0022 反革命軍誕生
「反革命軍」と名乗る事になる軍隊、岩隅県の軍港「益」にて仮設置された指揮所に向かって、レイド・サム公国の各鎮守府に停泊していた公国海軍艦艇、陸軍、戦姫軍、機甲軍、巨神軍が集まりだしていた。そこに集まった戦力は、レイド・サム公国の持つ軍事力の7割近くである。残る3割の内、半分以上が協力を拒否、あるいは革命軍への参加を表明した為に逮捕されていた。
これだけの規模を抑えれば、「大京反乱事件」を起こしたクーデータ軍であり賊軍、革命軍を即座に叩き潰せる筈であったが、問題があった。これだけの大所帯を指揮する指揮系統が出来上がっていなかった。何しろ、政府・役人・軍官僚はその大半が河を渡って行ったか、あるいは捕らえられておりその職務を全う出来ない状態にある。
指揮が出来ていない、統率がとれていない軍隊は、山賊と同じである。岩隅県に集められた全6軍の中から優秀な指揮官を選び出して、組織作りを0から始めなければならなかった。そして、全6軍に指揮を出すのは誰なのか。総司令官の人選を如何にするべきなのか。誰もが納得して、その命令に命を賭けられる人間でなければならなかったが、これはそこなまで悩まなかった。
このクーデターの兆候を誰よりも早く察知して、誰よりも早く動いた奴が、1人居る。こいつに付いていけば、間違いはない。一応、「投票制」をとって票を集められていたが、8割が彼を支持した。本人は渋っていたが、この事実を知って、重い腰を上げた。
軍港「益」に錨を降ろすレイド・サム公国海軍旗艦「なぐる」の艦首に集められたのは、全6軍の指揮官クラスの幹部達、そしてラジオ放送用のマイクとカメラ、各地の新聞社の記者が、埠頭にズラリと並ぶ光景は、正しく「壮観」と言うに相応しい。
桐沢之カツミ陸軍少将。作戦士官は将校にはなれないので、その肩書きからは「作戦」の文字が消えていたが、これは必要な手続きである。この度、「反革命軍」の総司令官を拝命して、この場にて反革命軍総司令官として宣言を出さなければならない。
「信用を得るのには永年の時間が必要であり、これを失うのは一瞬である。今回、「革命軍」を名乗る「賊軍」の存在と、彼らが目指す軍事国家の建設という目標は、これまで改革・開放路線をとり続け、文明国へと発展してきた我が公国の国是を否定する行いで有り、これまで軍が誠心誠意築き続けた国民との信用関係を失わせるものである。「賊軍」は、「低級国民」の民意を動機づけにしているが、もし軍事国家の建設を許せば、言動の自由はたちまち奪われて、レイド・サム公国はこの地上から消え去るのである。この「賊軍」を鎮圧して、我が軍への信用を取り戻さなければならない。然もなくば、この様な事は何度でも起こる。それはこの公国の発展と成長を止める代物である。もし、これに失敗したら、公国は二度と「法治国家」として国際社会に戻る事は出来ないだろう。国民との信用を取り戻す戦い、負ける訳にはいかない。我々は最期まで戦う、断固として戦い抜く!」
こう言う演説を、内戦にて使うのは何とも後ろ髪を引かれる思いである。しかし、「賊軍」に対して、この行いを認めるのは後ろ髪に火を付ける行いである。「革命軍」とは名ばかりで、本当は国民の不平不満に便乗して権力が欲しいだけの「賊軍」である。許すわけにはいかない。
桐沢之カツミ少将は、その演説を終えて1日も経たない内に、戦艦「なぐる」の会議室にて全6軍の指揮官を前にして宣言する。
「必ず、夏に入る前に決着をつける。理想を言えば1戦にしてこれを平定したいが、そうすると大京都とその都民、更には街に被害を齎す結果となる。都民を人質に取る流れだって有り得る話だ。だからこそ、我々は「敵」と決戦可能な立地にて戦い、市民への被害を最小限度に抑えつつ戦わなければならない。これが敵地であれば、問答無用で市街戦を展開できるのであるが、我々に課された責務は、これを許さない。夏に入る前に、敵軍を挑発して決戦可能な立地に誘い込んで、これを叩く。これがベストな戦い方だ。その為ならば、我々はその一部を犠牲にする覚悟で、事に当たらなければならない」
その一部を犠牲にする。この表現に、全6軍の指揮官達の顔は引きつる。一部と言ってはいるが、具体的な数字が出ていない以上、かなりの犠牲者を出す羽目になる。それでも、この男が始めた「反革命軍」の戦いに参加したのは、「賊軍」に対する反感以上に、軍人として刷り込まれた「義務感」と「責任感」がその背を押したからである。
確かに、3割の「高級国民」の癒着と迎合は許せない。だが、「賊軍」が戦場にしようとしているのは、7割の「低級国民」の住む地域でもあるのだ。本当に「愛国心」とやらがあるのであれば、こんな危険な行為に安易に手を出す訳がない。「愛国心」よりも、むしろ大事なのは「信用関係」である。お互いに安心してその仕事を任せられるのか、その関係を、「賊軍」は踏み躙ったのだ。
のだが、我らが指揮官、桐沢之カツミ少将の言う「夏までに決着をつける」「決戦可能な立地に誘い込む」のは、かなりの困難と犠牲が伴う。夏までには終わるのは、別に武力を使わなくても良い。首都・大京は生産拠点を殆ど持たない。大京への封鎖活動をしていれば、「賊軍」は兵站において敗北する。
だが、それをやれば大京の都民もまた飢えてしまう。確実に餓死者が出るだろう。そう考えると、「夏までに決着をつける」のも、かなり遅刻している目標である。何なら、1戦にて決着をつけるのが理想だ。
理想には犠牲がつきものだ。もしそれが自分の部下達であったとしても、それは涙と一緒に飲み下すしか無い。
これは「戦争」なのだ。




