0043 電撃戦
滂沱玲音は、何としても「敵軍」を基地となっている荒野から引きずり出して、これを殲滅しなければならない、という持論を展開していた。相手は、「外征結社」のパトロン達である。つまり、投資家に対して「もっと金を出せ」「もっと人を回せ」「もっと協力しろ」と説得していたのだ。戦争の天才である玲音は、このまま惑星「テラース」の大陸にて「カナリア団」から派遣された「敵軍」こと「カナリア軍」と未来永劫睨み合い続けるつもりはなかった。まだ13才のギフテッド、天才児は、そうやって睨み合い続けた挙句に、お互いに中途半端な形で、未来に禍根を残したまま状況を終わらせるのを最も恐れていた。
理由はただ一つ。
「それが一番駄目な選択だから」
である。滂沱玲音は、「外征軍」を預かる身の上として、協力を渋り、最近は細り始めている投資を呼び込み、人員を回してもらうべく、遥か彼方の銀河系まで手が回っている人類の生活圏の約半分の支持を得ている「外征結社」に対して、今後の要望をリアルタイムで音声オンリーで伝えようとする。この音声オンリーもまた、滂沱玲音のアイデアである。周りの余計な情報をシャットダウンさせて、自分の意見を通させる為の工夫である。
「「敵」がようやく動き出した。こちらが前線としている地域に増援を送っている事を察知した「敵」は、ようやくこちらに攻め込んでくる気配を見せ始めた。この千載一遇のチャンスを前にして、戦う前から交渉するなんて、それは一番駄目な選択だ。もしここで戦わずとも、いつかはまた争い合う事になる。そうなったら、またこの星にて貴重な金と時間を食い潰す事になる」
「もし仮に最終的な決着が見えなくとも、今戦えば、次はもっと楽な環境で戦う事ができる。将来のリスクを避ける為の、必要な犠牲だ」
「「敵」に対して、今後の抵抗の意志を削ぎ、最終的な決着に向けて最短コースでたどり着くのには、今戦わずしていつ戦うのか。次なんてない。今決めるのだ」
「音声のみ」の真っ黒いモニターを眺めながら、「外征結社」のパトロン達はうめき声を出す。滂沱玲音の言う事は正しい。理屈も理念もわかる。しかし、その言葉には訴求力がそこまで無かった。言っている事は正しい。だが、言って良い事と悪い事の区別がついていなければ、結局反感を買うか、あるいは一度差し出した手を引っ込めたいと思わせてしまう。
今戦わずしていつ戦うのか。正しい。その為には金と人が必要だからもっと回せ。正しい。しかしこの際、「正しい」以上に必要なのは、「利益」であった。11才までとはいえ、幼年学校は愚か、士官学校もスピード卒業した天才ではあったが、他人の琴線に触れる弁舌の才能が、そこまで磨かれていなかった。本人としては、磨く前に戦争が始まってしまい、それどころではなくなったと言い訳の一つも言いたいだろうが、これは仕方がない。
「玲音総司令、君の言いたい事はよく分かる。分かるのだが、そろそろ統一機構・日本が仕事をやり始めているらしい。今まで散々サボってきた癖に、今更だ」
「統一機構が名ばかりの存在になっているとはいえ、これ以上舐められたら統一機構の存在自体が危うくなるとようやく気が付き始めたのだ」
「しかし、今更戦争を止めるという選択肢は、我々にだってない。しかし、その為に更なる投資を行なえというのは、それこそ必要な犠牲だと言うのかね」
「君は「敵」に先手を打たせるまで追い詰めさせるつもりらしいが、「敵」を前にして、最初から負けるつもりで戦うのは良くないな」
そうではない。ああ、違う。違う。13才の戦争の天才は、最後の音声に反応して、玲音総司令は口を挟む。
「勝利をより完璧なものにする為に、盤石の体勢にてこれに望む為です。大抵の場合、戦闘とは始める前から既に結果が見えているものです。つまり、戦う前に勝つ条件を揃えた上で戦うのです」
それでも、負ける時は負ける。そうなったら、どう言い訳をするつもりだ。
「そんな事は約束できません。どんなに勝つ条件を揃えたとしても、準備しても警戒しても対策をしても、負ける時があるのは仕方がありませんし、そんな人知を超えた約束は出来ません。私は預言者ではありません」
なかなか強烈な言葉を投げてくるが、まぁいい、「投資」と「人材」を回そう。しかし、これが最後だ。これで負けたら、「天才」と言う名誉は勿論、仕事も終わりだ。
マリー・サンズライドは、会議室から出てきた玲音に、自分を拾った少年に言う。
「お疲れ様。さぁ、これからどうするの?」
「「敵」と戦い、これを負かす。陣取り合戦なんて意味がない。本当に必要なのは、敵軍の抹殺だ。戦わなければそれは敵わない」
「あらそう」
その言葉には、「皮肉」や「冷やかし」の要素は含まれていなかったが、戦争の天才が「駄目だ」と思った時には、凡才が脳みそを粥にするまで考え抜いても、矢張り「駄目だ」と思うのである。
マリー・サンズライドもまた、その凡才の1人である。しかし、マリーにとっての不幸は、凡才であった事でも無ければ、努力不足でも無い。早い内に両親を失い、また経済的な問題から教育を受けられなかった、「深刻な原因」からである。
立って客を待つ生活になるまで、時間はそんなにかからなかった。あの日、あの時、滂沱玲音に声をかけていなければ、今もまた道にて立っていたに違いない。好きな男も、素敵な恋も、誰も何も無いままに、体だけで生きていけと命じられたマリーは、その宣告通りに生きていた。もし今後、その宣告がまた出されたら、マリーはこれに応じるしか無い。
そこまで考えを巡らせた所で、玲音の叫び声で現実に引き戻されるマリー。
「なんでもっと早く報告しなかった!」
玲音総司令は檄を飛ばしながら、仕事用端末にて部下達に連絡を伝える。どうやら、望んでいた展開になってきたらしい。
後に、「電撃戦」と呼ばれた阿戸蒜菜の部下達が考案した戦術は、要するに貧者の戦法であり、全てが一時凌ぎと言える、今思い起こせば全てが「拙劣」としか言い様のないものであった。
小回りのきく戦姫軍による奇襲にて相手が混乱している内に、機甲軍と巨神軍でもって敵の一部を包囲下に置いて、これを徹底的に叩く。
完璧だ。完璧な「戦術」であるが、戦姫軍とて無限に戦い続けられる訳ではない。どこかで必ず限界が訪れる。それが撤退のチャンスを掴めれば、全てがうまくいくのであるが、逆にそのチャンスに気がつけなければ、敵軍のど真ん中にて孤立する羽目になる。
何事でも、「戦術」で「戦略」はひっくり返せない。「電撃戦」の、それが本当の姿である。同じ天才でも、ハッタリの天才である阿戸蒜菜総司令は、この戦術を進言してきた部下達に対して、その部分を突っ込んで修正させる事が出来なかった。
身内のミスに気が付かずに、そのままやらせてしまった。いや、この段階で蒜菜総司令の率いる「カナリア軍」には、他に勝機となる場面を作れなかったのだ。
大抵の「戦い」は、その前から既に決着がついている。この言葉を、もし蒜菜総司令が知っていたとすれば、今が正にその時であると察していただろう。
もはや、「カナリア軍」に残されていた唯一の戦略は、この瀬戸際作戦による「奇跡」に縋る事だけであった。最低の戦略であったが、だったら戦争をやめれば良いと言う理屈もまた、実状を理解しない者のセリフである。物事は「点」と「線」で繋がっている。何処かで間違えて、これが間違える事は滅多に無い。




