0027 法無き商い
変わった帝であった。
帝の癖に、無欲なのだ。三度の飯もそこまで贅沢では無く、妃を相手にすれども宮女にはそこまで関心を持たず、更に言うと政治についてもそこまで口は挟まずに、信用できる家臣達を配置したら、後は彼らの好きにやらせていた。
もしかすれば、人これを名君と呼ぶかも知れないが、このらしくない「帝」の治世は、元々この「碧」の国が、聖華大陸を統一してから100年が経ち、北に隣接するリジーナ大陸、東南アスラン地域、更には西の果てにあるヴィクター大陸にまで商いの範囲を広げて、世界中にて金儲けを、それもかなり悪辣な方法にて暴利を貪っていたので、世は正に「碧」の国の威光が地上を遍く照らす時代となっていた。
「碧」にて最強の戦姫と名高い女、天鳳は帝である大江を前にして思う。こんなに帝らしくない男が、帝として振るわなくてはならないのは、ある意味不幸な事かもしれない。人間、家の床にて逝くのが最高の幸せ。そんな言葉があったかなかったか。この大江帝は、そんな最期を迎えてほしい。そう思っていた。
しかし、そうもいかなくなっているのが、「碧」国の周辺にて漂っていた。この日は、天鳳がそれを伝えなければならなかった。軍最強の戦姫として、戦場にて最も信用されている戦士として、彼女の口から、この一言が出てきていた。
「各地にて戦の兆候が見られます。北のベルクト王朝、南のギルスタン同盟、西のヴァーチェス帝国、更に西のアレクトスト帝国、これらの国々にて、現地にて商いをしている我が国の商人達が一斉に「碧」に引き上げてきています。皆、現地にて戦の準備がされていると気付き始めているのです。噂は既に民にも広がっており、これから、この大地に置いて最強の国を決めなければならない戦が始まります。止める事は出来ません。しかし、備える事は出来ます。その過程で、大勢の犠牲が出るでしょうが、それは堪えなければなりません」
大江帝は、ここでようやくハッキリと表情に感情を表した。
「その話、朕もまた噂として聞いていたが、もはや止められぬ所まで来ていたのか」
闘獅子軍の将軍補、闘備も口を挟む。
「今や交渉にて物事が収まる気配はありません。我々に残された道は2つに1つです。貿易を止めて倹約政策にて細々と暮らすか、あるいは受けて立つか」
「朕自らが、交渉すれば、まだチャンスは無いか」
これに対して、巨神軍の将軍、甲斐糖も告げる。
「それは交渉では無く、降伏です。商人達の声を聞けば、周辺の国々が本気なのは明らかです。現地の武器商人に対して、軍が惜しくも無く金をばら撒いて武器を買い集めているとの話です。鍛冶屋でも、次々と来る注文にて昼夜を問わずに鉄を叩き続けているとか」
戦姫軍総大将天鳳が、これに止めを刺す言葉を告げる。
「我々もまた、矛や槍、剣や弓矢を準備しなければなりません」
大江帝は、玉座にて座りながら、天鳳の顔を見て、他の家臣達の顔を見て、最後に天を仰いで、肩を落として言う。
「矢張り、法無き商いは恨みを買うものか。それを100年も続けたのだ」
こちらの世界で言う所の、「神の見えざる手」を否定する言葉が、この時点で発せられていた。法無き商いにて、集中豪雨的な輸出や、在庫から根こそぎ買い付けて輸入するやり口にて、聖華大陸の「碧」の宮殿には、床が抜けそうな重さの金・銀・銅が積み上げられていた。町民は勿論、農民さえ贅沢な暮らしをしているこの国は、これまで繁栄だけではなく怨みも買っていたと気付かされていた。
若き大江帝は、奇しくも最悪なタイミングで帝位に就いてしまった。その事実を受け入れられるまで、暫く玉座にて悶絶する羽目になったが、悶絶を終えると、大江帝は答える。
「この国の、「碧」の力で、これらの国々と戦って勝てるのか」
こいつは困った。下手な事が言えない質問だ。さて、どう答えるべきか。ここは1つ、素直に、ハッキリと、正しい事を言わねばなるまい。天鳳が答える。
「万に一つ、あります」
「言うてみろ」
「敵がバラバラになって攻めてきたら、万に一つ、勝ち目があります。もしこれらの国々の軍勢が一つに纏まって攻めてきたら、その時はこの都・杯州まで攻め落とされるでしょう」
「宜しい。では、やりたまえ。朕は戦のことは分からぬ故に、玉座に居なければならない。軍師との軍議にて勝てる策を立てろ。協力できる事は何でもする」
こいつは、名君だ。その場に居た家臣達、軍人達は同じ事を思う。こいつとならば、戦える。「碧」の大江帝、勝っても負けても、歴史に名を残すだろう。
それからは、家臣や軍人、それに軍師を加えての軍議が、連日連夜、繰り返された。敵は名だたる大国が4カ国も攻めてくるのだ。あらゆる状況を想定した上で、繰り返し模擬戦が行われる。
ファウスト城会談。その極秘会談は、後の世にて歴史にその名を残していた。ヴィクター大陸の南部にあるダーマ海にある小さい島であり、そこに今回、「碧」に戦を仕掛ける4大国の皇帝や大王が続々と集まっていた。
会談にて決めるのは、今回の戦の最終目標である。そして、戦後処理についても言及される。彼らは、最初から「勝つ」事のみを前提に話を進めていた。そうでなければ、普段から犬猿の仲である4大国が、一斉に1国に対して戦をふっかけようとはしない。
先ずは、最終目標。これは早く決まった。
「「碧」が滅びるまで続けるべき」
それは、楽な戦いにはならないだろう。しかし、このまま「碧」の独占市場を許していたら、下々の民は皇帝や大王を吊して、革命でも起こりかねない状況だ。
戦後処理についてもまた、早く決まる。
「かの地を完全に破壊する。土に塩を撒き、生き残った民は1人残らず奴隷として売り払い、痕跡1つ残らぬ程に、聖華大陸を攻め抜く」
食い物の怨みは勿論、金の怨みもまた恐ろしい。いや、もしかすれば金の怨みの方が余程大きいかも知れない。
「我らは此処に、「碧伐」の発動を宣言する。準備出来次第、出兵するべし」
「碧伐」。文字通り、「碧」を「伐つ」為の軍事同盟であり、民から富を奪う不遜なる存在を討ち滅ぼすのだ。




