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DECIDE YOUR DESTINY:ZETA  作者: 北村タマオ
第3章 「碧伐」篇
29/33

0029 2割

 それは、お互いにとって初めての経験であった。ギルスタン同盟と碧は、ここで初めて剣を交えるのだ。お互いに図上演習を繰り返して、相手の情報も可能な限り仕入れて、色々な場面を想定して研究を行った。

 別に無駄な行為ではない。むしろ、やらないよりやった方が良いくらいだ。「想定の範囲外」の事態に陥った時、どんな賢者であろうと勇者であろうと、手も足も出ないままに叩きのめされる。様々な場面を想定して訓練を行うのは、その「想定の範囲外」を1つでも減らすのに、最も手軽で効果的なやり方である。勘だけではどうしても限界がある。

 碧の大軍師・來汰もまた、勘だけで「碧伐」に対抗しようとしたわけでは無い。時間の許す限り、寝る間も食う間も惜しんで図上演習を繰り返した末に、「守りに入れば確実にやられる」と言う結論が導き出された結果である。しかし、そこから先の事態は想定していない。時間が無かったのと、判断材料に欠けている部分が多いからである。

 つまり、図上演習にて想定できた状況は、ここまでだ。ここから先は、全部「想定の範囲外」の事態である。最低限、兵法というのは学んでいたが、ギルスタン同盟を相手にした兵法はそこまで多くは無い。それは今正にこちらに向かってきているギルスタン同盟軍も同じである。

 お互いにとって、初めての経験である。そして、お互いに、この一戦にて全てを決するつもりであった。


 碧国戦姫軍総大将の天鳳は、敵の戦姫軍が地上の味方を援護する高度にて空を飛びながら、剣や槍をしごいて、こちらに向かってきているのを見ていた。おかしいものだ。まるで現実味が無い。もしかしたら、これは質の悪い悪夢であり、本当の自分は今頃自宅にて眠っているのかも知れないと、そんな事も考えてしまう。

 それでも、地上では早速、碧国の闘獅子が、ギルスタン同盟の鬼鳥と殺し合っていた。並の獅子の2倍の体躯を持つ闘獅子と、馬の様にデカい軍鶏の鬼鳥、それに跨がる騎士達の矛や剣が、悲鳴や怒号と共にお互いの牙と嘴を紅く染めていく。ギルスタン同盟の戦姫が、剣を振りかざしながら突っ込んでくる。こいつを殺すのか。お互いに相手の顔を見ていても、矢張り何処か現実味が無い。

 天鳳は巨大な矛を構えると、一旦その場にて止まる。ギルスタン同盟の戦姫軍の先頭を征く戦姫は、剣を振りかざして、こちらに真っ正面から突っ込んでくる。勇敢だ。そして、馬鹿正直に真っ正面から来ている様に見えて、一分の隙も無い。

 ここは1つ、防御の型だ。矛でもって相手の一撃目を受け止めて、これをはね除ける。大きく姿勢が乱れる敵の戦姫の胴体を、自慢の矛でもって横薙ぎに振るう。無惨な骸となって、地面に落ちる戦姫。矛には血と脂がベットリと付いている。

 部下達も、全員敵の戦姫と戦っている。戦況は7分3分と言ったところで、こちらの優勢である。先ず絶対数が、こちらの方が上だ。戦いは数である。天鳳は次の敵を探して、苦戦している部下の援護に向かう。こちらの気配に気が付かないままに、デカい矛にて背中から叩き斬られる敵の戦姫。


 今回の出兵の総指揮官を任じられた将軍、詠璧は、7分3分の戦いにも切歯扼腕していた。まだ戦いは始まったばかりなのに、損失が大きすぎやしないか。確かに相手は、4カ国の内で最も勢力の小さい国ではあるが、他の3カ国は出来れば相手をしたくない大国だ。

 駄目だ。矢張り何の作戦も計画も無しに戦っても、無駄に兵を死なせるだけだ。あれだけ苦労した図上演習も、矢張りまだ不足であったと言わざるを得ない。何処かしらで戦法を変えなければ、消耗戦でこちらの負けだ。このままじゃあいけない。

 ……まぁいい。取り敢えず、今は目の前の戦に集中しよう。でなければ、今回の教訓を生かす場も失われる。幸い、敵はこちらよりも寡兵故に、戦局はこちらが有利だ。そろそろ後退するだろう。そうなった時、更に追撃するべきか、あるいはこちらも一旦退くべきか、判断するのはこの戦いでの犠牲を材料にするしかない。


 天鳳の矛が、鬼鳥の頭を叩き割り、乗っていた騎士を吹き飛ばす。お互いに足の遅い巨神軍が前線に到着した頃には、勝敗は既に決せられていた。碧国の巨神軍は、ギルスタン同盟の鬼鳥軍や兵隊を踏み潰そうとして、それを相手の巨神軍が阻止するべく体当たりしてくる。撤退する味方の為に、殿を務めるつもりなのだ。

 そこから先は、もう教科書通りの展開だ。味方が逃げ延びるのを確かめた上で、自分達も逃げ始める。その頃には、既に仲間の半分は討ち取られていたが、残り半分は後方へと後退していく事が出来ていた。碧軍の追撃が無かったからだ。それ即ち、その犠牲について、詠璧将軍が懸念を訴えたからだ。


「手緩い!」

 闘獅子軍総大将である馬濡禹は、詠璧将軍に詰め寄る。

「敵はこちらが逆に攻めてくる事を想定して居らず、準備も中途半端で、作戦らしい作戦も無い。それでもこの勢いに乗って敵を減らさなければ、否、打ち負かさなければ、また次戦わなければならないのだぞ」

 分かった。分かったから、こちらの話を聞け。

「この一戦にて、我が軍は総戦力の2割を失った。これは事前の想定を遙かに上回る人数だ。これ以上の犠牲を払えば、今後の戦いに大きく影響するのは必至だ。あそこで追撃していても、更に犠牲を増やす結果になっただろう」

 2割。これを聞いて、他の将軍達の顔色が悪くなる。背筋にも冷たいものが走る。確かに、あの7分3分にてこちらが有利な戦況で戦っていたのは確かだが、その為に総戦力の5人に1人を失うとは、大損害である。人的動員が、兵役として若者を引っ張っていけば、国力の基礎となる人材が払底してしまう。

 100年ぶりの戦にて、突きつけられた現実がこれだ。兵隊は人々が思っている以上の勢いで失われる。これ以上の動員を行うのは、なるべく避けたい。來汰以下、碧の軍師達が、詠璧将軍に対して念を押していたのは、人的動員は無制限に行えないと言う事実である。

 それが現実の問題として、こうして表に出て来ていた。このまま戦うか。あるいは一旦引き下がって様子見をするか。指揮官は詠璧将軍、ただ1人である。詠璧は、進むべきか退くべきか、かなり迷った末に結論を出す。

「天鳳総大将、斥候の戦姫を幾らか用意してくれ。それで敵軍が居なければ、このまま首都を直撃する」

 大きく出たものだ。しかし、現状ではそうするしかない。2割の損失は今更取り返しようが無い。元々そのつもりで此処へ来たのだ。後から続く3カ国の足並みを完全に崩して、戦の主導権を握り返すのには、こうするしかない。


 一方、ギルスタン同盟の家臣達は、全員混乱の極致にあった。小癪にも碧軍は、4カ国による「碧伐」で防御に回る事は無く、逆に攻め込んでくると言う奇策に打って出ていた。そして、「碧伐」に参加した4カ国の中で、最も近くて小さい国であるギルスタン同盟を狙ってきた。こちらはまだ戦備体勢だって充分に整っていなかったのに、こちらより数の多い碧軍と戦い、勇戦虚しく敗北して、現在撤退中だ。

 どうする、このまま祖国の大地を血で染める事になれば、街に火をつけられたら、この国は終わりだ。手を引くべきか? 悩んでいる内に、ここ首都・ベンダポーレに碧軍が向かってきていると言う報告が齎された。

 素直に、「負け」を認めるほか無かった。


 大江帝は、碧軍勝利の報を聞いて、拳を天に突き上げて叫ぶ。それに合わせて、王宮に詰めていた大勢の家臣や軍師も鬨の声をあげる。そして、その後に発生した犠牲を聞いて、一度暖まった戦意が底冷えする羽目になっていた。

 一度の合戦で総戦力の2割を喪失。これ以上に恐ろしい話は無い。この「碧伐」を生き延びる為には、更なる兵役の拡大も視野に入れなければならない。だが、そんな事を繰り返していたら、何時か兵隊として使える人間が1人も居なくなる。

 戦法を変える必要がある。と言う現場からの報告は、大軍師・來汰も思う所であった。馬鹿正直に真っ正面からぶつかり合っていたら、今度は2割ではすまないかも知れない。

 さて、これで幾らか時間は稼げて、敵も1国打ち倒した。次の標的は決まっている。北の強国、ベルクト王朝である。紅熊と言う巨大な熊を象徴としている、このアスラン大陸の北半分を支配している国だ。今度は何の考えも無しに全軍突撃と言う訳にはいかない。


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