0052(第4章 完) 咄嗟と刹那
何で。何でこんな事になっちゃったかな。彼女は自分が咄嗟にとった行動について、自問自答していた。ルマ・ヴァスコールは、未だに恋を知らず、愛も知らず、それ故に男も知らぬ、こいつとの、阿戸蒜菜との付き合いだって、別に体を重ねた訳でもない。ただ、この男、13才のギフテッドはルマを気に入っていたのか、常に傍に置いていた。
だから、別にボディガードのつもりで雇われた訳では無い。だから、こんな事はしなくても良かったのに。体が勝手に動いてしまった。
「大日本帝国」の首都・塔京にて最も頑丈な建物にて臨時設営された司令部にて、戦況を見守る蒜菜の背中をボケーッとしながら眺めていた。既に述べた様に、ルマ・ヴァスコールには阿戸蒜菜への思い入れは殆ど無い。それでも、1人蒜菜の背中に近づく男に気が付き、その手にナイフが握られているのを見て、その後は体が勝手に蒜菜を庇って、自らの胸にナイフが突き刺さるのを見つめていた。
阿戸蒜菜は、暫定指導者とは言えども、人の上にいる立場である。暗殺者が衛兵に捕まってボコボコに殴られ蹴られ無抵抗にされているのを尻目に、胸にナイフが突き刺さっているルマ・ヴァスコールが、今正に魂の無い単なる肉になろうとしているのを、ただ見つめるしか無かった。
おかしい。こんなのおかしい。どうしてだ。なんでルマが。なんで何の損得勘定も無しに、自分を庇ったのか。本来ならば、嫌いな人間の為にその身をなげうつ人間なんて居ない。そんな奴は阿呆だ。こいつはそこまでお人好しではない。普段からそんな事を頼んだ覚えもない。なのに、なんで自分を庇ったのだ。
「なにを、見ているのよ」
息も絶え絶えに出てきたルマ・ヴァスコールの最後の言葉は、これであった。
「泣くなよ、男だろ」
泣く? 何で自分が泣くのだ。天才児であり、ハッタリの天才とされて、世の中の人間達をことごとく騙してきた阿戸蒜菜が、どうして隣人未満としか言いようがない少女の死に目にて泣いているのだ。
もう何も答えない。彼女の魂は、涅槃に旅立ってしまったのだ。ここにあるのは、ただの骸だ。それをなんでこんなに見つめているのだ、自分は。
そこに居るのは、13才で銀河系の半分を制覇した勢力の指導者にまで上り詰めた天才ではなく、今まで叱られてこなかった子供と全く同じ表情を浮かべていた。「ギフテッド」として持て囃されてきた少年は、もう居ない。最後に彼が知ったのは、自分もただの人間であると言う事実であった。
刹那。その表現が相応しい一瞬での出来事であった。
ここは「レイド・サム連邦」の仮大統領府にて、軍部への抗議文を書いている滂沱玲音の背中から、何か黒いものが飛んできている。そう思った刹那、マリー・サンズライドは臨時大統領の椅子ごと玲音の体を突き飛ばして、飛ばされてきた鉄球にて体を潰されていた。
それはまさしく、刹那と言う表現が相応しい一瞬であった。だから、マリー・サンズライドは何か言い残す事すら出来なかった。ただ、その刹那の中で、自分にとってこの人生は何だったのだと言う問いかけが、何万分の1秒の短い間で、彼女の胸の中にて過っていた。
恐らく、この時の為だ。今この瞬間、彼を助ける為に、あの時出会ったのだ。道に立って客を待つ商売をしていたのも、この人生最高のハイライトの為の伏線だったのだ。
杭があるのか。無いと言えば嘘であるが、それでも許容範囲内だ。あのまま道で王子様を待ち続ける人生を送ったとて、一体自分の手元に何が残ると言うのだ。
この一瞬、この刹那、この為に生きてきたのだ。
滂沱玲音臨時大統領は、自分の眼の前で、レールガンから打ち出された鉄球にて赤い染みになってしまったマリー・サンズライドを見つめる。一体犯人は誰なのか、狙われる心当たりは幾らでもある。でも、それと彼女の生死が何の関係があるというのだ。
その間にも、連邦軍と帝国軍の戦いは続けられていたが、これまた奇妙な戦場であった。宇宙空間で、お互いの船に乗り込み合って、船内にて戦姫や船員が剣や矛、槍や斧にて殺し合っているのだ。
そして、お互いにこれ以上の戦闘に耐えられないという段階に来た所で、双方の司令部が「戦闘停止」「和平交渉に応じるべし」「指導者を戦争裁判に出廷させる」として、戦闘が止まっていた。
阿戸蒜菜と滂沱玲音。2人の天才は、その後、「戦争裁判」にて裁かれる事はなかった。むしろ、天才児とは言え13才の子供を担いで、戦争へと雪崩込ませた大人達に厳しい目線が向けられていた。幾ら才能があったとしても、人の心の機微にまで思い至れなければ、そんなのは引き金をつけわすれた拳銃の様に、肝心な部分が抜け落ちている事になる。
「レイド・サム連邦」と「大日本帝国」は、殆ど同時に崩れ去り、新しい秩序を取り戻すまでには時間が必要である。ここまで来るのに、どれだけ犠牲が払われた事か。この事態の発端となった問題を正しく理解できている人間からすれば、とんでもない「無駄死に」であり、「大赤字」である。
宇宙統一機構・日本の落とし胤が、これからどうなっていくのかは、この時点で明確な答えを出せる人間は1人も居なかった。
最終章へ続く




