0033 新しい得物
鍛冶屋の清栄は、自分の城とも言える工房にやってきた軍の監督官に食ってかかっていた。
「そんな量の注文は受けられません。いや、量だけではなく、納期すらうちの工場の能力を大きく越えています。それに、断言させてもらいますが、この碧の国の鍛冶屋や工房にて、これだけの量の武器をこんな短い納期で造れる所は1つだってありやしません」
「この未曾有の国難に、そんな悠長な事は言ってはいられん。お前が駄目なら」
「もう一度言います。何処の工房もこんな量をこんな短い間に用意できません。ただ、全ての工房にて協同で取りかかれば、納期に間に合う可能性はあります」
「その必要は無い。ここの工房以外の鍛冶屋は全部仕事を請け負った。断ってきたのはお前だけだ」
「そいつら全員詐欺師です。納期に間に合わせただけの粗悪品を掴まされます。そうなったら、現場で我が国の兵士が血を流す羽目になります。繰り返し言いますが、一箇所の工房にてこれだけの剣、槍、矛を用立てられる所は1つだってありません。しかし、全ての工房にて分担して作れば、どうにか間に合います」
「報酬は倍払うぞ。それでも駄目か。愛国心は無いのか」
「愛国心以前の問題として、出来ないものは出来ないのです。私は魔法使いではないので、鉄に魔法をかけて武器を造る事は出来ません。職人としての発言です」
「……立派なものだ。お前には3倍の報酬を払い、他の連中には通常の報酬を渡す。今、この「碧」の国は危機的状況にある。その中で、暴利を貪らずに職人としてものを語れるのは大したものだ」
監督官は、「碧」の全土に早馬を出して、この清栄の提案を広げる。1週間以内に、注文通りの剣、槍、矛を用意するべし。清栄は、これまででも充分に歴史に名を残す、碧にて最高の鍛冶屋であったが、この1件に置いてその名声を更に高める事になる。
「北の城塞」と「西の城塞」。2つの城にて展開されている戦、「碧伐」は、その夥しい犠牲の中で、双方共に「継続」か「撤退」かの議論が、そろそろ現れ始めていた。特に後詰めの兵を持たないベルクト王朝軍が戦っている「北の城塞」は危機的な状況であり、このまま流血を長引かせれば、戦力比が逆転する可能性も出ていた。
詰まるところ、それが「碧」の意図であると気付いていた。城塞に立て籠もってこちらの出血を誘い、決戦に持ち込んでこれを打ち負かせる所まで減らして、決着をつける。
ベルクト王朝軍はまた、これから如何するべきか、議論を尽くしていた。「西の城塞」と「北の城塞」、どちらか一方を落とせれば良い。逆に言うと、どちらか一方でも落とせば、碧の国は終わりだ。
そう、どちらか一方、落とせば終わりだ。今の所、こちらのファウスト同盟は戦力を二分にして戦っている。兵力分散の愚を犯していたのは、何も敵ばかりでは無い。奪われた主導権を、再びこちらが握り直すのには、「方針の転換」と言うのが必要ではないか。
「北の城塞」と「西の城塞」、どちらかを陥落させれば、それで終わりだ。2つ同時に落とす必要は無い。
遂に気が付かれてしまったか。
大軍師・來汰は、事実を素直に受け入れていた。自分の腹心の軍師、叛明からの報告を聞いて、緊張で顔を強張らせる。
「ベルクト王朝軍が、西に向かって進撃中。恐らく、「西の城塞」を挟撃するつもりである。注意されたし」
そうだ、「西の城塞」と「北の城塞」、両方を落とす必要は無い。どちら一方を落とせば、その時点で碧は終わる。3カ国全部動員した上で、西か北か、どちらかを攻め落とせば良い。後は無防備な土地が広がるのみだ。
どうする。これから「北の城塞」を守る碧の軍勢を「西の城塞」に向けるのか。いや、間に合わない。兎も角、今は「西の城塞」の味方が、こちらの期待通りの判断を下してくれるかどうかにかかっている。次の「決戦」までに、その判断が下せるかどうか、そこにかかっている。
さて、上手くやってくれるだろうか。事前に取り決めは無かったが、ここまで戦い抜いてきた同僚ならば、同じ結論に至る筈だ。
「「西の城塞」を捨てるしか無い」
戦姫軍総大将の天鳳は、そう言いながら眼前に増えた敵軍の物量を見て、思わずそう零していた。もう「城塞」にて戦い抜けるところまでは戦い抜いた。後は、「北の城塞」にて籠城戦を戦った友軍と合流して、決戦だ。
他の連中が、この城塞に拘り続けたら、その時は、この「西の城塞」を枕にして全員討ち死にする。総大将と言っても、戦姫軍所属の天鳳には、全軍の指揮権は無い。しかし、自分でも分かっているのだから、他の大将達も、そして軍師達も、同じ結論に至っている筈だ。
「可及的速やかに「北の城塞」に居る友軍と合流し、首都・杯州まで攻め込まれる前にこれと決戦し、勝利するべし」
天鳳がそう具申しようとした時、城での会議は既にその方向で固まっていた。大軍師・來汰からは、こう言う状況下での取り決めは一切無かったが、既に「実戦経験」を積めるだけ積んだ彼らの判断は、速かった。
今は兎も角、大急ぎでこの城を脱出するべきだ。そうなれば、もう後には戻れない。頼るべき城も何も無い、首都・杯州を賭けた平地での決戦が待つのみだ。もう城2つで削れるところまで削った後だ。この城には世話になったが、恐らく敵軍はこの城をぶち壊してから進軍するだろう。それは寂しいことではあったが、我慢できないわけでは無い。我慢できずに城を死守するのは最悪の選択だ。
「どうやら、奴等、本当にこちらの見立て通りに「決戦」に持ち込むらしい」
「あんな立派な城でも、惜しげも無く捨てられるんですね。憎たらしい。お金持ちの国のする事は、理解出来ませんなぁ」
「いや、あの城はもう使える所まで使い倒した。もう役目を果たしたんだ」
「で、残された城はどうします?」
「ぶち壊せ」
「西の城塞」は、ファウスト同盟の巨神の拳と蹴りでもって砕かれて、瓦礫の山と化していた。同盟軍が城の中に入った頃には、既に敵の姿は勿論、水も食糧も無かった。後に遺されたのは、1000年経てば城跡が発掘されるかもしれない基礎のみであった。
大江帝は、顔を強張らせていた。遂に城塞を抜かれた。西から大挙として攻めてくるだろう、3つの帝国の軍勢に対して、こちらは1国の力のみを頼みに戦わなければならない。決戦だ。
もしこの決戦で負ければ、もう2度と聖華大陸に国は興らない。この大陸の、この大地の為の戦いだ。この決戦で戦い、勝つのだ。その為の武器は、既に揃っている。全土の鍛冶屋に命じて作らせた、新しい剣、槍、矛、矢に至るまで、あらゆる武器を用意しておいた。
清栄は、首都・杯州にて自分達が打った鉄で出来た武器の納品に訪れていた。聖華大陸全土に存在する鍛冶屋という鍛冶屋に作らせた、特に将軍の位に居る者には、特に強力な武器を用意していた。
これで駄目だったら、なんて考えない訳では無い。人生、常に最悪な事態を想定して準備するのも重要だ。清栄にとって、これが人生で最も大きい仕事であった。
「勝てよ、おめぇら。絶対に勝てよ」
清栄はそう言いながら、首都・杯州の城門から去って行った。
「碧伐」は、此処に2度目の山場を迎えていた。




