0034 決戦前夜
アレクトスト帝国軍総大将、サルスト・カーヴァインは、集まってきたヴァーチェス帝国軍、ベルクト王朝の消耗しきった状態を見て、今後の決戦の主力は自分達になると覚悟していた。「北の城塞」を担当していたベルクト王朝は特に酷い有様で、全体の3割を失い、2割は負傷兵として後方に送られていた。事実上の壊滅状態である。その辛い辛い攻城戦もこれにて終わり、これから良い条件の平地での決戦となるのだが、残念な事にベルクト王朝軍の出番はそこまで無いだろう。
同じ事は、ヴァーチェス帝国軍にも言える。激しい攻城戦にて、これもまた全体の3分の1を失っている。負傷兵もかなり抱えており、彼らをメインに決戦を行うことは出来ない。
下に恐るべきは、碧の戦略である。なるべく少ない犠牲で敵の数を減らして、同等になるまで戦って、1対1の戦いに持ち込む。用兵の鑑とも言える作戦である。但し、最後の最後で負けてしまったら、全部パーである。それだけに碧の軍は必死になって戦う筈だ。
摩前平原。首都・杯州のすぐ後にある平原こそが、碧軍の最終防衛ラインだ。ここで戦って負ければ、「碧伐」は大失敗に終わる。帝室や王室は赤っ恥をかき、中には政変も起こる可能性がある。ギルスタン同盟は、一足早く降伏したが、その後の王室の状態は「混乱」の一言に尽きる。その次は恐らく「内乱」である。
敵である碧軍も幾らか消耗している筈だから、1対1と言う訳にもいかない。まさか、もう1つの城塞が出来上がっているなんて話は無い筈だ。
サルスト総大将の見立ては、ほぼ当たっていた。2つの城塞に立て籠もって、敵を迎え撃ち、最小の犠牲で最大の成果を上げたのだが、それでも消耗は避けられなかった。開戦前の総戦力から、4割は失われていた。しかも、「西の城塞」と「北の城塞」から強行軍にて移動して摩前平原に来るまでに、一刻の休みも無しに急行したのだ。碧軍が辿り着いて、陣を敷いた頃には、既にアレクトスト帝国軍を主力とするファウスト同盟軍は、完全に無傷な姿を碧軍に見せつけていた。
首都・杯州では、役人は勿論の事、民達もまた逃げる準備に明け暮れていた。もっと東の大きな都に遷都すれば良い。敵の兵站線に負担をかけさせるのと同時に、精神的な痛手も期待できる。
大江帝は、玉座はそのままに東の都・羽武州へと移動するべく、必要なものを集めて、馬車に乗せていた。出来れば、玉座も載せて運びたい気持ちであったが、今は戦時下なのだ、本土決戦なのだ。下々の民に対して示しをつけなければならない立場であろう以上、帝室としての模範を示さなければならない。
これは、ここから未来の世界になると、「焦土作戦」の1つとなるのだが、この頃はまだ敵を奥地まで引き込んで撤退を促す、と言う苦肉の策だ。
それに、この時代にて最高級品の武器を揃えていた。生き残った兵達は、その質に驚いていた。これならば、敵の盾も鎧もバッサリ斬れるに違いない。特に将軍級には、デカい・強い・高い武器が用意されていた。
そして、大江帝はもう1つ、禁じ手を使おうと試みていた。再動員、即ち更なる徴兵である。兵は思っていた以上に早く消耗し、早く死んでしまう事に気が付いたのだが、これは気が付くのに遅すぎた。ここから先、どこまで兵役を民に課すのか、その見返りは如何するのか。まだ決めていないことだらけである。
東の都・刃武州が首都としての機能を持てたら、全てを決するつもりであった。大江帝の矜持と名誉を考えると、屈辱的な決意であったが、現実問題、そうしなければ負けた場合の保険が無いのは危険すぎた。一番良いのは、碧軍が摩前平原にて撃退することであるが、それはかなり微妙な話だ。
それに、だ。今回の「碧伐」に敗北したからと言って、それで平和が訪れるとは限らない。人的資源や兵站が整えば、まだ第2、第3の「碧伐」は行われる。2度と攻め込まれないように、可能な限り準備しておかなければならない。
大江帝は、人力車にて運ばれながら、祈るだけであった。やるべき事は全てやった、あとは天命を待つのみであるが、それで天が贔屓してくれるとは限らない。敵だってやるべき事は全部やっているのだ。このまま戦いを続けていれば、この世界で一番豊かな国である碧は、度重なる軍事費の支出と人的消耗によって、消滅してしまう可能性もある。
一方の摩前平原に集結した碧軍は、渡された武器を看て、度肝を抜かれていた。こんな立派な剣、槍、矛、矢、見た事が無い。相手の盾や鎧を無慈悲に切り裂く武器に違いない。
戦姫軍総大将の天鳳は、自分に与えられた武器を持って、歎息を漏らしていた。見た目は重厚な矛であるが、それ以上に軽い。どんな素材を使ったらこんな矛が造られるのか。
新しい総大将となった将軍、雷剛は、剣に一頻り感動した兵達を整列させると、戦う前の最後の訓示を垂れる。
「この戦いは聖華大陸1000年の命運を賭けた戦いだ。決して負ける訳にはいかない。この一戦にて、この戦は終わるだろう。しかし、「碧伐」がこれで全て終わるとは限らない。第2、第3の「碧伐」が来ない様に、我々は此処で全力で戦い、そして勝たなければならないのだ。今回、後方から届いた得物は、清栄が碧全土の鍛冶屋に用意させたものだ。間に合わないと言われていたところを、無理して造らせたのだ。誰も、誰1人として諦めていない。我々は絶対に負ける訳にはいかないのだっ!」
残る碧軍、戦姫軍16000、闘獅子軍7900,巨神軍59,歩兵29000は、完全に無傷のアレクトスト帝国軍と戦わなければならない。全員、覚悟は決めていた。絶対に勝つ。勝たなければならない。新しく支給された得物を天に掲げて、残る碧軍は叫ぶ。
檄を飛ばした雷剛自身、勝てる自信はこれっぽかしも無い。目標は勝つ事と言うよりは、負けない事、追い払う事に重点を置かざるを得ない。
そして、もう1つ、決意している事があった。もし戦局我に利無ければ、更に東に逃げ延びていくしかない。敵の兵站はもう限界に近いだろうから、それを察した敵は逃げ帰るだろう。
もう良い。やるべき事は全てやった。後は結果がどうなろうと知らん。俺の力が及ばなかった。それで終わりで充分だ。否、他の奴がやっても勝てるかどうか分からない戦いだ。誰の責任でもない。これも運命って奴だ。




