0041 ギフテッド対決
人間の能力には、精神・身体問わずに限界が必ずある。特に精神の力は過信していると、一度壊れて二度と戻らない事もある、取り扱いに注意が必要な代物である。そして、戦場と言う環境は、この精神・身体の能力をガリガリと削り取っていき、疲労困憊になった挙げ句に二度と立ち直れなくなる代物である。
限界なんて無い。人間の可能性は無限である。全部心持ち次第である。と言うのは、エナジードリンクと一緒で、効果は一時的、あんまり頼ってしまうと内臓がボロボロになっているなんて事にも為りかねない。そして、そう言う理屈を他人に言う連中は、その結果について責任は取らない。
身長8メートルの人型ロボット兵器は、「敵」が設置したフェンスを取り除き始める。何でこんな惑星の、こんな荒野で、フェンス越しにて睨み合いを続けなければならないのか。時間の無駄遣い、人生の無駄遣い、青春の無駄遣い、最悪なタイパである。これだ、このフェンスがいけないのだ。取り払ってしまえ。そして、このクソ忌々しい「敵」を叩きのめすのだ。そうすれば、故郷に帰れる。そうしたら、もう2度と軍人なんぞなるものか。絶対に娑婆で仕事を見つけて、2度と宮仕えなんてするものか。どんな大義名分も、彼の胸には響かなかった。こんなクソみたいな、クソそのものの仕事なんて、一秒でも早く辞めてやる。
こうして、「外征軍」は敵の「カナリア軍」の挑発行為に乗せられて先に攻め込んでしまい、この時を待っていた「カナリア軍」の戦姫や同じロボット兵器の剣や槍、矛や斧でもって袋叩きに会い、軍務どころか人生のあらゆる面倒事から解放されて、涅槃の向こうに旅立っていた。
このままなし崩し的に乱戦・混戦・激戦になれば、「カナリア軍」の目論み通りになっていたが、「外征軍」は、スクラップ同然になったロボットとパイロットの残骸を収容すると、またもやフェンスの向こうに行ってしまった。それを追撃しようとした部隊が、包囲下に置かれて、あわやと言う所を救われていた。
「外征結社」にとって、このスクラップになったロボット兵器とパイロットは、これ以上無いくらいに良い宣伝材料であった。「外征結社」のパトロンは幾らでも必要である。これで「カナリア団」に対するイメージが低下すれば、市民の支持を得られる。
滂沱玲音と、マリー・サンズライドは、仮設指揮所の窓から、フェンス越しに見える敵陣を見つめていた。
「あなた、これから戦争になるの?」
「もうなっているよ」
「何で戦うの?」
「なんだい、今更禅問答でもするのかな。何で戦うのかは、そうだね、自分の能力を活かせる立場だから、かな」
「愛国心とか、義務感とかは」
「それは下っ端の兵隊の罪悪感を紛らわす為に作られたカンフル剤、いや、エナジードリンクだね。使いすぎると健康に悪くなる。それに、君は愛国心や義務感を殊更強調して部下をけしかける上司を持ちたいのかい?」
「パワハラとモラハラ、それにセクハラ。ハラスメント3冠王ね」
「いや、それはあんまり笑えない。深刻な問題だからね。今回だって、壊したのがフェンスで、死んだのが軍人だったから良かったものの、これが死んだのが民間人で壊したのが家だったら、最悪だったよ。軍隊は君の言う通り、ハラスメントのフルコースだけど、それだけにイメージは大事だ。全体の士気にも関わる」
「色々と考えているのね、13才なのに。それで、これからどうするの?」
「調度良い。今、「敵」の評判が下がっている。そろそろ味方の我慢も限度がある。そろそろ、こちらも動こう。パトロンだってボランティアで投資しているわけでは無いからね」
フェンスの前にて、ドッシリと構えている「カナリア軍」は、次は何時来るか、と言う事でギャンブルに興じていた。次は1週間後ではないか。いやいや、3日とか4日ではないか。出来れば、一生攻めてきて欲しくは無い。レートとしては、数日中に攻め込んでくる方に賭けが集中した。
ユルユル、ダルダルの士気であったが、メンタルを良質で長く保つのには、物事のオン・オフをハッキリさせなければならない。要するに、絶好の攻め時であった。
滂沱玲音が、この絶好のチャンスを逃す筈がなかった。それに、士気が限界なのは「外征軍」も同じであった。玲音は、「全軍前進」を命じて、フェンスを踏み越え、飛び越え、乗り越えていった。
先ずバリアーが中和される距離まで一気に近づいて、大小の剣が相手を叩き斬り、槍と矛で突き刺し、中には拳や蹴りで物理的な攻撃を行い、次々と双方の機甲軍、戦姫軍、巨神軍に犠牲が出始める。
しかし、損耗率は「カナリア軍」の方が大きい。士気が緩んでいたのもあって、「カナリア軍」は完全に不意を突かれた構図になっていた。正に危機的状況である。それでも、阿戸蒜菜は退かなかった。指揮所の窓を叩き割ると、拡声器で部下達に発破をかける。
「貴様ら! 何の為に此処へ来たっ! 敵と戦う為だろう、それなのにいざ敵が来ると背を向けて背を斬られるのかっ! 宜しいっ、なら俺が陣頭に立つぞ! 貴様らの弱気には我慢ならない!」
実際に戦姫の使う剣を手にしながら言うのだから、「カナリア軍」はそれを見て、踵を返して「外征軍」に向かっていった。幾らギフテッド、天才児とはいえ、13才の子供にここまで言われて逃げるのは、どうなのか。
一旦、「カナリア軍」の敗走が止まる。そして、もう1つ付け加える。
「もしここで逃げれば、各部隊の指揮官の責任を明確にして、然るべき措置をとるっ! 減俸や降格程度で済むと思うなよ!」
なる程、敵ながらにセコいとは思えども、上手くやったものである。でも、それに合わせて撤退させようとはしなかった。むしろ、全軍前進を命じたまま攻め込ませ続けていた。玲音は、これが千載一遇のチャンスであると理解していた。敵軍の撃破こそが、戦場に置ける最大の目標であり、軍人の役割であると理解していた玲音は、今こそがチャンスであるとして、全軍前進を止めなかった。
それでも、阿戸蒜菜のかけた発破は、大きな「力」となって、「カナリア軍」の背中を押していた。減俸・降格・敗北は、即ち自分達のキャリアの終わりであると、正しく理解していた各部隊の指揮官は、全力で戦線を支えていた。それは正に死兵の如く戦っていた。軍人にとって最高にして唯一のアピールの場である戦場にて、敗北を喫するのは、絶対に避けなければならない。負けて降格するくらいならば、命は要らぬ、とまではいかなくとも、可能な限り避けたい事態である。
これ以上の前進は不可能と察した玲音は、全軍に撤退を命じる。どうしてこうして、敵も楽には勝たせてもらえないようであった。




