0028 「碧伐」開始
戦姫軍総大将である天鳳は、戦争を知らない。否、この「碧」の国にて生きている人間の中で、「戦」を知る者は1人も居ない。これから、この「碧」の国に攻め込んでくる4国の若者達についても、同じであろう。お互いに「戦後世界」にて、平和に生きてきたと言うのが真実である。
天鳳の率いる戦姫達ですら、聖華大陸がまだ分裂していた時代を知らない。天鳳が両手に持つ矛すら、一度も血で汚れた事が無い。
その矛が今、血で汚れようとしている。目前に迫り来る「敵」の数、4国がバラバラになって攻めてくるのであれば、まだ勝ち目はあると言う話であるが、闘獅子軍、巨神軍、全ての軍が纏めて作成した作戦案では、戦う前からバラバラにさせる事は出来ない、と言う結論に至っていた。敵は当然、こちらが「分裂」を狙って、あるいは願っていると気が付く筈だ。だからこそ、こちらから敵を分断させなければ勝ち目が無い。
4国では、言語も文化も異なる国々であり、現場レベルでは分裂しているに違いない。そこを突いていくしかない。あるいは、こちらから作りに行かなければならない。これも、当然4国は同じ結論に至るはずだ。自国の面子もあるだろうから、4国の軍勢が現場レベルにて連携できないのは、当然敵も味方も分かりきった話だ。
敵も味方も、同じ人間であれば、考えて計算して行き着くところも、同じである。ベルクト王朝、ギルスタン同盟、ヴァーチェス帝国、アレクトスト帝国、この4カ国は、言語も文化も違う。当然、訓練形式も命令系統も違う。現場レベルで共同戦線を組むのは、相当な無茶である。それが4カ国も集まるというのは、作戦指揮を預かる軍師や将軍クラスの人間にとって悪夢そのものである。
だからこそ、そこに付け入らなければならない。ファウスト島会談の事は、「碧」の大江帝は一切関知する所では無いが、軍師と将軍の軍議にて、練り尽くされた作戦が、これである。
天鳳は、ギルスタン同盟の軍勢を眼下に見下ろす。噂で聞いていた、鬼鳥軍と呼ばれる軍も含めて、戦姫軍と巨神軍も、それに兵士達も揃っている。このまま聖華大陸にて守りを固めて戦っても勝ち目は無い。であれば、防御的発想を全て捨て去り、敵に攻め込まれるのを待つよりも、こちらから打って出るべし。4カ国の内、攻めていける敵国に対して攻めるべし。
その4カ国の中で、最も距離が近くて、最も弱い勢力である、南のギルスタン同盟から攻め落とす。どうせ防御に回っても、いずれは負ける。幾ら「碧」がこの世界で、「テラース」にて最強と言えども、1対4では防御するのには弱すぎる。であれば、この戦力差を引っくり返すには、こちらから攻め込まなければならない。守りに入って、何時か諦めてくれるのを待つよりも、自ら攻め込んで主導権を取り返さなければ、ここから先、同じ様な事は幾らでも起こる。
ならば、こちらから攻めていくしか無い。
鬼鳥。見た目は軍鶏に近い巨大な鳥に跨がりながら、ギルスタン同盟の総大将、クァンタス・ベイ・ユーは、眼前に広がる「碧」の軍勢を見つめて思う。
畜生、話が違うじゃないか。事前に行われた軍議では、「碧」軍は戦場にてこちらの分断を誘い、弱い勢力から狙っていく。その為に、戦場にてこちらの軍勢を分断させようとするだろう。なので、4カ国が「同時に」敵に対して攻め込めば、敵は自分の軍勢を4つに別けるか、あるいは首都に戦力を集中して持久戦に出ると思われる。首都決戦も長期化すれば、相手は国力を大きく削られて、「碧伐」の目的はある程度は達成できる。
しかし、現実はかくの如し。こちらが逆に攻め込まれている。まさか、これから攻め込まれそうな国が、逆に攻め込んでくるとは。確かに、他の帝国や王朝が揃えている「碧伐」軍の規模は、同じ「碧伐」に参加しているギルスタン同盟には揃えられないレベルの規模と数である。あれを1対4と言う環境で迎え討つとなると、かなり厳しい、いや、完全に負ける展開となる。
なる程。これはこれで策としては上策であったらしい。天鳳は、空からギルスタン同盟軍を見下ろしながら、明らかに相手が動揺しているのを感じ取っていた。この策を思いついたのは、此処には居ない、「碧」軍の最高司令部にて大江帝の傍に居る、軍師の中で最高位に居る男、來汰が導き出した答えである。
大軍師の作戦は大当たりだ。來汰は、その名誉と地位に相応しい仕事をしたのだ。現場の指揮を預かるのは、「碧」軍の将軍、詠璧である。猛将だとか名将だとかは、まだ判断材料に乏しい今は決めかねた。良い意味でも悪い意味でも凡将という表現が正しい男であった。
その詠璧は、内心では震え上がっていた。何しろ、この100年、戦なんて一度も無かった。その平和ボケした軍勢を率いて、そして自分自身もその平和ボケにて頭も身体もぬるま湯に浸かってきた将軍として、今後も上手くやっていけるのか、自信なんて一欠片も無い。
詠璧将軍は、内心、戦が怖い。恐ろしい。でも、一度拝命したこの仕事を投げ出す気にはなれなかった。運命を選ぶのは、否、自分が運命に選ばれたのかも知れない。ここまで来たら、後はもう野となれ山となれ、自分と部下達の力を信じるほか無い。
東南アスラン大陸の平地にて、お互いに地の利の無い戦場の上でお互い睨み合っていた後で、詠璧将軍は叫ぶ。
「全軍前進っ」
かくして、「碧伐」の一戦目が、予想外の形で実現していた。後は野となれ山となれ。将軍の感じた事は、この戦に参加していた全ての「碧」軍兵士の感じるところでもあった。これで死んでも良い、とまでは感じていなかった。どうでも良いから、生き延びたいと思ったら、戦うしか無かった。




