0037(第3章 完) 戦の負債
遷都先の東の都・刃武州の仮玉座にて、大江帝はこれ以上無いくらいに歓喜の色をみせていた。首都・杯州から疎開してきた民達も、歴史的勝利に、都をあげて祝い倒していた。これで、後は普通の日常が待っているのかと思っていたが、それはとんでもない勘違いであったと、それから数週間後に思い知らされていた。
2度目の「碧伐」の準備が始まっている。その情報が齎された時、民は勿論、軍人も皆絶望で顔を染め上げていた。ファウスト島同盟が、大々的に宣伝しているのだ。嘘である可能性は低かった。総合戦力だけ見れば、碧よりもファウスト島同盟の軍勢の方が圧倒的に優位であるのは、誰もが知っている通りである。
新しい将軍を据えて、戦訓に基づいて兵を訓練して、準備万端整えた上で攻め込んでくるだろう。情報筋によれば、猶予期間は1ヶ月。人的動員をかけて、徴兵を行ったとして、1ヶ月は短すぎる。勝てる自信なんて誰1人持っていなかった。
大江帝は、各軍の総大将と家臣達を呼びつけて、会議を行ったのだが、この時でも悲観論が飛び交っていた。
「1ヶ月というのは時間が足りなさすぎます。こちらが体勢を整える前に攻め落とされるのは目に見えています」
「1ヶ月の間に出来る事は、せいぜい兵の基礎的訓練、あるいはこの刃武州の城壁の周りに堀を掘る程度です。根本的な問題には至りません」
「既に我が国の総戦力は7割が失われています。これを人的動員にて補うのには、万単位の徴兵が必要です。そうしたら、農耕に携わる民が減り、最終的に国が貧しくなります。結果は、碧の破滅です」
「ファウスト島同盟も、かなり危ない橋を渡っているでしょうが、我々が渡るべき橋は更に危険です。小手先の作戦や奇策ではどうにもならない戦力比です。幸い、我が国は一度辛勝とは言え、勝っています。その立場を利用して、なるべく良い条件で和平交渉をするのが一番良いと思います」
大江帝は、肩を落とす。どうやって戦っても、今の状態のまま、1ヶ月の間に軍備を再建させる事は不可能である。
一方のファウスト同盟軍もまた、かなりの綱渡りの政治であった。当初は4カ国であった同盟軍は3カ国まで減り、その3カ国の犠牲も大きく、正直1ヶ月と言うのはファウスト同盟軍にとっても短すぎた。しかし、戦の長期化は、参加している国々にとって財政は勿論、生産力も落ちてしまい、下手をすれば国が滅びることだって充分に有り得る。
ここは1つ、ハッタリでも良いから、「1ヶ月」と言う時間を提示せざるを得なかった。もし仮に碧が「1ヶ月」と言う時間を許容して、戦線を開いたとしても、辛勝、あるいは引き分けで終わるだろう。
だが、これ以上の損失に国が耐えられないのは、碧もファウスト同盟も同じであった。第3国による和平の仲介が、この際誰のプライドの傷つけないやり方であるが、小国にはその役は担えない。
結局、初めて使節団を送り込んだのは、碧の方であった。その使節団との交渉も、ファウスト島にて行われた事から、この一連での戦争を「ファウスト戦争」と呼ぶ事もある。
戦いはほぼ互角、あるいは碧の辛勝であった事もあり、交渉は碧の優勢で始まったが、アレクトスト帝国の特使の言葉が、その流れを完全に断ちきっていた。
「まだまだ我々には戦う力がある。もし再戦したら、我が軍が勝つ」
碧の特使は臍を噛む。決して間違ってはいないのだ。敵は3カ国、こちらはアスラン大陸最大の貿易立国とは言え、軍事力については前回の「碧伐」で全部使い切った形になっている。新しく軍備を立て直すのに、せいぜい半年か1年は必要だろう。理想を言えば、10年は欲しいところだ。
それは「ファウスト同盟」も同じだろう。また城塞を築いて戦おうにも、2度も3度も同じ手が通用するとは思えない。「北の城塞」の成功体験を引き摺って、新しい城塞を造って抵抗するというのは、危険な手である。
結局、経済的な譲歩を行うしかない。もともとそれが原因で始まった「碧伐」である。それはある意味、最終的に碧の敗北を認めるようなものであったが、これは仕方が無い。
「碧の商品に対する関税の導入」
「取引額の上限の設定」
「食料品などの生活必需品の取引の限定」
色々な条件が組まれたが、本国に持ち帰ってみたら、政府筋は侃々諤々、喧々囂々の議論が始まっていた。この程度の条件で「碧伐」を終えても良いのか。どうせまたトラブルが起きて戦になるのだと思えば、今の内に押し潰しなければならない。
彼らの感情論は、軍の現況を知らされて、一度に冷え込んでいた。それぞれ、4割、5割、4割の喪失。これを1ヶ月にて再建するのは不可能であり、1ヶ月と言う数字は完全な虚仮威しであると言う事実も知らされた。碧の国の損失はこれ以上かもしれないが、楽に勝てるとは思えない。
結局、経済的な譲歩案を幾つか導入した時点で、交渉は妥結した。今度は法による商いである。それで儲けが出るかどうか分からないが、戦よりはマシだ。
それから40年後、碧は「碧伐」にて発生した経済的格差に対する不平不満が興り、4カ国に国が分断して内乱状態になった事も、付記しなければならない。
第4章へ続く




