0035 理想の上司
将軍・雷剛は、此処へ来て小細工は不要としていた。場所は平地、地の利はお互いに無い。すぐ背後に首都・杯州があると言う点では、こちらが若干不利かも知れないが、大急ぎで遷都していると言う情報が入っていたので、その条件はかなり力を失う。
斥候によると、敵、ファウスト同盟軍はアレクトスト帝国軍を前面に出して、他の2カ国の軍、ヴァーチェス帝国軍とベルクト王朝軍は後方にて予備兵力として控えている。敵もまた、小細工不要と判断したらしい。真っ正面からのぶつかり合いを望んでいる。
戦力比はほぼ一緒。地形での小細工は出来ない。であれば、真っ正面からぶつかり合うほか無い。お互いに手詰まりであるが、和平交渉を行うよりも以前にもう一度、白黒つける必要がある。
この1度目の「碧伐」の決着をつけるのは、この摩前平原こそが相応しい。お上はそう判断した。碧の将軍・雷剛は、後方でドッシリと構えつつ、開戦劈頭よりその戦力の4割を失った軍を眺める。皆疲れ切っている。ここで勝てれば、1年か2年は余裕が持てる筈だ。その間に、こちらも国防体制をと整えられる。あるいはこれが最後の「碧伐」になるかもしれないが、それはそれで構わない。これから失ったものを商いで取り戻せる。
雷剛将軍の目線は、アレクトスト帝国軍の大将へと向けられる。いいだろう、ここから先、小細工は一切無しだ。こちらは予備兵力なんて一兵もないが、そちらの予備兵力もまた頼りにならない事を考えれば、問題外だ。
「聖華大陸1000年の命運この一戦にありっ! 全軍突撃!」
双方共に会わせると、10万近い軍勢が、真っ正面からぶつかり合う姿は壮観である。戦姫軍総大将・天鳳は、新しく支給された矛でもって、次々と敵を屠っていく。流石は碧が世界に誇る名工のうった矛である。相手の武器を砕いて、その先にある敵の身体を切り裂く。
こちらの闘獅子は、アレクトスト帝国軍の竜騎兵と互角に戦っている。龍と言っても、その正体は鰐やトカゲを品種改良して作りあげた龍もどきである。それでも、闘獅子に牙を突き立ててくるのは、見事なものである。連戦続きの中で、互角の勝負をしているのは、むしろ善戦していると見るべきであろう。
天鳳以下碧国戦姫軍は、劣勢の筈であるが頑張り通している。これも新しい武器を揃えた成果である。清栄の手柄だと言っても良い。
が、それでも多勢に無勢。敵の方が数が多い。戦いが長引けば長引くほど、こちらは寡兵にて大兵力と戦わなければならない。幾ら得物が優れていても、このままでは負ける。
であれば、何かデカい手柄が必要だ。デカい手形らと言えば、決まっている。敵の将軍の命だ。総大将までは、流石にこの矛も届かない。いや、届かせてみせるのだ。
闘獅子総大将・馬濡禹もまた、同じ事を考えていた。自分も部下も可愛い闘獅子も、皆立派にやっている。だが、このまま消耗戦を繰り返せば、いずれこちらは一兵もいなくなる。何しろ敵はこれまで力を貯め込んでいた、温存されていた予備兵力とも言える連中である。ここまでの戦いで消耗したこちらよりも、断然有利である。
だとすれば、雑魚を相手に消耗するわけにはいかない。将軍の命をもらうしか無い。馬濡禹は、天鳳とは違って、欲が深かった。いや、物事について厳しい目線で臨んでいた。総大将の首をもらわなければ、この事態は好転しない。
巨神軍は、より速く、同じ結論に至っていた。巨神軍総大将・歓美は、身長20メートルの巨軀で殴り合う巨神達を見て、このペースで行けば1対2、あるいは1対3で戦わなければならなくなると踏んでいた。だとすれば、狙わなければなるまい。敵将の首。それも将軍や将軍補と言った脇役では無く、総大将の首だ。
全軍の総大将が同じ結論に至っている中で、将軍・雷剛もまた同じ事を考えていた。具体的な策は無い。妙案だってない。無論、作戦も考えていない。それでも、このまま消耗戦を続けていたら、いずれはこちらの戦力が尽きて負ける。総大将の首を取るしか、この状況を打破するしか無い。
今の所、思いつける作戦はこれ1つだけだ。
「私自ら前に出る。敵の大将を誘き出すにはそうするより他ない」
そう言う雷剛に対して、他の部下達は止めに入る。無茶だ、止めた方が良い。部下達を信頼して任せるべきではないか。
「その部下達も、みな同じ結論に達している筈だ。この状況、引っくり返すのには、敵の総大将をやるしかない。敵の総大将を引き寄せるのには、大きな餌が必要だ。それには、私の肩書きと命では不足は無い筈だ」
しかし、万が一、雷剛将軍になにかあったら。
「その時は、他に強い奴を将軍にして交戦を続けろ。そのくらい、訓練で学んだ筈だろう。お前達と共に戦えた事は、人生最高の喜びであった。おっと、まだ負けたと決まった訳ではないな。よし、では行こう」
この雷剛将軍の前進は、各々の軍の総大将に一斉に共通の認識を与えていた。流石、持つべきは矢張り話の分かる上司だ。後はこちらが上手く立ち回れるかどうかだ。さて、どうやりに行くか。そもそも、敵の総大将がこれに釣られて前に出てくるのか。
サルスト・カーヴァイン総大将は、この敵の動きが陽動にあると見抜いていた。だが、これに誘われて自分も前に出ようとは、あまり思えなかった。わざわざ釣り糸に向かっていく魚になるのは良くないことだ。例え、釣った奴の腕を囓りとれたとしても、だ。
しかし、味方の士気に悪影響が出る。此処はでなければならない。嫌な予感を抱きつつも、サルスト総大将は、本陣を前に出す。見え透いた陽動に本部がビビって動けないのではないか、そんな疑いを胸に抱いていたアレクトスト帝国軍は、今一度士気を持ち直して、前線にて踏ん張る。こいつら、強い。碧の軍隊は、この戦に負けたらどうなるのか、そこを正確に理解していたので、文字通り死ぬまで抵抗し続けていた。
でも、大丈夫なのだろうか。もしこれで本当に総大将を殺されたら、天下の笑いものだ。




