0040 虫の灯り
そこには神が居た。信仰があった。今はもう無い。観光地として、それを生業の手段としていた人々は、もう居ない。今は無数に存在する有人惑星の一大陸に過ぎない。
そこには、意見と主観の相違から対立する形になった2つの勢力が造った軍隊がズラリと並び、「その日」を今か今かと待ち構えている。もし「その日」が始まれば、彼ら、彼女らは命を賭けて戦わなければならない。「成長」か「枯死」か。そのどちらかを選ぶためである。
そんな大事な「戦争」を戦う「軍隊」を率いるのは、双方共に13才のギフテッドの天才少年である。戦争の天才、ハッタリの天才。2人の才能はそれぞれ違う方向性である。武人と詐欺師。そんな13才に「軍隊」を任せるのには、不安を覚える者は居なかった。年齢はどうあれ、その才能は誰もが認めるところであったからだ。
兵隊の頭数は揃った。使う武器も揃えた。足りないのは、作戦ではなく、折角用意した火種につける「火」の用意であった。ここまでお膳立てをしておいて、やっぱり辞めた、なんて言う事は出来ない。お互いに自分を「正義」とみなしていれば、大義名分が欲しいところである。この世で最も分かり易い大義名分、「報復攻撃」である。相手から一撃加えてきて、これに反撃した。なる程、絵に描いた様な「正統性」であるが、お互いにそれが分かっているからこそ、手の出しようが無かった。だからこそ、挑発行為は毎日の様に行われているが、どちらも動かない。どんな梃子入れを入れても、鉄塊の様に動こうとしない。
「外征軍」と「カナリア軍」。お互いの動きはピタリと止まっていた。阿戸蒜菜と滂沱玲音。ハッタリの天才と戦争の天才は、お互いに動かないままであったが、先に動いたのはハッタリの天才からであった。
惑星「テラース」の最南端にある最小の大陸「クルサイガス大陸」に置いて、「カナリア軍」は奇妙な行動に出ていた。「外征軍」との間にフェンスを設置し始めていたのだ。こいつはおかしい。何か企んでいるんじゃ無いかと思っていたのだが、フェンス設置の妨害行為を行えば、挑発行為にのせられたとして、「カナリア軍」による攻撃を受けるだろう。
クソ、そう言う事か。フェンスを設置して「境界線」を設けて、これを越えたら「攻撃の意志あり」として「反撃」する口実にするつもりなのだ。
滂沱玲音は、部下達に自制を要求した。此処で動けば、相手の思い通りになる。フェンスの設置は、それ自体は戦闘行為ではない。次のハッタリに向けての下準備であろう。
阿戸蒜菜は、自分の女として連れてきているルマ・ヴァスコールと共に、長いフェンスを見つめながら言う。
「これで、こっちの思惑は半分は達成できた。先に手を出してくれたら完璧だったんだがな」
「戦争するの?」
「皆、そのつもりだ」
「あんたはどうなの。戦争したいの?」
「別にそんなの関係ない。俺は求められているままに働いているだけだ」
「他人に求められたら、人殺しだってするの?」
「お前こそ如何なんだ。あんな所で立っていて客を待っている生活をしていたのなら、お前こそ他人が求められたらどんな事でもするのか」
「そうね、食べていかなきゃいけ無いものね。生きていくのには、そうするしかないものね」
「ただ、なんか、釈然としない物は感じるんだよな。何で、みんなもっと正直に生きないのかな、そう思う事はある。「カナリア団」はな、本当は自分達に税金を使って欲しいだけだ。要するに金に集る虫みたいなもんさ。それが格好悪いから、無理矢理「宇宙開発」の問題を持ち出して、それにあまり関係のない格差問題も持ち出して、無理矢理マウント取ろうとしている。馬鹿な奴等だ」
「そんな馬鹿、放って置けば良いのに」
「そんな馬鹿でも、俺の出世には役立つ。この戦争で「カナリア軍」を勝利に導けば、俺はもっと上に行ける。もっと遠く、もっと高く、もっと強くなれる」
「あいつらが金に集る虫なら、あなたは虫を集める灯りね。せいぜい幾らでも集めなさい。仲間は1匹でも多い方が良いでしょう」
ルマは、そこで会話を一旦区切ると、指揮官室の机の上に置かれたコップに水を注いで、それを飲み干す。本当ならジュースが良いのだが、人間は遂にこれを越える飲み物を発明することは出来なかった。9才に酒はまだ早すぎる。
「私はね、男だけじゃなくて、人間なんて、みんな嫌いよ。爺も嫌いなら婆も嫌い、おじさんなんてもっと嫌いだし、おばさんももっと嫌いよ。お姉さんもお兄さんも、少年も少女も嫌いよ」
「俺も女は嫌いだ」
「でも、あんたは面白いから傍にいる。新しい食い扶持でもあるし。だから、せいぜい出世して私に楽させてね」
「そう言う女らしい他力本願な所も嫌いだ。でも、お前の性格は気に入っている。傍に置いてもイラつかない。だから傍に置いている」
お互いに自分の気持ちを確かめ合った直後、連絡が入った。「外征軍」の機甲軍の人型ロボットがフェンスを踏み潰している。
「これで口実が出来た。後は、連中の望み通りに、派手にやらせてもらう」
「でも、あんた戦争の指揮なんて学んだ事があるの? 「外征軍」の滂沱玲音は11才まで軍の学校に行っていたって言うけど」
「コツさえ掴めば、簡単だよ。出来る奴に任せれば良い。大体、指揮官の身体は1つだけだ。脳味噌だって1個だけだ。その為に現場指揮官が居るんだ。使える奴を見抜いて、そいつに任せるのが、戦争のコツだ」
もしその場にて滂沱玲音がいたら、正にその通り、流石は天才児と、賛辞を送っていただろう。仮設の指揮所からも、その光景は見えていた。人間は人間である以上、フィジカルは勿論、メンタルだって限界がある。人間以上の人間なんて居やしない。だからこそ、長い緊張状態のストレスに耐えきれずに、感情的になって、衝動的になる事だってある。
向き合っている「カナリア軍」が動き出しているのが、指揮所からも見えた。このまま未来永劫睨み合っていれば良かったかも知れないが、相手がこちらと同じくギフテッドであればこそ、これ以上の睨み合いは続けられなかった。
お互いに「税金」の使い途についての意見の対立による戦争。この複雑な渡世の中で、物事を極力単純化させると、そう説明できる戦争、「日本動乱」が、その瞬間始まったのである。




