していた人間が居た。財団Nの代表、ビームス・バラライトである。パールハーバー建造でも、アトランティス建造でも、財団Nには協力を要請されていたが、ビームスは全部要請を蹴った。
「洋上基地は、ダイヤモンド湾をもとに戻すよりも手っ取り早いが、既にソメリト合衆国には統一戦争の頃の強さはない。財団Nは、戦争には協力しない。海には新しい開拓地は無い。あるとすれば、それは宇宙だ」
ビームス・バラライト代表はそう言うと、現時点での最終目標を月へ人類を送るとして、儲けた金の大半を突っ込んで、宇宙開発に邁進していた。これだけは、他に競合は居なかった。事実上の独占である。それでも、まだ人工衛星を打ち上げるところまでしか到達できていない。人間を、宇宙飛行士を宇宙空間に送り込むところまでは到達していない。
宇宙空間から、パールハーバー基地やアトランティス基地が見えるのか。そんなブラック・ジョークも交わされていたが、そうだとすれば、ビームス・バラライト代表の正しさが立証される。ゼータ商工会と呼ばれていた頃から、このソメリト合衆国の経済にてトップを走る人間の言う事は、常に先を見ているとして、傾聴に値するものだ。
どんな城でも、無敵の城はない。大軍に包囲されて、補給を断たれれば、どんな城も落ちる。不沈艦なんてものが無いのと同じで、不落の城もない。
この半ば破壊されたまま放置されている洋上の城が、その全てを物語っていた。その姿は、もう宇宙空間からは見えない。




