0038 魔女と女神
この日、2人の男児が、宇宙統一機構・日本の首都星圏と呼ばれる地域にて生まれ落ちていた。首都・塔京にて生まれ落ちた阿戸蒜菜。千羽県の片田舎に生まれた滂沱玲音。日本の経済が全般的に「頭打ち」になっていた、開拓暦221年、新しいフロンティアを求めていたのだが、各自治体がその開発事業の足を引っ張り続けていた。今になって新しい生活圏を手に入れたとて、それが一体何になるというのか。これまで自分達に向けられていた投資が、全てとまでは言わずとも、かなり奪われると見て間違いない。
だからこそ、政権が別の銀河への開発計画を発表する度に様々な形で妨害工作・反対運動・嫌がらせを展開して、政権を転覆させてきた。例え自分達が飢えたとしても、破産したとしても、彼らは絶対に首を縦に振らなかった。もし賛成したとしても、その時は彼らの財政も破綻するのだ。
だからこそ、この日本にて2人の天才児、ギフテッドが同年同月同日に生まれたのは、もしこの宇宙に神が居たとすれば、それは正に「天啓」であった。「成長」か「枯死」か、2人の天才児はそれぞれのテーゼの元に担ぎ出されて、宇宙統一機構・日本の首都星圏を巻き込んだ、「日本動乱」と呼ばれる内戦の始まりである。
阿戸蒜菜。あど ひるな。彼の父は一族の誉であった。それまで定職に就かずに色々な女の元に転がり込んできていた家系の阿戸家にとって、公務員の職に就いた父は正しく鳶が鷹を産んだと言える事実であった。
蒜菜の生活水準は、それでもそこまで高くは無かった。塔京の中でも田舎の町に位置する地域にて育った蒜菜は、狭いアパートの狭い人間関係の中で過ごしていたが、彼には故郷に対する愛着は一片も無かった。彼が目を向けていたものは、もっと大きな所に、もっと遠い所に向けられていた。ここには無かった。
自分は此処で終わる人間じゃない。蒜菜がギフテッドである事は、早い段階で判明しており、学校も特別階級に早々と転属されていたが、これは阿戸蒜菜のプライドを高めはしなかった。むしろ、粉々に打ち砕く経験であった。
自分は特別。その認識は間違いはない。でも、自分だけは特別、と言う認識は害悪でしか無い。それを、蒜菜は強く教訓として叩き込まれていた。もし彼が本当に精神面にて今ひとつ成長していれば、その事実を受け入れて、自分の将来の糧としていた筈であったが、彼はその事実を受け入れられなかった。
蒜菜の性格は、ここから捻れていった。自分は特別だ、自分に勝てる人間なんて居ないはずなのに、世の中はそれを認めない。間違っているのは、この世界だ。それでも、自分1人で世界を変えるなんて出来る筈がない。そこまで自惚れては居なかったが、彼が13才になった頃、阿戸蒜菜の人生を変える出会いを迎えていた。
天才児が、塔京の中央区にやってきたその日、田舎生活の垢をスッキリさせていざ帰ろうとした時、彼はうっかり神様が引き合わせてしまったお姫様を見つけてしまっていた。
ルマ・ヴァスコール。御年9才の幼女が、腹を空かせた様子で、道端に座っていた。ルマと蒜菜が見つめ合う。蒜菜は経済的には困っていない。むしろ将来を約束された人材である。ルマ・ヴァスコールは、明らかに将来性なんて1個も無い。家出少女だとしても、あるいは孤児であったとしても、彼女と蒜菜はつり合わない。そう思う蒜菜に対して、ルマ・ヴァスコールは鋭い口調で言い放つ。
「見てんじゃねぇよ」
阿戸蒜菜は、我が耳を疑う。本来ならば、この貧困幼女が偉そうな口を聞ける立場では無い。身の程を弁えないルマの言葉は、衝撃であった。そうだ、こいつに出来るのであれば、俺にも出来る。天に唾を吐いたら自分の顔に落ちてくる。なんて諺があったかどうかは定かでは無いが、今の蒜菜は唾だろうと拳だろうと、天に叩き付ける、ルマ・ヴァスコールのこの態度は、彼の中に1つの決意を固めさせていた。
俺はまだまだやれる。こんな小汚い幼女が、ここまで強気に出られるのだから、自分だってやれば出来る。
滂沱玲音。ぼうだ れおん。首都星圏ではそこまで大きな経済力を持たないとは言え、彼の家は父親がやり手の経営者であり、玲音がギフテッド、天才児であるのを知った時、家族は一族の誉れとして、玲音の才能を祝福していた。
そして、滂沱玲音は特別学級へと進まずに、自分の人生を自分で決めていた。国防軍幼年学校へと進んだのだ。そこでもその才能を活かして毎年各教科の成績トップを独占していた。11才で軍学校を卒業したものの、軍人にはならずに、また別の学校に入り直していた。末は実業家か、あるいは企業戦士かと、将来を嘱望される人材として成長していたのだが、13才になったその日、玲音はその後の人生を決める女神に出会っていた。
齢は17くらいだろうか。身なりは普通程度だ。豪華でも無ければ下品でも無い。それでも、あんな所でこんな格好で立っているのであれば、そうやって食い扶持を稼いでいる類の家出少女だろう。
最初の印象は、お互いに微妙であった。玲音の印象は、「ああ、こう言う奴か」と言うもので、彼女の印象は、「けっ、お坊ちゃまが」と言うものであった。それでも、彼女は最大限の優しさを示して言う。
「ここはあなたが来るべき所では無いから、早く行きなさい」
精一杯の愛嬌と笑顔を作って言う。滂沱玲音、13才の運命の出会いである。玲音は、1つ聞いてみる。
「あなたの名前は?」
「マリー・サンズライドだけど、それが何か」
「僕と一緒に来て下さい」
マリーの反応は、予想通りであった。プッと笑って答える。
「あなた、これから結婚しようとでも思っているんじゃないでしょうね」
「明日から、僕、働きます」
マリー・サンズライドは焦る。こいつ、もしかして本気でこんな事を言っているのかも知れない。いや、言っている。ここは1つ、相手を傷つけない様に、やんわりと断らなければならない。
「働くって言っても、何をするのよ」
「何でもやります」
それから1ヶ月後に、日本動乱の幕をあける、2つの組織が立ち上がる。「外征結社」と「カナリア団」、「成長」か「死」かを問う2つの組織である。この2つの組織は、自前の軍隊をかき集めると、とある惑星に集結させ始めていた。
首都星圏内にある、人類文明発祥の地、惑星「テラース」。この星を征する者が宇宙を握る。とまで言われる、宇宙統一機構・日本の要衝である。そこに軍隊が送り込まれると言う事が、一体何を意味するのか、大概の人間が正しく理解出来ていた。
戦争である。




