0044 電撃戦 その2
覚悟を決めろ。戦争だ。
現場指揮官がそう叫ぶと、「カナリア軍」が次々と「外征軍」の隊列に、軽快な戦姫軍が切り込んでいき、大型人型ロボットで編成された機甲軍、それに身長20メートルの巨神軍も後に続いて、「カナリア軍」は後の世に伝わる「電撃戦」を展開している。
「電撃戦」は、今のところはうまく機能していた。覚悟を決めろ。戦争だ。でも、こんな瀬戸際作戦がいつまでも通用するなんて、現場の兵隊まで疑っていた。戦争になるのか。もしかしたら、この一戦で全て決まってしまうかもしれない。即ち、自分達の負けで、である。
「電撃戦」が、いつまで通じるのか。現場でバリアーをお互いに中和しつつ、剣や矛でもってお互いに斬り合う中で、いつ自分達の限界が訪れるのか。そして、そのタイミングで撤退命令を出せる、ものの分かる上司の判断を、あの天才児が認められるのかどうか。剣や矛で斬り合う中でも、そんな心配が出来るのだから、まだ余裕は残されていた。
しかし、その余裕はすぐに消えていた。
「全戦力で敵を包囲下に置いて、一人残らず殺すなり捕まえるなりするべし」
「外征軍」の総司令、13才の天才児である滂沱玲音は、そう命じていた。全戦力で、予備もまとめて動員して叩き潰すべし。可及的速やかに包囲下に置いて、殺すなり捕まえるなりするべし。
「外征軍」は大急ぎで戦場を動き回っていた。「カナリア軍」が彼ら、彼女らの動きに反応するより先に、「外征軍」はこれを包囲下に置こうとする。どんな大軍だろうと、包囲下に置かれたらもう終わりだ。殺すのも捕まえるのも、好きな様に出来る。
まだか。まだか。撤退命令はまだか。周囲を取り囲もうとする「外征軍」の数は増え続けている。もう限界が近いぞ。このままでは、全軍潰走の末に、「カナリア軍」は敗北する。早く、早く決断しろ。
「蒜菜総司令、もう限界です。これ以上戦い続けていたら、我軍は包囲下に置かれて全滅します」
「しかし、まだ何の戦果もあげていない。敵将の首の一つもとっていない。お互いにほぼ同数、戦力を削っただけだ。こんな消耗戦に何の意味がある」
「では、このまま戦果をあげるのをお待ちになり続けるのですか。冗談ではありません、撤退させるのです」
「……やむを得ず、か」
1発の信号弾が、惑星「テラース」の空を、戦場の空を飛んでいく。煙を噴き出したまま、信号弾は地面に落ちる。それを見た「カナリア軍」は、欣喜雀躍する。撤退だ、ようやっと決断したのか。あのハッタリの天才にも、まだ最低限の判断力があるらしい。
もう「電撃戦」なんて勇ましい名前なんて関係なく、「カナリア軍」は全力でここまで来た道を戻っていった。その動きに気がついた「外征軍」は、逃げ道を塞ぐ様に進軍し始める。背を向けて逃げる敵の背中を切りつけようとする「外征軍」と、その刃から逃れようとして文字通り「死ぬ気」で逃げる「カナリア軍」。
誰かが殿になって、後ろで敵を防ぐ必要があった。そんなの、誰がやりたがるのか。それこそ、死ぬか捕まるかのどちらかでしかない、損な役割だ。
誰もやらないのならば、俺がやる。そう言わんばかりに、1人の巨神が撤退の足を止めて、敵に向かっていく。無論、その勇気に報いるべく、「外征軍」はこの巨神の装甲の上から剣や矛、斧や槍で次々とズタズタにしていく。装甲の裂け目から血を噴き出しながらも、持っている巨大な剣を振り回して、「外征軍」の追撃を阻む。そして、この巨神は役目を終えて、その場に倒れた。
お互いに、何の得るものもない戦闘であった。「電撃戦」は最初こそ効果的であったが、限界もまた示していた。大軍相手に何処まで攻め込めるのか、あるいは大軍相手には通用しないのか。そのどちらかであった。
「外征軍」としても、「電撃戦」により必要以上の犠牲と混乱を強いられて、絶対数でもって同じ損失を出し合っての終わりである。最終的に負けずにすんだのは、早めに「外征軍」が対応したからであり、一歩間違えていたら、本当に将軍の首の一つも取られていたのかもしれない。
滂沱玲音は、部下達を前にして告げる。
「よくやった。諸君は勇敢で、強くて、そして忠実だ。また次が来ると思われるが、その時もまた勇敢で強く、そして忠実に戦ってほしい」
またか。そうだ。これで終わりじゃなかった。また次があるのだ。これで終わりじゃないのだ。次また「電撃戦」を仕掛けてこられたら、今度はもっと上手く立ち回って、これを撃退できるだろう。
兵隊はそう思って、安堵していたが、中堅指揮官の面々は、見た目だけは穏やかな顔でこちらの労をねぎらう玲音総司令の胸の内を、正確に見抜いていた。
多分、今夜から何日か、徹夜になる。次に「電撃戦」となった時、どうやって撃退するべきか、合議を重ねる事になるに違いない。天才児にとって、今回の「失敗」は身に応えているに違いない。あの穏やかな表情の下には、「悔しさ」と「怒り」のマグマが煮えたぎっていた。
世の中、面倒くさい事をしないですむのであれば、こんなに良い事は無い。元々世の中は面倒くさいものだ。なんでこんな面倒くさい事をしなければならないのか。それは、大事な事ほど面倒くさいからだ。
でも、だから自分達がやらねばならないのだ。その為に税金で育てられて、教えられて、鍛えられて、ここへ来ているのだ。今更それが嫌になったなんて、思っても口から出せる筈が無い。
一方、こちらの天才児は荒れ狂っていた。ハッタリの天才に、「負け」は許されない。何故ならば、「カナリア団」は阿戸蒜菜が「戦争の天才」だと思って、今の地位を与えていたのだから、負けた後でリトライなんて都合の良い話の展開は無い。
それでも、感情が表に出さない努力はしていたが、努力した上で「悔しさ」と「怒り」が噴き出していた。
「「電撃戦」! 成る程、言いえて妙だ、電撃の如く敵陣に斬り込んで、総司令の首を取る。上手く行けば「奇跡」が起こるかもしれない。だが、そんな都合の良い展開は、「奇跡」を当てにするのは間違っている。もう少し利口になれっ!」
怒り散らす阿戸蒜菜に対して、中堅指揮官・現場指揮官は肩を落とす。やっぱり、こいつは怒られるだろうと思っていたら、その通りの展開になった。貧者の戦法である「電撃戦」には、まだまだ改善の余地がいくらでもあった。
しかし、叱責を浴びせるだけ浴びせた上で、阿戸蒜菜は、ハッタリの天才は具体的な処罰はくださなかった。まだまだ、現場指揮官に対する信頼は抱いているらしい。第一、蒜菜総司令はハッタリの天才であり、戦争の天才ではない。それでも、このギフテッドは適材適所にて能力やキャリアに応じた人事を行い、部下達を信頼していた。でなければ、怖くて戦争なんて出来ない。まだ「私が自分で直々にやる」等と言う自惚れを口にはしなかった。
この時、双方の総司令、二人の天才の頭を過った、コスパ、タイパに適した作戦の青写真が出来上がっていた。長々と消耗戦をするだけの「人・物・金」は無い。であれば、可及的速やかに敵の総司令を殺すなり捉えるなりするしかない。
青写真は描けた。だが、詳しい部分はまだまだ詰められていない。「電撃戦」は、その為の土台となっていた。世にいう「斬首作戦」と呼ばれる戦法の雛形が、ここに作られ始めていた。




